33 / 67
第3章 盗まれた作品
10
しおりを挟む
真っ暗闇が晴れた時、成功したのだ、と直ぐにわかった。未来の目の前に二人の少女がいる。二人ともだいたい小学校二、三年生くらいに見える。未来が知る二人よりもかなり幼く、そして雰囲気がまるで違うがそれでも二人が山内美穂と七尾椿なのだとわかった。
七尾はあの時夢に見た時と一緒で冷たく、虚ろな人形のような表情を浮かべていた。反面山内美穂は無表情ではあるが、その顔にどこか心配そうな表情を浮かべている。
「何、してるの?」
場所は恐らく学校の屋上だろうか、ぼんやりと空を見上げている七尾を山内美穂が見下ろしている。
「……別、に……」
七尾から聞こえる声は小さくて、未来の耳にもかろうじて届く、という程度の音量だった。それでも山内美穂には届いたのか、どこか悲しげに表情をゆがめ、その場に腰を下ろした。
「家、帰りたくないの?」
首をかしげつつ尋ねる山内美穂に七尾が困ったように顔をゆがめた。何も答えなかったが、事実帰りたくないのだろうという事がうかがえる。
「……帰る」
それでも小さく呟いた七尾が立ち上がる。その動作は緩慢で、出来ればもっとこの場に居たいのだと如実に物語っていた。山内美穂はそれに気づいたのかはわからないが七尾の手を軽くつかんだ。その動作に七尾の顔が軽く歪む。
「……ごめん、痛かった?」
「……平気、でも本当に帰らないと……」
「帰りたくないんじゃないの?」
山内美穂の問いにしばらく沈黙をした七尾が口にした言葉は未来にとっても、そしておそらく山内美穂にとっても予想外だったのだろう。驚いたように目を瞬いている。
「……早く、帰らないと、ぶたれるから」
七尾の声が空虚にその場に響く。未来は今見た光景が信じられなくて、その場から動くことができなかった。
視界が反転する。グルグルと周りの景色が回っている。未来が一人で視る夢は一つのみで、他の夢を見るには一度起きる必要がある。もっとも今朝二つの夢を同時に見たので、この力もまだまだ未知数のようだが。だが、弥生と共に視る夢は、弥生が千里眼で見る内容を切り替えると未来の中の夢もまた切り替わる。グルグル回っているのは切り替えている途中なのだろう。
ようやく視界が定まると、未来は小さな孤児院の中にいた。孤児院の入り口には「山内孤児」と書いてある。山内美穂の自宅で経営している孤児院なのだろう。
ということは、どこかに山内美穂がいるはずだ。
「お母さん」
山内美穂が母親と思われる妙齢の女性の腕をつかんでいた。そんな美穂を見る母親の表情がどこかいびつに映る。母親ではなく他人のような印象を持った。
「お母さん、じゃなくて先生でしょう?ここはあなたとは違って家族がいない子供たちが集まっているのよ。そこで甘えちゃいけないって何度も言ったでしょう?」
「でも……お母さん……うちのクラスの七……」
「その話は後で聞くから、とにかく部屋に行ってなさい」
優しく、でもきっぱりと告げる母親はもう山内美穂を見てはいなかった。背後にいる子供たちに近づいて話をしている。山内美穂と接しているよりもよほどお母さんをしていた。
「でも……話を聞いてくれたことなんて……ないのに……」
泣きそうな、悲しそうな山内美穂の声は恐らく未来にしか届いていないのだろう。あまりに悲しげで、未来はその表情から目を逸らすことができなかった。山内美穂が母親に何を伝えたかったのか何となくわかる気がする。こういう環境で育てば、あの年でも「虐待」の二文字はよく知る言葉だろう。それを伝えようとしていたのではないだろうか……。
確かに彼女には母親はいる。でも、これでは両親がいない孤児の子どもたちよりもよほど孤独だ。こんなの、家族とは言えない。彼女はこんな環境でずっと生きてきたのだろうか。
再び場面が変わる。今度もまた同じ孤児院だった。ただし、さっきとは違い子供たちが遊ぶ場ではなく職員が書類を作成し、仕事をする場なのだろう。雑然としているが、どこかピシっとした雰囲気を肌で感じた。
「何で言わなかったの!」
大きな声が響き、同時に子供の泣き声も聞こえてきた。
「だ……だって……き……」
絞り出すような声音は山内美穂の物だろう。恐らく怒鳴っているのは母親だ。
「気づかなかった、とでもいうつもり?でも、あの子は、椿ちゃんはあんたと会話をした、って言っていたわよ。そういう子がどういう思いをしているのか、あんたは嫌という程みてきたはずでしょ?アンタがもっと早く言ってくれていればもっと早く助けられたのよ!あんたみたいな子が子供を虐待するろくでなしに育つのよ」
冷たい声。母親は本当に怒っているのだろう。だが、未来からすれば、その怒りは理不尽なものに他ならない。さっきの光景を見れば山内美穂は確かに母親にその事を伝えようとした。だが、それを聞こうともしなかったのは母親の方のハズだ。
「いい?もう二度と孤児院の子どもたちには近づかないで」
それは、二度と母親である彼女と会話をするな、と言っているも同然だった。母親がいながら、共に育ちながら山内美穂は今、この時に母親から捨てられたのだ。
七尾はあの時夢に見た時と一緒で冷たく、虚ろな人形のような表情を浮かべていた。反面山内美穂は無表情ではあるが、その顔にどこか心配そうな表情を浮かべている。
「何、してるの?」
場所は恐らく学校の屋上だろうか、ぼんやりと空を見上げている七尾を山内美穂が見下ろしている。
「……別、に……」
七尾から聞こえる声は小さくて、未来の耳にもかろうじて届く、という程度の音量だった。それでも山内美穂には届いたのか、どこか悲しげに表情をゆがめ、その場に腰を下ろした。
「家、帰りたくないの?」
首をかしげつつ尋ねる山内美穂に七尾が困ったように顔をゆがめた。何も答えなかったが、事実帰りたくないのだろうという事がうかがえる。
「……帰る」
それでも小さく呟いた七尾が立ち上がる。その動作は緩慢で、出来ればもっとこの場に居たいのだと如実に物語っていた。山内美穂はそれに気づいたのかはわからないが七尾の手を軽くつかんだ。その動作に七尾の顔が軽く歪む。
「……ごめん、痛かった?」
「……平気、でも本当に帰らないと……」
「帰りたくないんじゃないの?」
山内美穂の問いにしばらく沈黙をした七尾が口にした言葉は未来にとっても、そしておそらく山内美穂にとっても予想外だったのだろう。驚いたように目を瞬いている。
「……早く、帰らないと、ぶたれるから」
七尾の声が空虚にその場に響く。未来は今見た光景が信じられなくて、その場から動くことができなかった。
視界が反転する。グルグルと周りの景色が回っている。未来が一人で視る夢は一つのみで、他の夢を見るには一度起きる必要がある。もっとも今朝二つの夢を同時に見たので、この力もまだまだ未知数のようだが。だが、弥生と共に視る夢は、弥生が千里眼で見る内容を切り替えると未来の中の夢もまた切り替わる。グルグル回っているのは切り替えている途中なのだろう。
ようやく視界が定まると、未来は小さな孤児院の中にいた。孤児院の入り口には「山内孤児」と書いてある。山内美穂の自宅で経営している孤児院なのだろう。
ということは、どこかに山内美穂がいるはずだ。
「お母さん」
山内美穂が母親と思われる妙齢の女性の腕をつかんでいた。そんな美穂を見る母親の表情がどこかいびつに映る。母親ではなく他人のような印象を持った。
「お母さん、じゃなくて先生でしょう?ここはあなたとは違って家族がいない子供たちが集まっているのよ。そこで甘えちゃいけないって何度も言ったでしょう?」
「でも……お母さん……うちのクラスの七……」
「その話は後で聞くから、とにかく部屋に行ってなさい」
優しく、でもきっぱりと告げる母親はもう山内美穂を見てはいなかった。背後にいる子供たちに近づいて話をしている。山内美穂と接しているよりもよほどお母さんをしていた。
「でも……話を聞いてくれたことなんて……ないのに……」
泣きそうな、悲しそうな山内美穂の声は恐らく未来にしか届いていないのだろう。あまりに悲しげで、未来はその表情から目を逸らすことができなかった。山内美穂が母親に何を伝えたかったのか何となくわかる気がする。こういう環境で育てば、あの年でも「虐待」の二文字はよく知る言葉だろう。それを伝えようとしていたのではないだろうか……。
確かに彼女には母親はいる。でも、これでは両親がいない孤児の子どもたちよりもよほど孤独だ。こんなの、家族とは言えない。彼女はこんな環境でずっと生きてきたのだろうか。
再び場面が変わる。今度もまた同じ孤児院だった。ただし、さっきとは違い子供たちが遊ぶ場ではなく職員が書類を作成し、仕事をする場なのだろう。雑然としているが、どこかピシっとした雰囲気を肌で感じた。
「何で言わなかったの!」
大きな声が響き、同時に子供の泣き声も聞こえてきた。
「だ……だって……き……」
絞り出すような声音は山内美穂の物だろう。恐らく怒鳴っているのは母親だ。
「気づかなかった、とでもいうつもり?でも、あの子は、椿ちゃんはあんたと会話をした、って言っていたわよ。そういう子がどういう思いをしているのか、あんたは嫌という程みてきたはずでしょ?アンタがもっと早く言ってくれていればもっと早く助けられたのよ!あんたみたいな子が子供を虐待するろくでなしに育つのよ」
冷たい声。母親は本当に怒っているのだろう。だが、未来からすれば、その怒りは理不尽なものに他ならない。さっきの光景を見れば山内美穂は確かに母親にその事を伝えようとした。だが、それを聞こうともしなかったのは母親の方のハズだ。
「いい?もう二度と孤児院の子どもたちには近づかないで」
それは、二度と母親である彼女と会話をするな、と言っているも同然だった。母親がいながら、共に育ちながら山内美穂は今、この時に母親から捨てられたのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた
黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。
そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。
「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」
前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。
二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。
辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ガチャから始まる錬金ライフ
あに
ファンタジー
河地夜人は日雇い労働者だったが、スキルボールを手に入れた翌日にクビになってしまう。
手に入れたスキルボールは『ガチャ』そこから『鑑定』『錬金術』と手に入れて、今までダンジョンの宝箱しか出なかったポーションなどを冒険者御用達の『プライド』に売り、億万長者になっていく。
他にもS級冒険者と出会い、自らもS級に上り詰める。
どんどん仲間も増え、自らはダンジョンには行かず錬金術で飯を食う。
自身の本当のジョブが召喚士だったので、召喚した相棒のテンとまったり、時には冒険し成長していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる