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第3章 盗まれた作品
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未来は物音ひとつしない個室でゆっくりとノートを読んでいた。今朝、弥生と共に目にした夢の内容に目を通す。今更読み直すまでもなくその内容ははっきりと覚えている。これは、七尾が来るまでの時間つぶしでしかなかった。
夢で見た内容を踏まえ、未来は七尾としっかりと話をしようと決めた。山内美穂をどうするのか、計画をどうするのかはその後で決めればいいことだ。
七尾は指定していた時間にやってきた。どこかびくびくした様子の七尾に前に座るように伝える。
「こういうとこ、初めてなんだけど……七尾さんは?」
メニューを差し出しながら訪ねると七尾も小さく頷く。七尾がここに足を運んでいる姿なんて想像も出来ないので、その様子にほっと息をついた。
「あの、佐川先輩……」
「まずは、何か頼もうか?一応ドリンクバーは頼んでるけど、他に食べたいものある?」
「あ、いえ、私は……」
「そう、呼び出したりしてごめんなさい。しかも、こんな場所に」
未来は困ったように部屋を見回した。マイクやらスピーカーやらが混在している。カラオケ店の個室なんて初めて入ったが、やはり落ち着かない。あまり歌を歌う事が好きではない未来にとっては異世界のような気分にさせられた。
未来がここを選んだのは七尾と誰にも聞かれずに話がしたいと思ったからだ。もちろん弥生から借りた結界の封印キーを作動させるつもりではあるが、人の目の多い場所では出来ない。かといっていきなり未来の家に招くことも出来ない。悩んでいる未来に弥生が提案したのがこのお店だった。できれば人に聞かれたくないような話をするのに最適な場所らしい。
「あの、佐川先輩……。話って……」
「あなたにとって山内美穂はどういう存在なの?」
未来は初め色々と話をしようと考えていた。だが、考えれば考える程どう伝えるのが良いのかわからなくなってしまったのだ。そのため、難しいことやその他の事は後で考える事にして単刀直入に聞いてみる事に決めた。
「え?」
突然の未来の言葉に七尾が目を白黒させる。いくらなんでも単刀直入すぎたらしい。前後の繋がりが解らないのだから当然、何を聞かれているのかもわからないようだ。
「七尾さん、彼女に部室の鍵、渡したわよね?」
七尾がハッと息を呑んだ。かわいそうなくらい怯えている。彼女も文芸部の部員である以上、山内美穂が何をして、そしてそれに対して顧問の榊原がどれだけ怒っているのかを目の当たりにしているのだからその反応も当然の物のように思える。
「わ……私……は……」
「ああ、勘違いしないで怒っているわけじゃないの。あなたは、脅されたんでしょう?」
実際に「脅す」とまではいかないが、彼女たちの力関係は明らかだった。少なくとも未来には七尾は山内美穂には逆らえないように見えた。だが、あの夢の光景を考えてもそれが不思議なのだ。七尾は山内美穂が助けようとしたことを知らない。それなのになぜ、彼女は山内美穂に対してあんなに遠慮しているのだろう。
「……がう……」
「え?」
「違います!」
部屋中に響くような大声に未来は驚いたように目を瞬いた。七尾がこんな大声を出すのを初めて聞いた。力関係は明らかに見えた。だが、未来に見えていなかった何かが、この二人の間にはあるのだろうか。
今の七尾は本当に怒っているのか、今までのおどおどした雰囲気が消え、冷たく、でも強い目で未来を睨みつけてくる。
「違います、美穂は……そんなんじゃないです。美穂は、本当は優しい人……なんです……」
「だから、悪いことをしていても止めないの?」
静かな問いかけに七尾の体がビクリ、と震える。七尾が山内美穂をどう見ているのかは知らない。だが、今の山内美穂を「優しい人」「いい人」とは言えないのだろう。今の彼女は七尾にとってもまともではないと感じているのかもしれない。
「それ……は……」
「あなたたちの事を調べさせてもらったけど、七尾さん、あなたは虐待をされて育ったのよね?山内さんはそれを知ってもあなたを助けようとはしなかった。あなたに対して何もしなかった、それなのになぜそんな風に言えるの?」
「ちが……う……美穂は、私を助けようとしてくれたんです。院長先生に伝えようと……でも、あの人は美穂の話を聞こうとさえしなかった。いつもそう、美穂が泣こうが、傷つこうが、決して見ようとしない、あの人にとって美穂は、大して興味のない、どうでもいいものなんです」
その目は未来を見ていなかった。どこか遠くを見ているような瞳で淡々と語る。夢で見た、あの人形のような瞳を思い出し、ぞくっと背筋が凍りついた。さっきまであった抑揚さえ、今の七尾からは感じることができない。
七尾は孤児院で、美穂の母によって育てられたはずだ。だが、その院長について語る七尾には院長先生に対する尊敬や感謝の念が見えない。どちらかというと怒りの感情さえ感じた。
「あなたは、その院長先生に育てられたんでしょう?」
「あの人は確かに私たちに衣食住を与えてくれたし、母親のように接してくれた……ただし、あの人が望む通りに成長すれば、だけど……」
「は?」
「私たちに望まれているのは、あの人に従順な人形であること。でも、見放された子供にとって美穂は、最後の砦。あの人に無視され、食事も最低限しか与えられなくなって、なんとか生きている子供たちに、あの人の言いつけを破って声をかけたり、おやつをくれるのは美穂だけだから……今、美穂が表だって私たちと関わろうとしないのは、私たちのため、だから。あの人は……美穂に関わった子供たちには余計に冷たく、接するから」
語られた内容に未来が唖然と目を瞬く。あり得ない。そんな歪んだ孤児院の院長がいていいはずがない。そもそも、求められるのが従順な人形?外れたらいらない子?声をかけちゃ駄目?あれは、娘だからこその対応だと思っていた。でも、もし娘以外にも同じ対応をしているのだとしたら、そんな人間が孤児を保護する孤児院の院長でいいはずがない。
「山内、美穂はとった本をどうしてるの?」
「……みなし部屋に、置いています。……最近、少しだけ本が増えた気がした、から……」
「みなし部屋?」
「……あの人に見はなされた子供たちが集まっている部屋。その中だけはあの人は近づかないから。部屋の掃除とかも全部私達でやってるし、食事の用意さえ、あの人のお気に入りの子どもたちが終わった後で、私や他の中学生以上の子どもで作ってるの……といっても、使える食材はあまりないから……だいたいパン一個くらいになっちゃうけど……」
ストンと表情が抜け落ちている七尾は見放された一人、なのだろうか?山内美穂がどういう人なのか未来は余計にわからなくなってしまった。少なくとも、未来が思っていたような最低な人間ではないのだろう。
「七尾さん、私と手を組まない?」
「え?」
「その孤児院の実態を調べて、あるべき状態に戻す。……だから、私たちを信じて山内美穂と話をさせてくれない?」
七尾からではなく、美穂自身から色々と話を聞く必要がある。そして、それとは別にこの孤児院を放っておくことなど未来には出来なかった。
「あ、そういえば……最後に一つだけ聞かせて」
七尾が頷いたのを確認した未来は、軽く首をかしげつつ尋ねる。
「はい?」
未来の質問の内容が想像できないのか、七尾が不思議そうに目を瞬いていた。
「山内美穂は何で先生に執着しているの?先生は確かに眼鏡を外せば女の子受けしそうな顔をしているけど……」
普段はあの瓶底メガネとボサボサの髪の毛のせいで人から敬遠されている。学校でもそれは例外ではなく、未来たち文芸部員が例外なだけだ。本が好きで入った文芸部員には榊原はたまに素顔で接してくる。だが、その素顔をあの山内美穂に見せているとは思えなかった。
「……それは……」
七尾の口から出た答えは予想外の物だった。
「え……?それ……だけ……?」
「美穂にはそれで十分だったんです」
多分それは榊原じゃなく、他の教師であったとしても同じことをしたはずだ。多分榊原には深い意識など一切なかっただろう。そんな誰もが与えられているであろう物さえも、彼女は持っていなかったのだ。
「入試の結果発表の日、一人で結果を見ていた美穂に、榊原先生が声をかけて……結果を聞いて、「おめでとう」って言ってくれたんだそうです。……あの日、美穂にその言葉をかけたのは先生だけ、だから……」
七尾の最後の言葉。それがいつまでも未来の頭の中で回り続けた。
夢で見た内容を踏まえ、未来は七尾としっかりと話をしようと決めた。山内美穂をどうするのか、計画をどうするのかはその後で決めればいいことだ。
七尾は指定していた時間にやってきた。どこかびくびくした様子の七尾に前に座るように伝える。
「こういうとこ、初めてなんだけど……七尾さんは?」
メニューを差し出しながら訪ねると七尾も小さく頷く。七尾がここに足を運んでいる姿なんて想像も出来ないので、その様子にほっと息をついた。
「あの、佐川先輩……」
「まずは、何か頼もうか?一応ドリンクバーは頼んでるけど、他に食べたいものある?」
「あ、いえ、私は……」
「そう、呼び出したりしてごめんなさい。しかも、こんな場所に」
未来は困ったように部屋を見回した。マイクやらスピーカーやらが混在している。カラオケ店の個室なんて初めて入ったが、やはり落ち着かない。あまり歌を歌う事が好きではない未来にとっては異世界のような気分にさせられた。
未来がここを選んだのは七尾と誰にも聞かれずに話がしたいと思ったからだ。もちろん弥生から借りた結界の封印キーを作動させるつもりではあるが、人の目の多い場所では出来ない。かといっていきなり未来の家に招くことも出来ない。悩んでいる未来に弥生が提案したのがこのお店だった。できれば人に聞かれたくないような話をするのに最適な場所らしい。
「あの、佐川先輩……。話って……」
「あなたにとって山内美穂はどういう存在なの?」
未来は初め色々と話をしようと考えていた。だが、考えれば考える程どう伝えるのが良いのかわからなくなってしまったのだ。そのため、難しいことやその他の事は後で考える事にして単刀直入に聞いてみる事に決めた。
「え?」
突然の未来の言葉に七尾が目を白黒させる。いくらなんでも単刀直入すぎたらしい。前後の繋がりが解らないのだから当然、何を聞かれているのかもわからないようだ。
「七尾さん、彼女に部室の鍵、渡したわよね?」
七尾がハッと息を呑んだ。かわいそうなくらい怯えている。彼女も文芸部の部員である以上、山内美穂が何をして、そしてそれに対して顧問の榊原がどれだけ怒っているのかを目の当たりにしているのだからその反応も当然の物のように思える。
「わ……私……は……」
「ああ、勘違いしないで怒っているわけじゃないの。あなたは、脅されたんでしょう?」
実際に「脅す」とまではいかないが、彼女たちの力関係は明らかだった。少なくとも未来には七尾は山内美穂には逆らえないように見えた。だが、あの夢の光景を考えてもそれが不思議なのだ。七尾は山内美穂が助けようとしたことを知らない。それなのになぜ、彼女は山内美穂に対してあんなに遠慮しているのだろう。
「……がう……」
「え?」
「違います!」
部屋中に響くような大声に未来は驚いたように目を瞬いた。七尾がこんな大声を出すのを初めて聞いた。力関係は明らかに見えた。だが、未来に見えていなかった何かが、この二人の間にはあるのだろうか。
今の七尾は本当に怒っているのか、今までのおどおどした雰囲気が消え、冷たく、でも強い目で未来を睨みつけてくる。
「違います、美穂は……そんなんじゃないです。美穂は、本当は優しい人……なんです……」
「だから、悪いことをしていても止めないの?」
静かな問いかけに七尾の体がビクリ、と震える。七尾が山内美穂をどう見ているのかは知らない。だが、今の山内美穂を「優しい人」「いい人」とは言えないのだろう。今の彼女は七尾にとってもまともではないと感じているのかもしれない。
「それ……は……」
「あなたたちの事を調べさせてもらったけど、七尾さん、あなたは虐待をされて育ったのよね?山内さんはそれを知ってもあなたを助けようとはしなかった。あなたに対して何もしなかった、それなのになぜそんな風に言えるの?」
「ちが……う……美穂は、私を助けようとしてくれたんです。院長先生に伝えようと……でも、あの人は美穂の話を聞こうとさえしなかった。いつもそう、美穂が泣こうが、傷つこうが、決して見ようとしない、あの人にとって美穂は、大して興味のない、どうでもいいものなんです」
その目は未来を見ていなかった。どこか遠くを見ているような瞳で淡々と語る。夢で見た、あの人形のような瞳を思い出し、ぞくっと背筋が凍りついた。さっきまであった抑揚さえ、今の七尾からは感じることができない。
七尾は孤児院で、美穂の母によって育てられたはずだ。だが、その院長について語る七尾には院長先生に対する尊敬や感謝の念が見えない。どちらかというと怒りの感情さえ感じた。
「あなたは、その院長先生に育てられたんでしょう?」
「あの人は確かに私たちに衣食住を与えてくれたし、母親のように接してくれた……ただし、あの人が望む通りに成長すれば、だけど……」
「は?」
「私たちに望まれているのは、あの人に従順な人形であること。でも、見放された子供にとって美穂は、最後の砦。あの人に無視され、食事も最低限しか与えられなくなって、なんとか生きている子供たちに、あの人の言いつけを破って声をかけたり、おやつをくれるのは美穂だけだから……今、美穂が表だって私たちと関わろうとしないのは、私たちのため、だから。あの人は……美穂に関わった子供たちには余計に冷たく、接するから」
語られた内容に未来が唖然と目を瞬く。あり得ない。そんな歪んだ孤児院の院長がいていいはずがない。そもそも、求められるのが従順な人形?外れたらいらない子?声をかけちゃ駄目?あれは、娘だからこその対応だと思っていた。でも、もし娘以外にも同じ対応をしているのだとしたら、そんな人間が孤児を保護する孤児院の院長でいいはずがない。
「山内、美穂はとった本をどうしてるの?」
「……みなし部屋に、置いています。……最近、少しだけ本が増えた気がした、から……」
「みなし部屋?」
「……あの人に見はなされた子供たちが集まっている部屋。その中だけはあの人は近づかないから。部屋の掃除とかも全部私達でやってるし、食事の用意さえ、あの人のお気に入りの子どもたちが終わった後で、私や他の中学生以上の子どもで作ってるの……といっても、使える食材はあまりないから……だいたいパン一個くらいになっちゃうけど……」
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「七尾さん、私と手を組まない?」
「え?」
「その孤児院の実態を調べて、あるべき状態に戻す。……だから、私たちを信じて山内美穂と話をさせてくれない?」
七尾からではなく、美穂自身から色々と話を聞く必要がある。そして、それとは別にこの孤児院を放っておくことなど未来には出来なかった。
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七尾が頷いたのを確認した未来は、軽く首をかしげつつ尋ねる。
「はい?」
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「……それは……」
七尾の口から出た答えは予想外の物だった。
「え……?それ……だけ……?」
「美穂にはそれで十分だったんです」
多分それは榊原じゃなく、他の教師であったとしても同じことをしたはずだ。多分榊原には深い意識など一切なかっただろう。そんな誰もが与えられているであろう物さえも、彼女は持っていなかったのだ。
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