四季なし人の尽きない想い

逢真まみ

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4章 秋の国

木陰に落ちる想い出と余白

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ツキナが次に訪れたのは、秋の国――アキノカゲロウ。

黄金に染まるイチョウ並木が遥か先まで続き、風に舞う落ち葉が静かに季節の移ろいを告げていた。
この国では、すべてが「終わり」を受け入れたように、穏やかで、どこか寂しげに、静かに時が流れていた。

人々は朗らかに笑い、語り合い、互いをいたわり合う。
けれどその笑顔には、どこか“思い出の中でしか生きていない”ような影があった。
まるで、過ぎ去った日々に心を置いたまま、歩みを止めた人々の国――。

ツキナが神殿へと足を運ぶと、そこには、紅葉を思わせる深紅と柔らかな金の羽織をまとう巫女がいた。
静かに書を開き、筆を走らせ、ひとつひとつ、記憶を綴っている。

「ようこそ……巡る旅人さん。あなたは、“今”を生きている人なのね」

彼女は、まるで懐かしむような瞳でツキナを見つめた。

「秋はね、思い出が熟して、実になる季節。
でもそれも、やがて落ちて、土に還ってしまうの。
もう芽吹くかも分からないし、腐ってしまえば、二度と実らないかもしれない。
……だから、わたしはこの国に“記憶”を残すことにしたの」

彼女が恋したのは、春の国から来た書記官だった。
言葉を愛し、記録に情熱を注ぐ、不思議なほど静かな人だった。

「出会いは偶然だったの。
春の巡礼の途中、彼がこの神殿に立ち寄ったのよ。
季節の調査をしているんだって言って、空気のにおいも、人々の言葉も、咲いた花の数さえも丁寧に書きとめていて……最初は、少し風変わりな人だと思ったわ」

けれど彼のまなざしは、とてもあたたかかった。
小さな出来事にも心を傾けて、感情の温度すらも丁寧に記していく――
そんな彼の姿を見つめるたび、胸の奥に、小さな光が灯っていった。

「ある日、彼がわたしに訊いたの。“どんな言葉が好き?”って。
そんなこと、誰にも聞かれたことがなかったから……不意を突かれたようで。
わたし、思わず“霞”って答えたの。
かすんだ空、かすんだ気持ち、形にならないものに名前をくれる言葉って……なんだか、救われる気がしたから」

彼は少し笑って、「じゃあ、君が霞まないように、ちゃんと君のことも記しておかなくちゃね」って。
冗談みたいに言いながら、まっすぐに、わたしの目を見てくれた。

「そのとき、思ったの。――ああ、わたしはこの人の記憶に残りたい。
きっとそれが、恋だったの。報われないと知りながらも、どうしようもなく、惹かれてしまったの」

けれど彼は、季節の風に導かれるように旅立っていった。
言葉と記録だけを残して。
ぬくもりだけが、そっと神殿に置き去りにされたまま。

「忘れられるのが、怖かったの。
一緒に笑った日々も、言葉を交わした時間も、
彼にとっては、通り過ぎた季節のひとつにすぎないのかもしれない……
それが、とても、こわかったの」

ツキナは、巫女の前にそっと腰を下ろし、微笑んだ。

「記憶って、閉じ込めるだけのものじゃないと思う。
誰かに“手渡す”ことで、また別の誰かの心に咲く。
落ち葉が土に還っても、春にはまた芽吹くように……
きっと、想いは巡る。無駄になることなんて、ないよ」

巫女は、少しだけ目を伏せて、やわらかく微笑んだ。

「……あなたの言葉、あの人と似てる。
きっと彼も、そんなふうにおどけながら言ってくれたかもしれない」

涼やかな秋風が、神殿の回廊をひゅう、と通り抜ける。

巫女の筆が、最後の一文を書き終えたところで、ぴたりと止まった。
そこには、続きを綴るための、静かな余白が残されていた。

――それはきっと、季節が次へと進むための、優しい空白だった。
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