雪に散る

ミヤハル

文字の大きさ
12 / 12

しおりを挟む
「…はい、これ」



 手にしたものをじっくり眺めて築は渋面していた。

 季節は春。そっと吹く風に結んだ髪がそよぎ、剣の稽古で汗ばんだ首筋にまとわりつく。

 少し前、稽古が終り、庭の井戸の手前で汗を拭っているとき、突然やってきた真砂吾から渡されたものなのだが、ずいと差し出されてそれを受取って広げたまま固まってしまった。おおよそ築の握りこぶし二個分ほどのそれは握り飯だろう。形がやけにいびつなのは気になるものの食べられそうだ。食べろということなのだろうか。



「おばさんが築に持ってってやれって。食え、あ、食べれば」



 言いにくそうに顔をしかめながら真砂吾は言った。無理に丁寧に言う必要はないと思うのだが、それを本人に言うつもりはない。おばさんというのは築の母のことだ。真砂吾は現在村長の家に戻っている。

 近くの石に腰をおろして遠慮なく口に含む。塩の味が口の中に広がる。きつく握り過ぎているため、硬かった。下から立ったままの彼女の顔を伺う。山のほうを見ていた。その表情は曖昧過ぎて読みとれない。

 順調にそれを食べ終え、立ち上がり、汲んであった水を飲む。少しぬるくなっていた。

 そんな築の様子を身動きもせず、彼女は静かに山を見続けていた。

 一息のあと、向き直る。なんて言ったらいいのか。ちらりと確認しても彼女はどこ吹く風で、話しかけてくる気配がない。ため息をつき、気合いを入れた。向き直る。



「なぁ。あれ、作ったのって」



「築は」



 言い切る前に言葉を重ねられた。



「村長になるんだよな?」唐突な言葉にため息をついてから、「なるよ」と、言い切る。



「そう……」



 鬼の死んだ日から真砂吾は少女に戻った。髪の結ぶ位置も下がり、着物も若干華やかになった、気がする。母について家事もよく学んでいるらしい。大人しくなったかと聞かれたらどう答えていいかわからないが、あまり喧嘩になるような行動は起こしていないようだ。

 元を知らないので何とも言えないのだが。そういえば、武術の手ほどきにもほとんど参加しなくなった。だから今日も、築一人で祖父と向き合っていた。真砂吾がいなくなったせいか、祖父は以前よりも容赦なく手ほどきをするようになったような気がする。それはさておき。

 これだけは言える。あの日彼女のなかで何かが変わった。自分と同じように。



「築はきっといい村長になるって、みんな言ってる。喜代ちゃんちのおばさんとかよっちゃんちのおばさんとか」



 そうやって不機嫌そうな顔で言葉を連ねる真砂吾の意見は入っていないらしい。



「そうか」



「……なんでうれしそうにしないんだ、もしかして当たり前とか思ってんのか」



 睨まれた。



「で、何なんだ」



 改めて問い直し、ごまかす。真砂吾は息をつめて、視線を下ろした。けれど、また、すぐに上を向く。力を込められた視線が二人の間をつないだ。



「おれは必要か?」



「は?」



「お前の人生に、おれは必要か?お前が、築が必要だって言うなら、おれはお前のそばにいて、お前の手伝いをすることにする。必要じゃないなら、いつか、この村を出て行こうと思う。鬼の見た広い世界ってやつを自分の目で見てみたいしな」



 彼女の視線の強さに、見入られた。



「なんで、そんなこと俺に言うんだ」



「お前おれのこと好きなんだろう?」



 堂々とした言葉。そんなこと、本人から言われると流石に恥ずかしくなる。けれど、築は目をそらさなかった。



「好きだよ」



「母上は父上のことを知って鬼になったんだろ?だからきっとおれも絶望したら鬼になっちゃうんだと思う。でも、そんなおれでもお前はいいんだろう?」



 真砂吾が鬼になる、そんなこと考えたこともなかったといったら嘘になる。けれど、想像したくなかった。彼女がそこまで誰かに想いを寄せることを考えたくなかったから。けれど、彼女に言われて気付いた。――自分に彼女が想いを寄せることがあるのだろうか?こんな、嫌われている自分に。



「真砂吾はそれでいいのか」



 気付いた時には身を乗り出すように彼女に迫っていた。



「俺が必要と言ったら、俺のそばにいてくれるのか?俺の子を生んでくれるのか」



「別に夫婦になるなんて言ってないけど」



「あ」



 今きっと自分は間抜けな顔をしているだろう。騙された気分だ。慌てて後ろに下がると冷たい視線を向けられた。



「そんなことはどうでもいいよ、将来どうなるかなんてわかんないだろう」



「つまり、俺の頑張りによるわけか」



 小さな声で前向きな感想を述べると、心底嫌そうな顔で見られた。



「で、結局、おれは必要なの?」



「そんなの、必要に決まって」



 言い切る前に気付いた。

 もしかして、真砂吾はただ自分の存在を肯定してほしいだけなんじゃないだろうか?別に築じゃなくてもいいんじゃないだろうか?そんな形でそばにいても真砂吾は幸せになれないんじゃないだろうか?

 選択肢はあったほうがいい。今、自分が必要だと言った瞬間に真砂吾は自分に縛られてしまうに違いない。そんなのは、そんなことはしたくない。

 突然黙り込んだ築に真砂吾は気付いたのか気付かなかったのか、真砂吾は言葉を重ねた。



「おれは今、自分が何をしたいかわからないんだ、だから、築の意見を聞いても、もしかしたらそんなの簡単に破って違うとこに行っちゃうかもしれない。でも、」



 雲に鋭い日差しが遮られ、一帯が陰る。消えた真砂吾の影を追うように築は顔を上げ、彼女と目を合わせた。

 柔らかな微笑み。小さな体は細く、頼りない。

 息を飲む。一瞬強い風が吹いた。



「今はお前と一緒にいてもいいかなって、思ったから」









 その感情が恋なのか友情なのか厚意なのか、正直真砂吾にはわからない。けれど、鬼の死んだ日。築は真砂吾のことを好きだと言った。お前を守りたかった。そう言った。

 その行為はいまでもひどいと思うし、母のことだってちゃんと教えて欲しかったし、鬼と自分を引き離すにしても、もうちょっと違う方法があったと思う。



 けど。



 彼も必死なんだと知って、悲しみや怒りよりも肯定的な気持ちが浮かんだ。

 その感情がなんなのか、やっぱり真砂吾にはわからないけれど、静かに当然のようにきっと、築はいい村長になると自然に思えた。

 だから、



「ねぇ、築」



 どうする?答えの催促をする。

 真砂吾の瞳に魅入られていた、築は一度瞬きし、そして静かに口を開いた。

 新しい約束を二人でするために。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

処理中です...