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幼女は叩かれるのが好き
しおりを挟む偉大なる合成魔術により幼女が練成されてから、三日。
幼女の秘密が分かるまで完全に保護しようと決意してから、三回目の夜。
屋敷の小さな部屋。
……最初に幼女を目覚めさせた座敷部屋から少し離れた炊事場で、マンドラゴラの煮付けを盛り付けながら、僕は大きなため息をついた。
「『わー』! 『おおーっ』!」
ここからなら、離れていても幼女の姿がよく見える。
両手いっぱいに大きな本を広げて、元気いっぱいに発音練習を繰り返す幼女。
……初めて本を与えた日から、ずっとこの調子なのだ。
最初こそ僕がお手本の発音をしたり、幼女の舌を直接動かしてあげたりしなくちゃ難しかったみたいだけど、
この三日で一人で勉強を行えるまでに成長している。
やっぱり、INTの値が間違っていなかった……かどうかこの段階ではまだ分からないけど、吸収スピードはかなりのものだ。
ちなみに、僕の手が空いている時も積極的に一緒にやっています。
まだ、完璧って訳じゃないみたいだから。
「『にゃー』! 『ふーっ』!」
幼女のよく通る声がまた聞こえる
これまた、個性的な言葉をお選びで。
……どうやら、幼女は普通の会話言葉より、『おー』だの、「わー」だのといった幼女的表現言葉を好む傾向にあるらしかった。
一緒に勉強する時も、一人で勉強する時も、大体こういった言葉しかチョイスしない。
贅沢を言えば、もう少しだけ単語を覚えて欲しいけど、折角やる気が出ている期間に口出しするのも忍びない。
それに、彼女の言いたい事が少しでも分かるようになれただけでも充分な収穫だと思う。
怒ってる時の、「むう」。
喜んでいる時の、「んふ」。
機嫌が良い時の、「にゃー」。
困っている時の、「むー」。
呼びかける時の、「ねー」。
悲しんでいる時の、「んん」。
分からない時の、「んー」。
これはまだほんの一部だけど、それでもこれだけの感情表現を既に扱っている。
三日前と比べて遥かに取り易くなったコミュニケーションに感動したり、
一抹の寂しさを覚えたりしながらも、僕は彼女の成長を喜ばしく感じていた。
「はあ……」
しかし、そんな中で問題が一つ。
それは、とても信じ難い事。
「『ぺち、ぺち』。『ばしん、ばしん』」
……ああ、始まった。
座敷部屋から尚も聞こえてくる、幼女の声。
単調だけど、先程と似たようで、何かが違うタイプの擬音。
ほら、また聞こえてくる。
ぺち、ぺち。
ばしん、ばしん。
「んー、……『わたしを』、『ぺちぺち』」
……。
わ、わたしだって。
ついに一人称を使うのにも慣れてきたみたいだね、うん。
まだ大丈夫。
「『ぺちぺち』、『ほしー』」
……。
まだ、
「『ぺちぺち』、して? ……『ぺちぺち』、『だいすき』!」
……。
「はあぁぁ……」
決定的な言葉が聞こえると同時に、料理の盛り付けが終わった。
そして、頭を抱え込んでその場にしゃがむ僕。
これなのだ。
彼女を練成して三日目にして、僕がぶち当たってしまった悩みの壁。
「わたし、ぺちぺち、ばしんばしん、だいすき! ほしー!」
先程よりいっそう大きな声で聞こえる、おかしな単語の一つ一つが胸に刺さる。
少し流暢になった声を聞く限りどうやら、彼女はついに覚えてしまったらしい。
やっぱり、ある程度までは僕が付きっ切りで居るべきだった……!
だって、誰が想像出来ただろうか。
まさか、生後(?)三日で外見推定年齢一桁の子供が。
まだ言葉も上手く話せない、純真無垢な幼女が。
……M、だったなんて。
「んふふ、ぺちぺち、ぺちぺちっ」
振り返ると、座敷部屋でご機嫌にスキップなんかしちゃってる幼女が見えた。
超・笑顔。
薄暗い屋敷の中も明るく照らさんばかりの笑顔を振りまく、天使のような彼女はしかし、
その外見にはとても似つかわしくない台詞も振りまきながら、やはり似つかわしくない大きなリンゴを揺らす。
「……どうしよう」
乾いた笑いを浮かべながら、僕はただ一人。
どうあっても信じ難い事実に、もう一度おおきなため息をついた。
*****
その日の夜。
ユニコーンについて調べた。
その魔物は国発行の図鑑に載ってはいるものの、ほとんど遭遇する事は無いとされる珍生物。
件の図鑑曰く。
" 白く美しく全身を彩る体毛と、
風が無くても空中にたなびく、紫色のふさふさとした鬣。
そして、並みの鉄剣程度なら傷すら付けられない、
脅威の防御力を誇る肉体。
何より特徴的なのが、額に伸びる黄金の一本角。
その美しさに目を奪われている隙に、角から発せられる雷撃により数々の生き物を狩ってきた、強力すぎる魔物。
余程腕利きの冒険者で無い限り、狩られるのは自分だと思え――…… "
「……ふうむ」
ことり。
読み終えて、ページはそのままに図鑑を膝に下ろした。
わざわざ書庫から取ってきた物だ。
あまり使っていなかったからか、高級皮で作られたカバーにもまだ艶が確認できる。
「知れば知るほど、不思議だ」
本当に、よくよく考えてみればおかしなものだ。
あの日の帰り道、突然訪れた雷雨の中、
これまた唐突に屋敷の前に倒れていた死体。
本来人間の居住区には近付かないはずの、ユニコーンの死体。
傷だらけで、しかしまだ腐ってはいないその死体を、
ほんの僅かな好奇心で合成材料に使った僕。
今まで一度だって、死体だろうと魔物を材料にした事は無かったのに。
「しかし、この子は本当に……」
現在時刻は、半分の月が丁度半周した具合に深けた夜。
屋敷の寝室のベッドに眠る幼女ちゃんをお手製の木椅子に座って眺めながら、
僕は静かに深呼吸した。
「んん……」
目の前で声がする。
ベッドの中の幼女がもぞもぞと動くと、毛布とそれに擦られた衣服が捲れ、
ぺろりと少しだけ腹部を露出させた。
「……おっと」
そのままでは冷やしてしまいそうな白いお腹を一度だけぷにっと触る事もせず、そっと衣服を元に戻す。
代わりに、そっと彼女の髪を指先で撫でた。
さらり、と解けていく細く艶めかしい髪を、ゆっくりと。
「こんなに、可愛いのになあ」
不意にそんな言葉が紡がれる。
一応否定しておくが、僕は決して幼児性愛者ロリコンではない。
本当だよ。
そうじゃなくて、
妹や娘が居たらこんな感じなんだろうな、という。
とても純粋健全な気持ちでいるのだ。
「んふ……」
何か良い夢でも見てるのか、幼女の口がもにょもにょと動く。
ううん、可愛い。
可愛いすぎて、なんか。
――ここに人差し指を咥えさせてみたい。
不意に、そんな想いが頭を過ぎった。
「って、それじゃあまるで変態じゃんか!」
なんて大きな声は出せないので、脳内で一人突っ込みを入れておく。
決していやらしい意味はないのだ。
ただ、健全な意味で。
ただ、妹的な意味で。
だから大丈夫。
……何が?
「僕も、寝るか……」
どうやら、今日もどっと疲れが溜まっていたようで。
口に出した途端に、スイッチが切れたように眠気が襲ってきた。
幼女を練成してから、ベッドはずっとこの子に使わせていて、
僕はいつも傍で雑魚寝だ。
今日も今日とて、それは変わらない。
「ふぁ……」
瞼を完全に閉じてしまえば、ぷっつりと意識が切れてしまいそうだ。
図鑑を閉じて適当に放り投げ、ゆっくりと瞼を閉じる。
明日は町へ行くから、ゆっくりと寝て体力を温存しておこう。
「……おやすみ」
穏やかに広がる暗がりの中で、意識が沈む。
この子の名前も、明日……。
夜の帳が僕らを包み込み一日が終わっていく。
すっかり登りきった半月の月明かりだけが、ただ静かに僕らを照らしていた。
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