【改稿中】молитва~マリートヴァ~

了本 羊

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第1章 それは痛みを呼び覚ます過去

第5話

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ガタゴトと馬車が揺れる度に、レンは目の前の光景が気になって仕方がないのだが、そのことに対して口を挟むほどの度胸を今は持ち合わせてはいない。


 「フフッ。驚いているでしょう? この状況に」


レンの気持ちなど見透かすのは造作もないことのように、王妃ノバラは扇を口元にあてて微笑む。
 扇を持っていないほうの手は、現在進行形で王妃の膝で寝息をたてている翠の髪を撫でている。


 「・・・・・・この子には、本当に辛い思いをさせてばかりだわ」


 王妃の言葉に、レンは王妃の言葉を聞き逃すまい、とするように、耳をそばだてる。


 「レン・マーフィー、貴方はどのぐらいスイについてご存知?」


 突然質問され、レンは戸惑いながらも口を開く。


 「・・・十数年前に、ドルドーナ国に現れた異世界人がベアートゥスの痣を持ち、一つしか叶わない願いを際限なく叶えることの出来る神の贈り物とされ、敬われ、ドルドーナ国を戦火の危機から救い、病気で短い生涯をとじた。・・・・・・スイのことですよね?」


 王妃は何がそんなに可笑しいのか肩を震わせて失笑し、レンの返答に頷いた。


 「ええ、そう。他国や民間にはそう伝わっているのよね。・・・・・・随分と都合の良いお話だこと」


 王妃の言葉に、レンは身震いした。
 王妃は笑っているのではない。怒っているのだ。


 「確かに、まだ幼いスイを保護したのは我が国よ。でもねぇ・・・、敬う? 我が国の貴族達がスイを敬ったことなどあったかしら?」


 思い出すかのように首を傾げる王妃の姿に、レンが目を見開く。


 「我が国の落ち度でスイは生まれた世界から引き離されたようなもの。それなのに、最初は異端だから処分しろ、と私と陛下に言い募り、スイがベアートゥスだとわかった時は、掌を返して、あの時手こずっていた戦火の盾にした」


 王妃は眠っているスイの頭を優しく撫でる。


 「・・・今だって、スイのお茶に薬を入れなければ、睡眠不足をスイは隠していたでしょうね」


レンは驚いて眠り込んでいるスイを見る。一体、スイの過去に何があったというのだろう?
レンは居住まいを正して、王妃に向き直る。


 「・・・王妃様、教えて下さい。スイに何があって、プロセルピナへと来たのか。その理由を」
 「自分の持っている価値観を揺るがすような話でも?」


 真価を見定めようとするかのように、王妃はレンを見据える。
レンはそんな王妃の視線を真っ向から受け止め、視線を交わし合う。


 「わたしはあの時に死ぬ運命でした。それを繋ぎ止めてくれたのはスイです。・・・・・・わたしはスイに、幸せになってほしい。誰の目も憚ることなく」


 王妃はレンの覚悟を感じ取ったかのように、ゆっくりと口元に笑みを浮かべた。
その微笑みは、普段の王妃の雰囲気からは想像出来ないほどに温かなものに満ち溢れていた。
 近しい者達にはこういった感情と表情を向けるのだろう、と瞬時に理解出来てしまうほどの慈しみ。


 「貴方の覚悟、しっかりと受け取りました。我が国までへの道のりは長いですし、すべてのはじまりから話しましょう」











 両親を事故で亡くした翠は、亡き父の姉夫妻に引き取られ、幸せに過ごしていた。
その幸せが奪われたのは、翠が八歳になって暫く経った頃だった。


 小学校の帰り道、翠はいつも通りの道順を、歌を歌いながら歩いていた。
ふと、河原でボール遊びをしている自分達よりも年上の子達の姿を眺めていた時のこと。


 「危ない!」


その大声と共に、ボールが翠目掛けて飛んできて、翠は思わずしゃがみ込んで頭を抱え込んだ。
しかし、やってくるはずの衝撃はまったく襲ってこない。
 恐る恐る目を開けた翠は、一瞬、自分は気絶してしまったのではないか? 
とそんなことを考えてしまった。
それほど、目の前の光景に唖然としてしまっていた。



 翠は河原沿いの道を歩いていたはずなのに、白亜の天使の美しい大きな噴水に、翠の足元まで隠れてしまう芝生。
 木々たちは整然と並び、その庭園の美しさを際立たせている。
 翠が思わず自分の頬を抓ったとしても、何ら不思議ではなかった。



 翠の恰好は学校帰りの姿そのままであるし、背中にはランドセルも背負っている。
どうしたら良いのか、と泣きそうになりながら周囲を見回した時、一人のトレーにのったお菓子を手に持っている、メイドのような服を着た女性が通りかかり、翠は駆け出した。


 「あの! 此処はどこですか?!」


しかし、女性は翠を見ると目を見開き、次いでトレーを落とし、悲鳴を上げて逃げ出してしまった。
 翠は何が何だかわからず、途方に暮れてその場に立っていることしか出来なかった。



けれど、時間にして数分もしない内に、本の中でしか見たことのない兵隊のような服装をした男性達がワラワラと翠の元に押し寄せ、翠は呆気なく取り押さえられた。
 棒のようなもので背中や肩を強打され、恐怖と共にそのまま翠は意識を失ってしまい、目覚めると、薄暗くて汚い、鉄格子の嵌められた牢屋のような場所で、簡素な寝台に寝かされていた。




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