雪に散る

ミヤハル

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 彼女とはきっと一緒には生きていけない。ずっとそう思っていた。けれど、それは何故なのだろう。誰がそう決めた?わかっている、自分だ。自分で全てを諦めていた。

 何故今、それを想う?後悔しているから?自分は彼女の婚姻が決まった時に何を言った?きっと幸せになれるさ。それはそうだ、身分も高い、金もある。何よりも彼は彼女と同じ側の人間だ。だから、幸せになれる。



 ――甘えだ。自分は彼女を幸せにする勇気も決意もない。だから、いまこんなに苦しいんだと、それを今知った。





  ◇◇◇





 村の昼。今日は朝から習い事は無かった。

 祖父が用事があると言ったからだ。勇んで山に向かおうとした真砂吾に築が声をかけた。



「待てよ、真砂吾」



 少女は振りかえった。呼び止めた少年は彼女の真っすぐな瞳を避けるように目をそらし、「鬼のもとに行くな」と言った。



「なに、…なんで、そんなこと、言うんだ。おにって、お前…!!」



「見たぞ」



 言い切った言葉に、築はもう後戻りできないことを痛感した。おかしいな、もう祖父に言った時点で後戻りできないのに。けれど、自分の信じること、彼女を助けたいってことは正しい。そう正しい、 ……正しいはずなのだ。

 そして、こぶしを握り、身体に力を入れた。



「じい様に言った。もう、鬼に会いに行くな」



 正直に言うと、「なんで築はそうやっていつもおれの邪魔をするんだ!」と言いながら、すぐに殴りかかってくると思っていた。

 殴られるのは嫌だけど、今回は甘んじて受け止めようと思っていた。

 けれど、真砂吾は怒鳴らなかったし、殴りかかっても来なかった。妙に静かな目をして、ただ築を見ているだけだった。築はその目をまっすぐ見つめ返した。

 愚直なほどに、ただ見つめ返す。

 なんで黙っているんだろう。怒っているのか、悲しいんでいるのか、絶望しているのか。築は思う限りの感情を思い起こし、真砂吾の内心を読みとろうとした。静かな視線。色を失った唇。揺るがない身体。

 統一感がなく、それでいて自然に彼女はそこにいた。

 そんな彼女を、その視線をただひたすらに築は返していた。







 ――それは、ほんの少しの時間だったのかもしれないし、とても長い時間だったのかもしれない。

全てを受け入れ、それを包み込むような瞳をもったその幼い少女は、築の心を奪うに値するものだった。

 真砂吾の髪が風になびいた。枯れ葉が空を舞い、築と真砂吾の間を切る様に過ぎる。



「……鬼のところに、行く」



 真砂吾はそう言って築に背中を向けた。

 ――ただ、真砂吾に傷ついて欲しくなかったんだ。



 ひたすらにそう願った少年は、去っていく彼女のあとに続いた。



 ――鬼はきっと真砂吾を傷つけるから。



 本当はどうだったんだろう。鬼より自分のほうが彼女を傷つけてしまっているんじゃないだろうか。そう思うけれど、もう今は知るすべもない。

 ――あの子を、大切に思っているんだな。

 祖父の声が身の内に響く。



 今も昔も即答できることに変わりはないけれど、でも、今と昔は決定的に何かが違うのだ。



「真砂吾……」前を走る彼女に聞こえないようにつぶやく。



 髪が跳ねるたびに見えるうなじ、その細さに心が切なくなる。

 本当は君のほうが俺より強いのかもしれない。でも、けど、やっぱり。

 俺は君を守りたい。





 ◇◇◇





 死ぬのか、そう考えたら何となく笑えてきた。

 自分は何をしているんだろう、いくつもいくつも間違いをおかして、辰巳に尻拭いをさせてばかりだ。

 空が雲で覆われている。そんな浮かない天気ながら、それを眺める鬼は不思議を凪いだ気持ちだった。

 いつも決断が遅れる自分は最期まで自分の意志ではなかった。

 いや、別にそれはいいのだ。自分が納得できることならば。

 ――彼女で死ねるなら、本望だ。

 記憶に残る彼女の笑顔を思い出す。どこで間違えたのだろう。どうすればよかったのだろう。今考えても答えは出ない。

 かすみ始めた目に、白く舞うものがうつった。――さくら?いや、違う。ゆきだ。

 彼の頬に白く冷たく、それは降りつもってゆく。









 婚礼の衣装に身を包んだユキの姿を見たとき、自分はなんと言ったのだろう。綺麗だ、よかったな、幸せになれよ。きっと、そのどれか、いや全部かもしれない。

 彼女は微笑んだ。有難うと言った。それは確かだ。隣に立つ辰巳とも彼女は二、三度口を聞き、――それで終わりだった。

 そのはずだった。



 暗闇に身を横たえ、目をつむる。婚姻の前夜。幾度も寝返りをうつ。

 無理だった。

 雪那は身を起こした。心がやけに焦る。汗が染みるほど出ている。隣に横たわる辰巳を一目見て、部屋から出る。

 ――外を、少し歩いてこよう。涼めばきっと眠ることが出来る。







 その夜、行方をくらました次の日の花嫁は一年もしないうちに生まれ育った村へと帰ってきた。

 腹に子を宿して。





  ◇◇◇





 育った村の近くに来たのはただの気まぐれだった。人に近づかなければ消して死なない鬼の体。愛しきものを腕に抱き、それだけで引き裂くような痛みを感じた己の体。

 失った色は決して戻らないが、しかし、彼女が消えてから人に近づくことをしなかった今。少しなら近づいても大丈夫だろう。

 これ以上生きても仕方がないだろうに。

 生に執着しているわけでもなく、しかし、死ぬことも望まない。ただ、そこに在るだけの自分。

 その様の意味を問うように変わらない桜の樹の上り遠い故郷を眺めていると、近づいてくる子供の泣き声が聞こえた。

 人の子、近づくだけで命を削るそれを、無感情に上から眺めていた。声をかけたのも、偶然だ。

顔を上げた子、それを見て驚く。泣く子は遠い日のユキの生き写しだった。

 男子のような格好をしていたが、それはすぐに女児とわかった。ユキにとても似ていたし、何より線の細さが男児たりえない。

 自分の出た村に女児に男装をさせるという風習はなかったはず。何があったのだろう。

 そう思いはしたものの、すぐに(まぁ、いいさ)と雪那は考えることをやめた。

 聡明と言われるほどの頭を持ってはいるものの、雪那は他人に聞かねばわからないことを知ろうとはしなかった。

 聞く相手が今までいなかったこともある。

 それ以前の問題として、大半のものに興味がないことも関係があったのだろうけれど。









 あの夜泣きながら、愛してるわ。と、笑った彼女は今はもう、灰になった。



「セツナは雪みたい。触るととけちゃいそう。ねぇ、私を置いていかないでね」



 ずっとずっと昔にした約束が胸に帰る。

 俺を置いていったのはお前だよ。

 俺にはお前しかいなくて、お前にも俺しかいなくて。

 それなのに何故自分は気付かずに間違えたのか。



「おにっ」



 何処かで一人の少女が叫ぶ。その声は、彼女を思わせるほどに酷似して鬼の意識を引く。

 ユキ――君は、『そこ』にいるのか。

 血は流れ受け継がれ少女に辿りつき、そして花咲かす。――新たなる生を。

 ――我が呪いよ。せめてこの少女には幸せを。

 ――お前と俺の愛する者が、いつもでも共にいられるように。

 ――それを、ただ、それだけを。
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