菜の花散華

了本 羊

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番外編

道化師《ピエロ》は菜の花の花束を抱えて歩く 12

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心結と筒井画伯を見送り、心結はジェイコブから指定のあった最上階の特別スイートルゥームへと足を向けた。


ジェイコブからの指示がない限り、千咲は必ずジェイコブの側に居る。
 指定された部屋のドアにカードキーを差し込み、入室すると、来客用の部屋のドア前に、千咲さんが立っていた。


 「みぃちゃん、お仕事お疲れ様」
 「千咲さんもお疲れ様です」


 心結が挨拶を返すと、千咲はジェイコブが居るであろう部屋のドアをチラリと流し見、心結の肩に軽く手をおいた。


 「・・・ここからは、みぃちゃんが決めて判断することよ」
 「え?」


 千咲の言葉の意味を訊こうとしたのも束の間、ジェイコブが部屋から出てくる。
 心結の姿を認めると、鮮やかな笑顔を浮かべた。
が、心結はその笑顔に背筋が自然と伸びて固まるのを感じてしまう。



 菜月の秘書ではあるが、ジェイコブの部下という位置付けでもある心結は、何度もジェイコブの無茶ぶりとも思える手腕と采配される己の仕事をこなしてきた。
ジェイコブがこのような類の笑顔を見せる時は、大抵が部下達にとっては碌でもないことであることが多い。
 菜月は、


 「あれはもう、ザック小父様の生来のものなんだよ。一生治らないと思うよ」


とアッケラカンと口にしていた。
 生まれた時からの歪に拗れまくった両親の関係や身近にいる人間の影響は、菜月には性格や心根ではなく、価値観に及んでいたことは、何と言えばよいのか・・・。
 双子の妹である坂元灯里嬢と相容れないのも当然と云えよう。







 『ミヒロ嬢。貴方にお客様です』
 『お客?』
 『ええ。・・・・・・どうするのか最終的な判断は貴方に委ねますよ』


 千咲と同じことをジェイコブは口にし、二人は連れ立って退室してしまった。
 首を傾げるしかない心結ではあるが、先ずはお客様という方と会わないといけないだろう。ため息を吐き、仕事着であるスーツの襟元を直し、ドアをノックする。


 『失礼致します。わたしに何かご用件・・・が・・・・・・』


 心結の声は途中で喉から出なくなってしまう。
 来客用の椅子に座り、心結の目の前にいるのは、実本人だった。









 呆然とドアの前で固まる心結を一瞥し、実は紙袋をテーブルの上に無造作に置く。


 「お袋からだ。お前のことをとにかく心配しているが、滅多に日本を出られないからな」


その言葉に、ようやく心結の思考も正常に動き出す。
 要約すると、実は母親の代理で此方に来た、ということだ。
 跡継ぎの実の兄も忙しい身。となると、必然的に残るのは実のみになる。
どんな確執があろうとも、心結の様子を見に行かせる役目を任すことの出来る人間が他にいなかっただけのことなのだ。
 勿論、日柳家の当主夫妻が知らない確執もあるが。


 「・・・・・・ありがとうございます」


 荷物を受け取って早々に会話を終わらせようとした心結であったが、実は別の紙袋から、見慣れないラベルの瓶を取り出す。


 「少しだけでいいから、飲むのに付き合え」


 心結はお酒に強くない。
けれど、折角日本から来てくれた相手を、どんなに深い因縁があろうとも、無碍に追い返すことは気が引ける。
 結局、グラスやおつまみ、氷などを用意し、実とは反対側のソファに真正面に向き合って座る。
グラスに注がれたお酒は、口当たりも良く、カクテルのような味わいだった。
これならば心結でも気楽に飲める。









 「・・・仕事のほうは順調そうだな」


 実のほうから口を開いて話題を振ることなんて、もう十年以上もありえなかったことで、内心でとても驚きつつ、心結は無難に切り返すことに勤める。


 「楽しいですよ。毎日とても充実しています。日柳様はもう良いご年齢ですし、ご婚約者は定まりましたか?」


 実のグラスを持つ手が不意に止まる。


 「・・・自分の妹が婚約者になる・・・・・・、ということは微塵も可能性に入れていないんだな」
 「日柳様のご両親が承諾されませんでしょう?」


 心結は日本を離れ、実家と絶縁して暮らすことを選んだが、妹の香恋が実の婚約者になれるなど思ってはいなかった。
 寧ろ、名のある家は現七種家を遠巻きにするだろうと予測していた。
 既に心結が大学生の時から、姉妹に対する扱いの差で眉を顰められていたのに、加えて香恋がどんな問題も起こそうとその力とお金ですべて解決してきた。
 名家同士であった場合もよくあったが、双方の家の利益と損失を考えて、示談にしていたまで。
 縁を結びたいなどとは思うまい。



 恐らく、いや絶対に、心結がジェイコブに認められて仕事を始めてからが、両親達は何とか心結と連絡を取ろうと躍起になっているはずだ。
ジェイコブがそれを悉く潰しているだけで。







ポツリポツリ、としかない会話で飲むお酒であったが、昔ほど居心地は悪くない。
それほどの時間が経過したのだと、何となく実感し、心結は心中で苦笑した。





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