灯り火

蓮休

文字の大きさ
上 下
11 / 53
灯り火

菊一

しおりを挟む
 超えられない壁だった、どれだけ努力しても勝てない相手だった。けれど、憧れの人だった、だからこそあの時俺は。

 木刀を振りかぶり、借家かりやの間合いに踏み込み斬りかかる。借家はギリギリのところで避けるが俺は構わずに木刀を斬り上げる、借家が後ろに下がって退いた瞬間に一直線に木刀を突き出す。全ての動作が次に繋がるように流れるように。

 目の前に木刀が迫ってくる、俺は体を後ろに倒してなんとか避ける。けれど、バランスを崩して地面に膝をつく、菊一きくいちからの追撃はなかった。
「殺す気かよ」
 俺は肩で息をしながら菊一を見る。
「殺す気でかからないとテメエには勝てないからな、次はとどめを刺すぜ借家」
 菊一が本気でくるなら俺も本気を出す。体から無駄な力を抜いて菊一を見る、菊一は木刀を腰のあたりで引いて構え突っ込んでくる。今は避けた瞬間に木刀に斬られる未来が見える、だから俺も菊一に突っ込んでいく。体が木刀に触れる寸前、体の向きを変えて木刀の前を通過する、そして菊一の顔面に裏拳を打ちこむ、菊一が吹き飛ぶ姿を油断なく見続ける。

 地面に背中を打ちつける、強い衝撃で意識が飛びそうになっての顔を思い出す。負けたくない、こんな気持ちは久しぶりだ。体を起こしながら勝つ方法を考える、まともにやっても化物借家には勝てない、だったらこの一撃に俺の全てを乗せる。右足を踏み込み左足を後ろに引く、借家から体を背けるように筋肉を軋ませ骨を軋ませて極限まで体を捻る。

 菊一の構えを見た。バカ菊一は次の一撃で決めるつもりだろう、本気の本気で俺に勝つために、俺は目を瞑る暗闇のなか声が聞こえてくる。
「借家君!?」
 蒼井あおいの驚く声。
たける
 三希みきの心配そうな声。
「あはは」
 。小鳥の鳴く声、そんな声を聞きながら俺は。小鳥が飛び立ち木の葉が舞う、そして木の葉が地面に落ちた瞬間、俺は目を開く。菊一が突っ込んでくる先程までとは比べ物にならない速度で蒼井の目にも三希の目にも黒いフードを被った小柄な女子生徒の目にも誰の目にも捉えられない、だからこそ俺は。迫る木刀の軌道上に俺は右腕を置いておく、右腕に木刀が触れた瞬間、ポキッと骨が折れる音が聞こえるが木刀の勢いを殺し、動きが止まった菊一に左拳で正拳突きを放つ。

 静寂が訪れる。菊一は地面に大の字で倒れては左手で右腕を支えている。蒼井も天ノ川あまのがわもなにも言わずにその光景を見つめている、そして私は静かに笑っていた。

 青空が見える。体はボロボロで特に腹が痛い、負けた、完膚なきまでに負けた。滅茶苦茶悔しいけど俺は全力を出しきった、本気で戦って本気で負けた。だからこそ俺は今笑っているんだろう。さて降参するか、その時借家が「降参」と言った。

「降参」
「はあ?」
 俺の言葉に菊一が真っ先に反応する。
「なに言ってんだテメエ」
「だから降参すると言ってるんだ」
「アホか俺の負けだろうが」
「いや、それは違うよ。もしも菊一が持っていたのが木刀ではなく刀だったら俺は斬られて反撃することは出来なかった」
「なんだそりゃ」
「事実だろ」
「もう良いよ借家の好きにしてくれ」
「じゃあ菊一が勝った時の報酬は俺が三希と別れることだったな」
「それももう別に良いよ」
「そう?まあ俺は三希と付き合ってないよ」
「マジか!」
「うん、まあもし報酬が三希と関わるなだったら断ってたけど」
「でも借家は天ノ川さんのことを下の名前で呼んでるだろ?」
「うん。一緒に住んでるから」
「「「えっ」」」
 公園にいる俺と三希以外の三人が驚く。俺は理由を説明しようとして。
「た~け~る」
 三希が笑顔でこちらに近づく、なぜだろうすごく怖い。
しおりを挟む

処理中です...