【改稿中】молитва~マリートヴァ~

了本 羊

文字の大きさ
24 / 35
第2章 再会は、喜びではないものを呼び起こす

第24話

しおりを挟む

「女の子は成長すれば変わる、と言うが、スイはとても綺麗になったね」
 穏やかな表情で優しく微笑むその姿は、スイが恋をした時と何一つ変わらないように思える。けれど、翠はもう、その内面の闇に気付いてしまっている。
 『本当にお久しぶりです、アエネア様、タイムさん』
ボードに書いた言葉を見せて、ニッコリと微笑む。既にこの14年で、どんな対応にも笑顔で乗り切る術を翠は心得ている。
 「視察が早目に切り上がったので、急いで此方に来たのです。兄上やサガ達も滞在していると聞いて、羨ましくなりまして」
 「まあ、アエネアったら」
 仲睦まじい義姉弟の会話であるが、翠はジリジリと王妃の後ろに後退していく。不審には映らないように、自然に、と心掛けて。
 『もう夜も遅いので、レンが待っていると思いますので、私はこれで』
 「そうね、引き留めてごめんなさい、スイ」
 王妃とアエネア、タイムに一礼すると、なるべく早足でその場から離れた。


 「遅かったね~、スイ・・・って、どうしたの?!」
ドアに凭れかかるように崩れ落ちた翠に、レンが慌てて駆け寄ってくる。
 「大丈夫」
と首を動かし、微笑むことで安心だと伝えようとするが、上手く笑えている自信は流石にない。その日はレンにベッドまで運んでもらい、王妃の指示でサザリが持って来た薬湯を飲んで、ようやく眠りについた。


 次の日からは、翠は普通に何事もなく過ごしている様子を見せていたが、レンやサザリには不審がられ、国王や王妃にはその内情は筒抜けであっただろう。翠はレンの傍から片時も離れず、
 「体調が良くない」
という言葉で誤魔化していた。


 「叔父上!!」
 「オブシディアン、また大きくなったか?」
 王族同士の団欒を微笑ましげに眺めている風を装いながら、翠は笑顔を崩すことはなかった。
 「スイ、体調は大丈夫ですか?」
 王太子妃の言葉にも微笑んで頷くが、両手はガッチリとレンの腕を掴んでいる。レンは訝しみながらも、それを振り解こうとはしない。
 「あれが王弟殿下か~・・・。本当に素敵な方ねぇ~・・・」
 珍しいレンのため息交じりの言葉を、翠は非難する気にはならなかった。かつての自分も、そう信じて疑っていなかったのだから。年若い侍女達の頬を赤くしてうっとりとアエネアに見惚れる様も、懐かしいと思いはすれ、昔のような思慕は感じない。


 『・・・使い勝手があるのなら、あの娘と婚約しても良かったのだが』
 『当たり前のことを訊くな。それに、あの娘がこの国にやって来たせいで、戦争が起こり、兄上は疲弊し、義姉上は死にかけた。それならば、代わりにその命を差し出してもお釣りがくるほどだ』
 『所詮あの娘もそこいらにいる女共と大差がなかったということだろう。異界の知識は役にたったがな』
 『兄上と義姉上の治世のための贄となるために役立つことが出来るのならば、あの娘も本望だろう』


あの時の言葉は、胸の奥底に深く深く、今なお突き刺さっているのだと、まざまざと翠は痛感させられた。アエネアが滞在している期間、翠はレンの傍から離れることはなかった。また、体調の悪さを理由に部屋に閉じ籠もることも出来たので好都合だった。
スフェーンとオブシディアンとは、また改めて話す機会を設けることを約束した。そんなこんなで、どうにかアエネアが王宮に帰るまでの日をやり過ごし、翠は心底安堵した。サザリや王太子夫妻は、過去の翠の気持ちを知っているので、意図的にアエネアを避けてしまっているのだろう、と気遣ってくれたのも幸いだった。


 「スイ、レン。私は少し議会のために数日間王宮に戻ります。私がいなくても、この宮でゆっくり過ごしていて下さいね」
 離宮に滞在して早1ヶ月、王妃は議題を必要とする政務には必ず出席しているため、その日も翠はサザリをお付きとした王妃を見送ったが、馬車に乗り込んだ王妃の顔は眉を寄せたまま、王宮まで変わることがなかった。


 「フォレト、ノバラ、久しぶりですね」
 今日は王宮の外来用の豪勢な部屋で、プロセルピナ国の女王セエと、ドルドーナ国の国王と王妃が会談する運びとなっていた。お茶とお菓子を嗜みつつ、セエはおっとりとした声音で本題に入った。
 「それで、どうしました? わざわざ私わたくしを呼ぶようなことでも起きたのかしら?」
 女王の言葉に、国王と王妃は同時にため息を吐き出す。そんな幼馴染2人の様子に、女王は首を傾げる。
 「・・・・・・起きた、と言うか・・・。起きそう、と言ったほうが正しいのか・・・・・・」
 「セエはアエネアの妻のことを知っていますよね?」
 「ええ。この国に訪問する度に、情報収集は欠かしませんし、何より、2人の表情が隠そうとしていないじゃありませんか。確か、離縁間近のはずでは?」
 「そのことなのだが、信頼のおける臣下達から、スイをアエネアの後妻に迎えては・・・、と打診されてしまっていてな・・・・・・」
 国王と王妃は眉根を寄せて、頭痛を紛らわそうとしているかのように、指で眉間を抑えている。女王には、昔馴染みでスイを預けることから、アエネアのことは包み隠さず話していた。
 「・・・・・・確かに、離縁間近の奥方がベアートゥスならば、それと同格の存在か、他国の王族の姫君にしなければなりませんわね」
しかし、離縁した時に、同時に後妻の発表もなければ、以前の妻の犯した醜聞は消えてはくれまい。他国に姫君を娶るとなると、その弱みを晒すことになってしまう。しかし、ドルドーナ国のベアートゥスは現在フィアナ、ただ1人。
 優秀な臣下達が頭を悩ませていた時に舞い込んだ報せが翠の存在だった。稀代のベアートゥスの力を持ち、ドルドーナ国の王族達とも縁が深い。恋人もいないのならば、アエネアの後妻としてはこれほどの優良物件は存在しないだろう。
その臣下達が、翠に対して以前から好意的であったことも、こうして国王と王妃を悩ませる結果に帰結している。過去の翠の存在を助ける手助けをしてくれた者達だが、アエネアの本質までは当然ながら見抜けていない。長年の幼馴染である女王が稀なだけなのだろう。
 「・・・・・・取り敢えずは、臣下達をどう説得するかが問題ですね」
 王妃の疲れたような言葉に、国王が重く頷く。
 「・・・このことをアエネア様はご存知なのかしら?」
 女王は本日1番の気掛かりを口にした。その問いに、またもや国王と王妃はため息を吐く。
 「『これ以上はない良縁だと思います』、との模範的解答だ・・・」
その答えに、女王も、本日初めてのため息を吐いた。


それから数時間後、更に3人の頭を悩ませる問題が持ち込まれてくるなど、重苦しいため息を吐く者達はまだ知らずにいた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...