3 / 9
2
しおりを挟む
パシャリ、という音が響き、目の前の少女が顔を上げた。驚いたような、怒ったような表情を浮かべている。
「勝手に撮らないでよ」
文句を言う声が何処か冷たく響くが、さほど本気で怒っているわけではないのか、目が笑っている。最も、カメラをいつも持っている望海のことを諦めているだけかもしれないが。
「ごめん、でも、綺麗に撮れたよ」
カメラを操作し、彼女、佐川美弥子に今撮った写真を見せる。
駅の方を向いて、風に揺れる長い髪を片手で抑えている様子を斜め後ろのアングルから撮った写真だ。意識を今の時に集中して撮っているので、見せても問題がないできになっている。
「……ほんっとに好きだよね、カメラ。いつも持ち歩いてる」
「お気に入りだからね」
望海がいつも持ち歩いているカメラは、小さいがれっきとした一眼レフのカメラだ。養父と光流が誕生日をプレゼントで初めて買ってくれたものだ。誕生日を祝う、ということ自体が初めてだったのですごく嬉しかった。他にも本格的な大きなカメラも持っているが、ボストンバックほどの大きさのため、普段使いには使えない。本格的に撮影のために出かける時以外に持っていくことはない。
「……まぁ、私も人のこと言えないけど……」
そう告げる美弥子が持っているのは大きめの鞄だ。その中には、使うかわからない楽譜が入っているのだろう。ピアノを弾くために生まれてきたのだ、とはっきり言うほどピアノが大好きな美弥子は、どんな時でも楽譜を持ち歩く。楽譜を持っていると落ち着くらしい。
「今年、だよね。ヴェートーベンのコンクール」
撮りに行きたいが、会場がウィーンなので厳しい。音楽をしない望海ですら知っている国際的なコンクールの本戦出場を決めている美弥子は本当にすごいと思う。
「その前に音楽祭があるんだけど」
音楽祭、という言葉に望海の意識がそちらに向く。音楽家の卵を集めての教育、発表の場としての一大イベントだ。出場するには推薦が必要、とのことだが、国際コンクールの予選を通過している美弥子が出場するのは当然の成り行きだろう。
「美弥子、お願いがあるんだけど……」
真剣な口調の望海に美弥子が不思議そうに首を傾げた。
「お願い?」
「その音楽祭、私も連れて行ってくれない?」
望海のお願いが予想外だったのか、美弥子が驚いたように目を瞬かせる。
「……なんで?」
「今度、品川玲写真コンテストがあるんだけど……それに出品しようと思ってるの」
品川玲は、今最も有名な写真家だ。四十代とまだ若いが撮った写真はみんな高評価を得る。柔らかく優しい写真から、力強い写真まで、彼が撮る写真は様々な表情がある。一度目にすると忘れることのできない強い印象を見たものに与える。
そんな彼が監修を務め、実際に審査員までするこのコンテストの難易度は高い。故にその優勝者はすぐに名を知られることとなるだろう。そのコンテストでの入賞が、プロになる第一歩だと思う。
「品川玲って今日行く?」
美弥子が一枚のチラシを出した。今日見に行く写真展は、戦場の写真が飾られているらしい。
「そう、その品川玲。そのコンテスト、単作部門と連作部門があって……どちらもテーマが「輝く刻」なんだ。で、今度の音楽祭の合宿中の美弥子を撮らせて欲しいな、って。今日のような一枚もいいけど……私、美弥子がピアノに向かい合っている一瞬が好きだから。……ダメ、かな……」
上目遣いになるように頼む。目の前で美弥子が真っ赤になって固まっているのが見えるが……何で照れてるんだろう?今、そんなこと、言っただろうか?
「わ……私の一存で合宿には連れて行けないよ」
「それは大丈夫。写真を教えてくれる先生のツテで合宿参加自体はできるんだけど……その条件が、モデルの美弥子の許可。合宿に参加しても目的のものが撮れないんじゃ意味ないから」
正確には許可を取ったのは静流経由ので依頼をしたAriaだが、無関係の美弥子にそんなことは言えない。
「……私の写真をコンテストに出す、の?」
「キレイに撮るし、出す前にちゃんと見せる。嫌な写真は出さない」
だから、お願い、と頭をさげる望海に美弥子が困ったように笑い、それでも、頷いてくれた。
「しょうがないなぁ。私、望海の写真好きだし、いいよ」
こっくりと頷いた美弥子に望海はホッと息をついた。美弥子がピアノに向かうとき、その空気はキラキラと輝いているように見える。望海はその、キラキラした一瞬が大好きだった。望海にとって輝く刻は美弥子がピアノに向かう一瞬なのだ。
「勝手に撮らないでよ」
文句を言う声が何処か冷たく響くが、さほど本気で怒っているわけではないのか、目が笑っている。最も、カメラをいつも持っている望海のことを諦めているだけかもしれないが。
「ごめん、でも、綺麗に撮れたよ」
カメラを操作し、彼女、佐川美弥子に今撮った写真を見せる。
駅の方を向いて、風に揺れる長い髪を片手で抑えている様子を斜め後ろのアングルから撮った写真だ。意識を今の時に集中して撮っているので、見せても問題がないできになっている。
「……ほんっとに好きだよね、カメラ。いつも持ち歩いてる」
「お気に入りだからね」
望海がいつも持ち歩いているカメラは、小さいがれっきとした一眼レフのカメラだ。養父と光流が誕生日をプレゼントで初めて買ってくれたものだ。誕生日を祝う、ということ自体が初めてだったのですごく嬉しかった。他にも本格的な大きなカメラも持っているが、ボストンバックほどの大きさのため、普段使いには使えない。本格的に撮影のために出かける時以外に持っていくことはない。
「……まぁ、私も人のこと言えないけど……」
そう告げる美弥子が持っているのは大きめの鞄だ。その中には、使うかわからない楽譜が入っているのだろう。ピアノを弾くために生まれてきたのだ、とはっきり言うほどピアノが大好きな美弥子は、どんな時でも楽譜を持ち歩く。楽譜を持っていると落ち着くらしい。
「今年、だよね。ヴェートーベンのコンクール」
撮りに行きたいが、会場がウィーンなので厳しい。音楽をしない望海ですら知っている国際的なコンクールの本戦出場を決めている美弥子は本当にすごいと思う。
「その前に音楽祭があるんだけど」
音楽祭、という言葉に望海の意識がそちらに向く。音楽家の卵を集めての教育、発表の場としての一大イベントだ。出場するには推薦が必要、とのことだが、国際コンクールの予選を通過している美弥子が出場するのは当然の成り行きだろう。
「美弥子、お願いがあるんだけど……」
真剣な口調の望海に美弥子が不思議そうに首を傾げた。
「お願い?」
「その音楽祭、私も連れて行ってくれない?」
望海のお願いが予想外だったのか、美弥子が驚いたように目を瞬かせる。
「……なんで?」
「今度、品川玲写真コンテストがあるんだけど……それに出品しようと思ってるの」
品川玲は、今最も有名な写真家だ。四十代とまだ若いが撮った写真はみんな高評価を得る。柔らかく優しい写真から、力強い写真まで、彼が撮る写真は様々な表情がある。一度目にすると忘れることのできない強い印象を見たものに与える。
そんな彼が監修を務め、実際に審査員までするこのコンテストの難易度は高い。故にその優勝者はすぐに名を知られることとなるだろう。そのコンテストでの入賞が、プロになる第一歩だと思う。
「品川玲って今日行く?」
美弥子が一枚のチラシを出した。今日見に行く写真展は、戦場の写真が飾られているらしい。
「そう、その品川玲。そのコンテスト、単作部門と連作部門があって……どちらもテーマが「輝く刻」なんだ。で、今度の音楽祭の合宿中の美弥子を撮らせて欲しいな、って。今日のような一枚もいいけど……私、美弥子がピアノに向かい合っている一瞬が好きだから。……ダメ、かな……」
上目遣いになるように頼む。目の前で美弥子が真っ赤になって固まっているのが見えるが……何で照れてるんだろう?今、そんなこと、言っただろうか?
「わ……私の一存で合宿には連れて行けないよ」
「それは大丈夫。写真を教えてくれる先生のツテで合宿参加自体はできるんだけど……その条件が、モデルの美弥子の許可。合宿に参加しても目的のものが撮れないんじゃ意味ないから」
正確には許可を取ったのは静流経由ので依頼をしたAriaだが、無関係の美弥子にそんなことは言えない。
「……私の写真をコンテストに出す、の?」
「キレイに撮るし、出す前にちゃんと見せる。嫌な写真は出さない」
だから、お願い、と頭をさげる望海に美弥子が困ったように笑い、それでも、頷いてくれた。
「しょうがないなぁ。私、望海の写真好きだし、いいよ」
こっくりと頷いた美弥子に望海はホッと息をついた。美弥子がピアノに向かうとき、その空気はキラキラと輝いているように見える。望海はその、キラキラした一瞬が大好きだった。望海にとって輝く刻は美弥子がピアノに向かう一瞬なのだ。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる