4 / 8
幼女は叩かれるのが好き
しおりを挟む偉大なる合成魔術により幼女が練成されてから、三日。
幼女の秘密が分かるまで完全に保護しようと決意してから、三回目の夜。
屋敷の小さな部屋。
……最初に幼女を目覚めさせた座敷部屋から少し離れた炊事場で、マンドラゴラの煮付けを盛り付けながら、僕は大きなため息をついた。
「『わー』! 『おおーっ』!」
ここからなら、離れていても幼女の姿がよく見える。
両手いっぱいに大きな本を広げて、元気いっぱいに発音練習を繰り返す幼女。
……初めて本を与えた日から、ずっとこの調子なのだ。
最初こそ僕がお手本の発音をしたり、幼女の舌を直接動かしてあげたりしなくちゃ難しかったみたいだけど、
この三日で一人で勉強を行えるまでに成長している。
やっぱり、INTの値が間違っていなかった……かどうかこの段階ではまだ分からないけど、吸収スピードはかなりのものだ。
ちなみに、僕の手が空いている時も積極的に一緒にやっています。
まだ、完璧って訳じゃないみたいだから。
「『にゃー』! 『ふーっ』!」
幼女のよく通る声がまた聞こえる
これまた、個性的な言葉をお選びで。
……どうやら、幼女は普通の会話言葉より、『おー』だの、「わー」だのといった幼女的表現言葉を好む傾向にあるらしかった。
一緒に勉強する時も、一人で勉強する時も、大体こういった言葉しかチョイスしない。
贅沢を言えば、もう少しだけ単語を覚えて欲しいけど、折角やる気が出ている期間に口出しするのも忍びない。
それに、彼女の言いたい事が少しでも分かるようになれただけでも充分な収穫だと思う。
怒ってる時の、「むう」。
喜んでいる時の、「んふ」。
機嫌が良い時の、「にゃー」。
困っている時の、「むー」。
呼びかける時の、「ねー」。
悲しんでいる時の、「んん」。
分からない時の、「んー」。
これはまだほんの一部だけど、それでもこれだけの感情表現を既に扱っている。
三日前と比べて遥かに取り易くなったコミュニケーションに感動したり、
一抹の寂しさを覚えたりしながらも、僕は彼女の成長を喜ばしく感じていた。
「はあ……」
しかし、そんな中で問題が一つ。
それは、とても信じ難い事。
「『ぺち、ぺち』。『ばしん、ばしん』」
……ああ、始まった。
座敷部屋から尚も聞こえてくる、幼女の声。
単調だけど、先程と似たようで、何かが違うタイプの擬音。
ほら、また聞こえてくる。
ぺち、ぺち。
ばしん、ばしん。
「んー、……『わたしを』、『ぺちぺち』」
……。
わ、わたしだって。
ついに一人称を使うのにも慣れてきたみたいだね、うん。
まだ大丈夫。
「『ぺちぺち』、『ほしー』」
……。
まだ、
「『ぺちぺち』、して? ……『ぺちぺち』、『だいすき』!」
……。
「はあぁぁ……」
決定的な言葉が聞こえると同時に、料理の盛り付けが終わった。
そして、頭を抱え込んでその場にしゃがむ僕。
これなのだ。
彼女を練成して三日目にして、僕がぶち当たってしまった悩みの壁。
「わたし、ぺちぺち、ばしんばしん、だいすき! ほしー!」
先程よりいっそう大きな声で聞こえる、おかしな単語の一つ一つが胸に刺さる。
少し流暢になった声を聞く限りどうやら、彼女はついに覚えてしまったらしい。
やっぱり、ある程度までは僕が付きっ切りで居るべきだった……!
だって、誰が想像出来ただろうか。
まさか、生後(?)三日で外見推定年齢一桁の子供が。
まだ言葉も上手く話せない、純真無垢な幼女が。
……M、だったなんて。
「んふふ、ぺちぺち、ぺちぺちっ」
振り返ると、座敷部屋でご機嫌にスキップなんかしちゃってる幼女が見えた。
超・笑顔。
薄暗い屋敷の中も明るく照らさんばかりの笑顔を振りまく、天使のような彼女はしかし、
その外見にはとても似つかわしくない台詞も振りまきながら、やはり似つかわしくない大きなリンゴを揺らす。
「……どうしよう」
乾いた笑いを浮かべながら、僕はただ一人。
どうあっても信じ難い事実に、もう一度おおきなため息をついた。
*****
その日の夜。
ユニコーンについて調べた。
その魔物は国発行の図鑑に載ってはいるものの、ほとんど遭遇する事は無いとされる珍生物。
件の図鑑曰く。
" 白く美しく全身を彩る体毛と、
風が無くても空中にたなびく、紫色のふさふさとした鬣。
そして、並みの鉄剣程度なら傷すら付けられない、
脅威の防御力を誇る肉体。
何より特徴的なのが、額に伸びる黄金の一本角。
その美しさに目を奪われている隙に、角から発せられる雷撃により数々の生き物を狩ってきた、強力すぎる魔物。
余程腕利きの冒険者で無い限り、狩られるのは自分だと思え――…… "
「……ふうむ」
ことり。
読み終えて、ページはそのままに図鑑を膝に下ろした。
わざわざ書庫から取ってきた物だ。
あまり使っていなかったからか、高級皮で作られたカバーにもまだ艶が確認できる。
「知れば知るほど、不思議だ」
本当に、よくよく考えてみればおかしなものだ。
あの日の帰り道、突然訪れた雷雨の中、
これまた唐突に屋敷の前に倒れていた死体。
本来人間の居住区には近付かないはずの、ユニコーンの死体。
傷だらけで、しかしまだ腐ってはいないその死体を、
ほんの僅かな好奇心で合成材料に使った僕。
今まで一度だって、死体だろうと魔物を材料にした事は無かったのに。
「しかし、この子は本当に……」
現在時刻は、半分の月が丁度半周した具合に深けた夜。
屋敷の寝室のベッドに眠る幼女ちゃんをお手製の木椅子に座って眺めながら、
僕は静かに深呼吸した。
「んん……」
目の前で声がする。
ベッドの中の幼女がもぞもぞと動くと、毛布とそれに擦られた衣服が捲れ、
ぺろりと少しだけ腹部を露出させた。
「……おっと」
そのままでは冷やしてしまいそうな白いお腹を一度だけぷにっと触る事もせず、そっと衣服を元に戻す。
代わりに、そっと彼女の髪を指先で撫でた。
さらり、と解けていく細く艶めかしい髪を、ゆっくりと。
「こんなに、可愛いのになあ」
不意にそんな言葉が紡がれる。
一応否定しておくが、僕は決して幼児性愛者ロリコンではない。
本当だよ。
そうじゃなくて、
妹や娘が居たらこんな感じなんだろうな、という。
とても純粋健全な気持ちでいるのだ。
「んふ……」
何か良い夢でも見てるのか、幼女の口がもにょもにょと動く。
ううん、可愛い。
可愛いすぎて、なんか。
――ここに人差し指を咥えさせてみたい。
不意に、そんな想いが頭を過ぎった。
「って、それじゃあまるで変態じゃんか!」
なんて大きな声は出せないので、脳内で一人突っ込みを入れておく。
決していやらしい意味はないのだ。
ただ、健全な意味で。
ただ、妹的な意味で。
だから大丈夫。
……何が?
「僕も、寝るか……」
どうやら、今日もどっと疲れが溜まっていたようで。
口に出した途端に、スイッチが切れたように眠気が襲ってきた。
幼女を練成してから、ベッドはずっとこの子に使わせていて、
僕はいつも傍で雑魚寝だ。
今日も今日とて、それは変わらない。
「ふぁ……」
瞼を完全に閉じてしまえば、ぷっつりと意識が切れてしまいそうだ。
図鑑を閉じて適当に放り投げ、ゆっくりと瞼を閉じる。
明日は町へ行くから、ゆっくりと寝て体力を温存しておこう。
「……おやすみ」
穏やかに広がる暗がりの中で、意識が沈む。
この子の名前も、明日……。
夜の帳が僕らを包み込み一日が終わっていく。
すっかり登りきった半月の月明かりだけが、ただ静かに僕らを照らしていた。
0
あなたにおすすめの小説
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>
ラララキヲ
ファンタジー
フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。
それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。
彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。
そしてフライアルド聖国の歴史は動く。
『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……
神「プンスコ(`3´)」
!!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!!
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇ちょっと【恋愛】もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!
水都(みなと)
ファンタジー
伯爵夫人であるロゼッタ・シルヴァリーは夫の死後、ここが前世で読んでいたラノベの世界だと気づく。
ロゼッタはラノベで悪役令息だったリゼルの継母だ。金と地位が目当てで結婚したロゼッタは、夫の連れ子であるリゼルに無関心だった。
しかし、前世ではリゼルは推しキャラ。リゼルが断罪されると思い出したロゼッタは、リゼルが悪役令息にならないよう母として奮闘していく。
★ファンタジー小説大賞エントリー中です。
※完結しました!
1人生活なので自由な生き方を謳歌する
さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。
出来損ないと家族から追い出された。
唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。
これからはひとりで生きていかなくては。
そんな少女も実は、、、
1人の方が気楽に出来るしラッキー
これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。
婚約破棄&濡れ衣で追放された聖女ですが、辺境で育成スキルの真価を発揮!無骨で不器用な最強騎士様からの溺愛が止まりません!
黒崎隼人
ファンタジー
「君は偽りの聖女だ」――。
地味な「育成」の力しか持たない伯爵令嬢エルナは、婚約者である王太子にそう断じられ、すべてを奪われた。聖女の地位、婚約者、そして濡れ衣を着せられ追放された先は、魔物が巣食う極寒の辺境の地。
しかし、絶望の淵で彼女は自身の力の本当の価値を知る。凍てついた大地を緑豊かな楽園へと変える「育成」の力。それは、飢えた人々の心と体を癒す、真の聖女の奇跡だった。
これは、役立たずと蔑まれた少女が、無骨で不器用な「氷壁の騎士」ガイオンの揺るぎない愛に支えられ、辺境の地でかけがえのない居場所と幸せを見つける、心温まる逆転スローライフ・ファンタジー。
王都が彼女の真価に気づいた時、もう遅い。最高のざまぁと、とろけるほど甘い溺愛が、ここにある。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる