20 / 35
第2章 再会は、喜びではないものを呼び起こす
第20話
しおりを挟むレンが初めて翠と出会ったのは17歳になったばかりの頃だった。その頃には既に、翠の歌は国中で有名だったのだが、何故だかレンは翠と会わせてはもらえず、16歳の時にプロセルピナ国内で起こった火山事故でベアートゥスの力を使い、幾度となく呼ばれるようになった女王の茶会で顔合わせをした。
初めて翠を見たレンの感想は、同い年の少女、という認識しかなかった。実年齢を聞いて、驚いてしまったのは致し方がないことだろう。それほど、翠の容姿は幼く、レンのほうが年上と言われてもすぐに納得出来てしまうほどだった。
翠は耳は聞こえず、口から声も出せなかったが、何故だか歌だけは歌える、という奇跡のような存在だった。幼い時の事故により、耳が聞こえなくなり、声も出せなくなった、ということだったが、翠はそのことを悲観せず、前向きでとても明るく、レンはすぐに翠と打ち解けて仲良くなっていった。
翠の歌を初めて聞いた時は、身体中の血が沸騰するほどの興奮と、それなのに涙が止まらない衝動に襲われた。透き通った水晶の上を、清純な水が流れ落ちていく。そんなイメージがレンの頭の中にいつまでも残滓として残った。
翠は身体的年齢のことを口にされると落ち込み、からかうとお手製の変わった武器を持って追いかけ回してくる。そんな日常が、レンにとっては堪らなく大切だった。
それが変わらざる負えなくなったのは、レンが馬車事故に巻き込まれたことがキッカケだった。突然の浮遊感と、身体を襲う衝撃。その後からのことは、レンもよく覚えていない。ただただ熱くて痛くて、この苦しさから逃れたい一心だった。
そんな中で、レンは翠の夢を見た。真っ暗闇の中にレンは佇んでいたが、不思議とその暗闇を怖い、とは感じなかった。そんなレンの手を突然握り締めたのが翠だった。驚くレンを見て、静かに頭を振って、繋いでいる手をしっかりと握りしめ、まるで道がわかっているかのように暗闇の中を進み続け、光が見え始めた場所を笑って指差した。
「あそこに行って」
その翠の想いは、レンにとても明確に、何故か伝わった。
翠の手を離して、光のほうへと歩き出したところで、レンは意識を取り戻した。医師も、レンが助かったことに驚愕の表情を浮かべていた。
家族や王族や、親しくしてくれている者達が喜ぶ中で、レンは何故かどうしても、翠に会わなければならないような気がして、起き上がろうとするのを必死で止められた。レンの掠れ掠れの言葉を聞いていたシュレーが、顔色を変えてその場を飛び出して行った。
その後は、レンの時以上に大変だった、とプロセルピナの王太子妃が苦笑いするほど。
翠は森の奥の寂れた教会で倒れているところを発見されたが、意識が戻らず、昏睡状態に陥っていた。慌ただしく人々が行き交う中で、レンは早く身体を治すことに専念した。そうでなければ、翠の側に行くことなど許可されない。
レンの身体が回復しても、翠は目覚める様子を見せない。それは当然とも言えた。ベアートゥスが叶えられない願い事の1つに、『ベアートゥス同士のことを祈ること』もある。過去、幾人ものベアートゥスが、他のベアートゥスを助けようとしても無理だった。だからこそ、どれだけ翠がベアートゥスとして規格外の力を有しているのかがわかるというものだ。翠の出自が、ドルドーナ国に舞い込んできた異世界人である、と聞かされて、納得出来るほどに。
ドルドーナ国の王族やそれに近しい者達以外が翠を虐げてきた、と知り、レンは憤りを覚えずにはいられなかった。生まれ育った世界から切り離され、それでも自分に親切にしてくれた人達のために力を使い続けた結果がそれでは、ドルドーナ国の国王や王妃が怒りを覚えてしまうのもわかる。
王妃ノバラは、アエネアのことだけは正確にはレンに伝えなかった。翠の気持ちを慮ったのと、王家の闇の一端でもあるからだ。ドルドーナ国で王弟妃殿下は、結婚して13年も経つというのに、今もって懐妊の兆しが見られないらしい。身体に障害等はないらしいので、もうこれは授かりもの、ということだろう。
クインティが、何故あれほど王弟妃殿下の話に対して声を荒げたのか、今ならばレンにもわかる。王弟妃殿下はベアートゥスだ。今度こそ、翠が死んでしまう未来しか見えない。それに、翠の叶う望みのあった恋を散らせた人間でもある。政略結婚なのだから、そこに文句はつけられないが、レンにとっては充分、気を付けて然るべき人間である。
熟睡している翠の手を再び握り締め、レンは決意を新たにする。
今度は自分が翠を守るのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる