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第3章 盗まれた作品
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「弥生、さすがというかなんというか……仕事早いね」
差し出された一枚の封筒に未来はぱちぱちと目を瞬いた。弥生に依頼したのは今朝学校に行く前だから、まだ五時間前後しかたっていない。だが、お願いした資料を既に用意してくれたらしい。
「私がやったんじゃないし、あの人にとってはこんなのは片手間でできる仕事だから」
弥生から受け取った封筒を開けると中に一枚の紙が入っていた。隠し撮りしたであろう少女の顔写真と読書家での登録情報が載っている。読書家のサイトの本来の目的は「書籍の販売」だ。そのため読書家の登録情報に住所や電話番号等の個人情報を登録することになっている。そこの情報を調べればすべてが分かる。その調査を弥生を通してAriaにお願いしていたのだ。
弥生が持ってきた情報の隣に未来が書いた絵を置く。
「視たの?」
未来は小さく頷く。さっき見たばかりの夢が未だ頭の中をグルグルと回っていた。何故七尾は彼女の願いを強く退けてくれなかったのだろう。
「どうするつもり?」
「……アレがやったことを許すつもりはない。アレには、触れてはいけない物に触れたことを後悔させてあげる」
冷たい言葉。自分の声とは思えない程低い声が出た。アレの名前を口にするのさえ嫌だった。未来はあの話を大切に大切に描いて来た。まだまだ頭の中にはあの話の続きが眠っている。もっと時間をかけて改良をし、読書家に投稿するか、瑞宝社に直接持ち込むのかを考えるつもりでいたのだ。そうやって世間に出る日を夢見た小説だった。だが、勝手に表に出されたことでそれは単なる夢と消えてしまった。
「お姉ちゃん、おなかすいた……何してるんですか?」
姉のお店部分に出た未来はカウンターに座っている榊原の姿に唖然と目を瞬いた。何故彼がここにいるのだろう。確かに半無理やり的に協力をお願いしたが、証拠が集まっていない今はまだ榊原には何も伝えていない。あの女が犯人であるなら完膚なきまでにたたき潰すために榊原の協力が必要だった。
榊原の表情は分厚いメガネに隠れてこちらから見る事は出来ないが、驚いている雰囲気を感じた。彼もまさか未来がここに来るとは思っていなかったのだろう。
「未来、知り合い?」
てきぱきと手を動かしながら問いかけてくる姉に未来は小さく頷いた。
「学校の……先生……」
「座らないのか?」
呆然と立ち尽くしている未来に榊原が不思議そうに首をかしげつつ、椅子の上に置いてあった荷物をどけてくれる。そこに座れ、という事なのだろうが、未来は不思議でしょうがなかった。無理やり協力させた上に、未来は調査段階の情報を榊原にはほとんど明かしていない。教えたのは山内美穂が犯人の可能性があるという一点のみだ。他の事は一切伝えていない。冷静に考えればかなりひどいことをしている気がする。
「……怒って、ないんですか……?」
恐る恐る横に腰かけて尋ねた未来に榊原は一切表情を変えない。
「怒る?何を?」
「だって……私は、先生を利用している……」
「そんなことか」
クスリ、と笑う榊原の表情はどこか楽しげで、未来は余計に不思議だった。彼の事をさほどよく知るわけではないが、こんな楽しそうな表情を見たのは初めてだった。本を読んでいる時はどこか楽しげな雰囲気をかもし出していることが多々あるが、表情は一切変わらない。
「利用ならいくらでもされてやるよ」
「……」
「俺は、大切なモノを踏みにじる人間は絶対に許さない。今俺を利用してそいつを陥れる事でお前の気が晴れるのなら、俺はいくらでも協力してやる」
あまりに強い言葉に思わず口を噤んだ。教師として学校にいる榊原とも、文芸部の顧問として部室にいる榊原ともどこか違う。
不意に、今朝見た夢が脳裏に浮かんだ。あまりに悲しげな声が耳の裏にこだまする。榊原もまた、何かを抱えて生きているのだろうか。大切なモノを踏みにじられた経験があるのかもしれない。
「佐川?」
「先生……ごめんなさい。多分先生にとって嫌なことを頼むかもしれません。……終わったらいくらでも怒られるし、何でも言う事を聞きますから……力を貸して下さい」
ギュっと手を握り締める。榊原の目を見る事が出来ない。
「いくらでも利用しなさい。それが教師の役目だからな」
おどけたような言葉。そんな仕事なんて聞いたことがない。でも、そうやって言ってくれる彼に、感謝の言葉しか出ない。
「ありがとう……ございます」
差し出された一枚の封筒に未来はぱちぱちと目を瞬いた。弥生に依頼したのは今朝学校に行く前だから、まだ五時間前後しかたっていない。だが、お願いした資料を既に用意してくれたらしい。
「私がやったんじゃないし、あの人にとってはこんなのは片手間でできる仕事だから」
弥生から受け取った封筒を開けると中に一枚の紙が入っていた。隠し撮りしたであろう少女の顔写真と読書家での登録情報が載っている。読書家のサイトの本来の目的は「書籍の販売」だ。そのため読書家の登録情報に住所や電話番号等の個人情報を登録することになっている。そこの情報を調べればすべてが分かる。その調査を弥生を通してAriaにお願いしていたのだ。
弥生が持ってきた情報の隣に未来が書いた絵を置く。
「視たの?」
未来は小さく頷く。さっき見たばかりの夢が未だ頭の中をグルグルと回っていた。何故七尾は彼女の願いを強く退けてくれなかったのだろう。
「どうするつもり?」
「……アレがやったことを許すつもりはない。アレには、触れてはいけない物に触れたことを後悔させてあげる」
冷たい言葉。自分の声とは思えない程低い声が出た。アレの名前を口にするのさえ嫌だった。未来はあの話を大切に大切に描いて来た。まだまだ頭の中にはあの話の続きが眠っている。もっと時間をかけて改良をし、読書家に投稿するか、瑞宝社に直接持ち込むのかを考えるつもりでいたのだ。そうやって世間に出る日を夢見た小説だった。だが、勝手に表に出されたことでそれは単なる夢と消えてしまった。
「お姉ちゃん、おなかすいた……何してるんですか?」
姉のお店部分に出た未来はカウンターに座っている榊原の姿に唖然と目を瞬いた。何故彼がここにいるのだろう。確かに半無理やり的に協力をお願いしたが、証拠が集まっていない今はまだ榊原には何も伝えていない。あの女が犯人であるなら完膚なきまでにたたき潰すために榊原の協力が必要だった。
榊原の表情は分厚いメガネに隠れてこちらから見る事は出来ないが、驚いている雰囲気を感じた。彼もまさか未来がここに来るとは思っていなかったのだろう。
「未来、知り合い?」
てきぱきと手を動かしながら問いかけてくる姉に未来は小さく頷いた。
「学校の……先生……」
「座らないのか?」
呆然と立ち尽くしている未来に榊原が不思議そうに首をかしげつつ、椅子の上に置いてあった荷物をどけてくれる。そこに座れ、という事なのだろうが、未来は不思議でしょうがなかった。無理やり協力させた上に、未来は調査段階の情報を榊原にはほとんど明かしていない。教えたのは山内美穂が犯人の可能性があるという一点のみだ。他の事は一切伝えていない。冷静に考えればかなりひどいことをしている気がする。
「……怒って、ないんですか……?」
恐る恐る横に腰かけて尋ねた未来に榊原は一切表情を変えない。
「怒る?何を?」
「だって……私は、先生を利用している……」
「そんなことか」
クスリ、と笑う榊原の表情はどこか楽しげで、未来は余計に不思議だった。彼の事をさほどよく知るわけではないが、こんな楽しそうな表情を見たのは初めてだった。本を読んでいる時はどこか楽しげな雰囲気をかもし出していることが多々あるが、表情は一切変わらない。
「利用ならいくらでもされてやるよ」
「……」
「俺は、大切なモノを踏みにじる人間は絶対に許さない。今俺を利用してそいつを陥れる事でお前の気が晴れるのなら、俺はいくらでも協力してやる」
あまりに強い言葉に思わず口を噤んだ。教師として学校にいる榊原とも、文芸部の顧問として部室にいる榊原ともどこか違う。
不意に、今朝見た夢が脳裏に浮かんだ。あまりに悲しげな声が耳の裏にこだまする。榊原もまた、何かを抱えて生きているのだろうか。大切なモノを踏みにじられた経験があるのかもしれない。
「佐川?」
「先生……ごめんなさい。多分先生にとって嫌なことを頼むかもしれません。……終わったらいくらでも怒られるし、何でも言う事を聞きますから……力を貸して下さい」
ギュっと手を握り締める。榊原の目を見る事が出来ない。
「いくらでも利用しなさい。それが教師の役目だからな」
おどけたような言葉。そんな仕事なんて聞いたことがない。でも、そうやって言ってくれる彼に、感謝の言葉しか出ない。
「ありがとう……ございます」
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