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第一章
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「瀬戸さん」
待ち合わせ場所で待っていた椎菜は、声をかけられ、ビクリ、と肩を震わせた。この声はよく知っている。そこに立つのが誰なのか、振り向かなくてもわかった。
あの、デート取材の日から約一週間、椎菜の元に再取材の連絡が来たのは三日前だった。新垣に、別の人を手配するから、と言われてこの場所に来た。新垣が一回目の失敗をどう聞いているのか知らないが、椎菜を責めるつもりはないらしいと知ってホッとした。理由はどうあれ、新垣の組んだ仕事を椎菜の私情でフイにしたのだ。椎菜を見るあの優しい目に四谷が浮かべていたような蔑みの色を浮かべられることには耐えられない。
だから、今日ここに来るのは四谷以外のはずだった。例に漏れず名前は聞いていないが、別の人と言っていたのはよく覚えている。
「……なん……で……」
振り向いた椎菜は、笑顔の奥に浮かぶ蔑んだ表情を覚悟した。四谷はいつだってそういう目を椎菜に向けていた。
椎菜の前に立っている四谷は笑っていなかった。かと言って部下に向ける厳しい表情とも違う。真剣でまっすぐな瞳に椎菜の顔が写っている。そこに蔑んだ色はなく、どこか探るように椎菜を見ている。
「……新垣編集長に頼んだ。話がしたい、と」
「何の用ですか。私は……」
「少しでいい、話をさせてもらえないか?」
「わ……」
「君の取材に一日、付き合わせてもらえないだろうか……?頼む」
深く頭を下げる四谷の表情は見えない。彼が何を考えているのかわからない。ザワザワと周囲の音が目に入る。イケメンに頭を下げさせている椎菜に好奇の目が集まってくる。正直その目に耐えられない。それ以上に記者として今まで生きて来た椎菜の中で、知りたいという欲求が浮かんだ。なぜ、四谷は椎菜を嫌うのか。五年前、見ず知らずの椎菜を助け、叱り飛ばした四谷と椎菜を嫌う四谷。どちらが本当の彼なのか知りたかった。
「……顔、あげてください……今日は、よろしくお願いします」
「ありがとう」
絞り出すような椎菜の声に四谷が優しく笑った。それは、いつもの作った完璧な笑みとは違う、まるで少年のような椎菜が見たこともない笑顔で、思わず頰に熱が集まる。
四谷の運転する車の助手席に乗った椎菜は、真剣な表情で運転している四谷の姿をスマホで写真に収めた。軽いシャッター音に四谷の眉間にシワがよる。不快だと思ってはいるようだが、蔑んでいるわけではない。前回会ってからたったの一週間。何が四谷を変えたのだろう。四谷が椎菜を嫌っていたのは一年、二年じゃない。いつからか思い出せないが、気がついたら彼から冷たい蔑んだ目を向けられるようになっていた。それが、一週間で消えるはずがない。
「写真、載せるのか?」
話し方も意外だった。社内はともかく、他ではいつも敬語を外さないイメージが強かった。この方が本物のデートのようで記事にはしやすいが。
「載せます。ただ、何を載せるかは最後に決めます。もちろん、取材相手の許可は毎回もらっています」
「ならいいけど……」
「顔写真が嫌なら、わからないように加工します。……あの、聞いてもいいですか?」
「ん?なに?」
「……何か、あったんですか?」
「何か、とは?」
「この一週間で私に対する態度が変わった理由です」
「直球だなぁ」
「……じゃないと、記者なんてできませんから」
もちろん言葉は選ぶ。最低限、言っていいことと悪いことは見極めるが、わざと怒らせるようなことを言うこともある。
「自分の噂、知ってる?」
「社長の愛人起用、ですか?」
色々と言われていることは知っている。ただ関わりのある人は誰も信じていないのであまり気にしたことはなかった。元々椎菜は他人の噂や評価には一切興味がないのだ。
その噂を四谷が信じていた、それが意外だった。四谷は噂になんて惑わされないタイプだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
「知っていたのか……それは……事実?」
「さぁ、どうでしょう。それは自分で考えてください」
興味をなくしたと言うように視線を窓の外に投げる。だが、視線以外の全ての意識を四谷に向けている。彼の目にあの色が戻るのは正直怖い。でも、自分で言い訳を口にするのは椎菜のプライドが許さない。自分でも面倒な性格だと思うが、仕方がないだろう。
「一週間前、水無瀬が俺の顔を見るなり殴りかかって来た」
「え?藍ちゃんが!」
慌てて四谷の顔を見ると、どこか困ったような表情で椎菜を見ていた。
「結構親しいんだ……。それから、新垣編集長や加瀬さんも俺のところに文句言いに来たんだ。それが全部君のこと。……ほかのLAYの連中もみんなシーナが大切なんだな。……なんでだろう、目が会うたびに責められている気がする……」
疲れたような四谷の言葉に目を瞬く。新垣や藍子はともかくなぜほかの人まで知っているのだろう。
「なんで……」
「いつも取材後すぐに来る君が来なかったから、俺に確認に来たのが何人かいた。取材相手が俺だと言うことはみんな知ってたんだな。……俺は、身体を武器として生きる女が嫌いだ。……だから、君も嫌いだった」
予想していた内容ではあるが、まさかここまできっぱり言われるとは思っていなかった。部下をよく見ていると評判のあの四谷編集長が噂に振り回されているのも不思議な気分だ。
「なら、なんで今ここにいるんですか?わざわざ嫌いな人間に会いに来る理由なんて、ないですよね?」
「……水無瀬に言われたんだ。一度でいいから、君と話して君自身を判断してほしいって。……水無瀬があんなに強いなんて、思ってもなかった。……だから、君がどう言う人間なのか、今日判断させてほしい。……駄目、か?」
信号待ちの車の中で、四谷が椎菜の顔を見る。その目に椎菜がどう写っているのだろうか。というより、この人はどこまで上から目線なのだろう。勝手に勘違いして、蔑んで……しかも椎菜を判断すると言う。
「何様、なんですか」
「は……?」
「なんで私があなたに判断されないといけないんです?だいたい噂がひどいのはそっちも同じじゃないですか。来るもの拒ず、去る者追わず、女の敵。なんでそんな最低ヤローに上から目線で判断されないといけないんですか?」
「俺は、そんなことはしていない」
怒ったような傷ついたような四谷の顔を睨みつける。泣きたいのはこっちだ。
「その言葉になんの意味があるんです?自分ではなんとでも言えるでしょう?なんで私がその嘘かもしれない言葉を信じないといけないんですか?そんなギリ、ないですよね?」
「それ……は……」
絶句したような四谷の表情から目をそらす。目を閉じて、視界を、音を、全て遮断する。今この時から仕事モードに入る。理解してほしいなんて思わないし、してもらえるとも思っていない。目の前にいるのは、椎菜を嫌い、憎んでいて……そして、椎菜が目を離せない四谷ではない。これから、デートに連れて行ってくれる取材相手だ。
目を開けた椎菜は口元に小さく笑みを浮かべていた。それは誰もが見とれるような笑顔でも、楽しくて仕方がないという満面の笑みでもない。ただ、どこか人を安心させるような、そんな笑顔だった。
その顔をみた四谷が困ったように笑う。この瞬間椎菜が瀬戸椎菜ではなく、ジャーナリストのシーナの仮面をつけたことが彼にもわかった。
待ち合わせ場所で待っていた椎菜は、声をかけられ、ビクリ、と肩を震わせた。この声はよく知っている。そこに立つのが誰なのか、振り向かなくてもわかった。
あの、デート取材の日から約一週間、椎菜の元に再取材の連絡が来たのは三日前だった。新垣に、別の人を手配するから、と言われてこの場所に来た。新垣が一回目の失敗をどう聞いているのか知らないが、椎菜を責めるつもりはないらしいと知ってホッとした。理由はどうあれ、新垣の組んだ仕事を椎菜の私情でフイにしたのだ。椎菜を見るあの優しい目に四谷が浮かべていたような蔑みの色を浮かべられることには耐えられない。
だから、今日ここに来るのは四谷以外のはずだった。例に漏れず名前は聞いていないが、別の人と言っていたのはよく覚えている。
「……なん……で……」
振り向いた椎菜は、笑顔の奥に浮かぶ蔑んだ表情を覚悟した。四谷はいつだってそういう目を椎菜に向けていた。
椎菜の前に立っている四谷は笑っていなかった。かと言って部下に向ける厳しい表情とも違う。真剣でまっすぐな瞳に椎菜の顔が写っている。そこに蔑んだ色はなく、どこか探るように椎菜を見ている。
「……新垣編集長に頼んだ。話がしたい、と」
「何の用ですか。私は……」
「少しでいい、話をさせてもらえないか?」
「わ……」
「君の取材に一日、付き合わせてもらえないだろうか……?頼む」
深く頭を下げる四谷の表情は見えない。彼が何を考えているのかわからない。ザワザワと周囲の音が目に入る。イケメンに頭を下げさせている椎菜に好奇の目が集まってくる。正直その目に耐えられない。それ以上に記者として今まで生きて来た椎菜の中で、知りたいという欲求が浮かんだ。なぜ、四谷は椎菜を嫌うのか。五年前、見ず知らずの椎菜を助け、叱り飛ばした四谷と椎菜を嫌う四谷。どちらが本当の彼なのか知りたかった。
「……顔、あげてください……今日は、よろしくお願いします」
「ありがとう」
絞り出すような椎菜の声に四谷が優しく笑った。それは、いつもの作った完璧な笑みとは違う、まるで少年のような椎菜が見たこともない笑顔で、思わず頰に熱が集まる。
四谷の運転する車の助手席に乗った椎菜は、真剣な表情で運転している四谷の姿をスマホで写真に収めた。軽いシャッター音に四谷の眉間にシワがよる。不快だと思ってはいるようだが、蔑んでいるわけではない。前回会ってからたったの一週間。何が四谷を変えたのだろう。四谷が椎菜を嫌っていたのは一年、二年じゃない。いつからか思い出せないが、気がついたら彼から冷たい蔑んだ目を向けられるようになっていた。それが、一週間で消えるはずがない。
「写真、載せるのか?」
話し方も意外だった。社内はともかく、他ではいつも敬語を外さないイメージが強かった。この方が本物のデートのようで記事にはしやすいが。
「載せます。ただ、何を載せるかは最後に決めます。もちろん、取材相手の許可は毎回もらっています」
「ならいいけど……」
「顔写真が嫌なら、わからないように加工します。……あの、聞いてもいいですか?」
「ん?なに?」
「……何か、あったんですか?」
「何か、とは?」
「この一週間で私に対する態度が変わった理由です」
「直球だなぁ」
「……じゃないと、記者なんてできませんから」
もちろん言葉は選ぶ。最低限、言っていいことと悪いことは見極めるが、わざと怒らせるようなことを言うこともある。
「自分の噂、知ってる?」
「社長の愛人起用、ですか?」
色々と言われていることは知っている。ただ関わりのある人は誰も信じていないのであまり気にしたことはなかった。元々椎菜は他人の噂や評価には一切興味がないのだ。
その噂を四谷が信じていた、それが意外だった。四谷は噂になんて惑わされないタイプだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
「知っていたのか……それは……事実?」
「さぁ、どうでしょう。それは自分で考えてください」
興味をなくしたと言うように視線を窓の外に投げる。だが、視線以外の全ての意識を四谷に向けている。彼の目にあの色が戻るのは正直怖い。でも、自分で言い訳を口にするのは椎菜のプライドが許さない。自分でも面倒な性格だと思うが、仕方がないだろう。
「一週間前、水無瀬が俺の顔を見るなり殴りかかって来た」
「え?藍ちゃんが!」
慌てて四谷の顔を見ると、どこか困ったような表情で椎菜を見ていた。
「結構親しいんだ……。それから、新垣編集長や加瀬さんも俺のところに文句言いに来たんだ。それが全部君のこと。……ほかのLAYの連中もみんなシーナが大切なんだな。……なんでだろう、目が会うたびに責められている気がする……」
疲れたような四谷の言葉に目を瞬く。新垣や藍子はともかくなぜほかの人まで知っているのだろう。
「なんで……」
「いつも取材後すぐに来る君が来なかったから、俺に確認に来たのが何人かいた。取材相手が俺だと言うことはみんな知ってたんだな。……俺は、身体を武器として生きる女が嫌いだ。……だから、君も嫌いだった」
予想していた内容ではあるが、まさかここまできっぱり言われるとは思っていなかった。部下をよく見ていると評判のあの四谷編集長が噂に振り回されているのも不思議な気分だ。
「なら、なんで今ここにいるんですか?わざわざ嫌いな人間に会いに来る理由なんて、ないですよね?」
「……水無瀬に言われたんだ。一度でいいから、君と話して君自身を判断してほしいって。……水無瀬があんなに強いなんて、思ってもなかった。……だから、君がどう言う人間なのか、今日判断させてほしい。……駄目、か?」
信号待ちの車の中で、四谷が椎菜の顔を見る。その目に椎菜がどう写っているのだろうか。というより、この人はどこまで上から目線なのだろう。勝手に勘違いして、蔑んで……しかも椎菜を判断すると言う。
「何様、なんですか」
「は……?」
「なんで私があなたに判断されないといけないんです?だいたい噂がひどいのはそっちも同じじゃないですか。来るもの拒ず、去る者追わず、女の敵。なんでそんな最低ヤローに上から目線で判断されないといけないんですか?」
「俺は、そんなことはしていない」
怒ったような傷ついたような四谷の顔を睨みつける。泣きたいのはこっちだ。
「その言葉になんの意味があるんです?自分ではなんとでも言えるでしょう?なんで私がその嘘かもしれない言葉を信じないといけないんですか?そんなギリ、ないですよね?」
「それ……は……」
絶句したような四谷の表情から目をそらす。目を閉じて、視界を、音を、全て遮断する。今この時から仕事モードに入る。理解してほしいなんて思わないし、してもらえるとも思っていない。目の前にいるのは、椎菜を嫌い、憎んでいて……そして、椎菜が目を離せない四谷ではない。これから、デートに連れて行ってくれる取材相手だ。
目を開けた椎菜は口元に小さく笑みを浮かべていた。それは誰もが見とれるような笑顔でも、楽しくて仕方がないという満面の笑みでもない。ただ、どこか人を安心させるような、そんな笑顔だった。
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