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鋭い痛みに望海はパッと目を瞬いた。ぼんやりと映る視界は白一色に統一されていて、ツン、とした匂いが部屋に充満している。
頭がボンヤリとしていて、何が起こったのか、すぐに思い出せなかった。
「ここ……」
まるで老人のような嗄れた声が出て、喉が痛んだ。喉だけじゃなく、身体中が痛い。
「気が付いたか?」
聞こえてきた声にホッと息をついた。ここがどこかわからない状態の今、一人じゃなかったことが本当に嬉しい。
「お義父《とう》さん……」
今度はちゃんと声が出た。まだ、すごく小さくて、辛うじて聞きとれる、という程度ではあったが、確かに望海の声だった。
義父にも聞こえたらしく、望海を見る目に優しい色が宿る。
ホッとすると同時に何が起こったのか思い出した。
年代物のカメラに夢中になっていた時、突然入り込んできた武装した集団に店内が占拠された。あのカメラの持ち主もその仲間だったのだろう。彼が構えた黒光りする銃をはっきりと脳裏に思い返すことができた。
「……カメラ……は……?」
あのカメラは無事だろうか?壊されそうになって、望海が思わず庇ってしまったカメラ。あの後、銃声が鳴り響く店内でピアノを弾き始めた美弥子を写真に収めたはずだ。痛む左腕と、血が抜けていくような感覚を、思い出した。ただ、望海が覚えているのはそこまでだ。ちゃんと撮れているのか、それさえもわからない。あの場で撮った写真は、どうなったのだろう。
「無事だ……けど、心配するの、それ?」
呆れたように口にした義父が望海のカメラを見せてくれる。慌てて手を伸ばしたが、鋭い痛みに思わず呻く。右腕に鋭い痛みを感じる。
「いっ!」
呻いた望に義父が呆れたような表情を浮かべている。
「カメラは一旦お預け。お前、撃たれたのわかってる?これ以上無理するなら音楽祭にいけなくなるぞ」
音楽祭、という言葉にだまりこむ。音楽祭に行けなくなるのは嫌だった。
「あの、じゃあ、しばらく我慢するから、昨日撮った写真だけ見せて」
あの時、あまりに非日常すぎて、自分が撮った写真がどういう写真になっているのか想像もできない。特に美弥子が演奏しているあの一瞬の写真を見たかった。
呆れたように息をついた義父が数枚の写真を見せてくれた。意識していなかったが、どうやら店内の様子も撮っていたらしい。そして、そのうちの一枚に、美弥子が軽く笑みを浮かべて演奏している写真があった。近くの床が壊れている。被弾したあとだろうか。
「東雲さんも呆れていたぞ。まぁ、彼が呆れていたのは望海だけじゃなくて、佐川美弥子さんに対しても、だけど。……あれだけの強い力と意志を持っていても、Ariaじゃないなんて、な」
義父の言葉は常々望海も感じていたことだった。でも、霊力が全てではない、というのは純粋に嬉しい。能力が全てだとしたら、望海は、綺麗な写真が撮れる系の能力者がいたら絶対に叶わない、ということになってしまう。
「東雲、さん?」
その中の聞き覚えのない名前に軽く首をかしげる。
「警察官だよ。今回の事件の担当。……Aria能力者でもある。……後日お前とも話がしたいと言っていたから、どこかで来ると思うぞ。ああ、あと、光流も数日中には来るから、覚悟しておけ」
「……覚悟?」
「ブチ切れてたから。あいつ、あまり怒らないけど、怒ると手がつけられないから」
望海が光流に会いたくないと思ったのは、この時が初めてだった。正直怒っている光流は想像ができないが、「優しい人ほど怒ると怖い」という言葉があるので、できればしばらく会いたくない、かも。
翌日、美弥子が会いにきてくれた……が、その頬が真っ赤に腫れている。
「み……美弥子……どうしたの、それ」
「お姉ちゃんに思いっきり殴られた。無茶するな~って。でも、納得いかない、お姉ちゃんだって散々無茶ばっかしてたのに」
美弥子は納得がいかないみたいだが、そのお姉ちゃんの気持ちはよくわかる。あんな場面で演奏を始めるなんて狙い撃ちしてくれと言っているようなものではないか。望海が姉でも怒る。
「それはしょうがないじゃん。私でも怒るよ」
「……望海、一個言っとくけど、お姉ちゃん以上に、あんたには言われたくない」
きっぱりと告げられた言葉に口を噤む。二人揃って怒られることをしたのだから、これ以上何かを口にしても堂々巡りにしかならないだろう。どっちも相手には言われたくないと思っていそうだし。
「なんで……弾いたの?」
望海が写真を撮ったのは本能のようなもので、でも、銃声が止んだからできたことだ。あんなバンバンと音がする中でカメラを構えることは多分できないと思う。美弥子が何を思ってピアノに触れたのかわからなかった。
「わからない。……望海、さ、今日見たっていう写真の話してくれたじゃん。なんかあの言葉を思い出して、なんとなくこの曲を弾くのは今しかない、って思ったの。流石に無茶だったかな、って思ったけど……後悔はしてないよ」
確かに全く後悔してはいなさそうだった。
「あの曲?そういえば、あれ、なんて曲?」
美弥子と関わるようになってからある程度の音楽知識は得たはずだが、あれは望海が知らない曲だった。
「戦場のピアニスト」
告げられた曲名にポカンと目を見張った。確かにそのタイトルにあの曲はしっくり来ると思うが、あの日はよほど「戦場のピアニスト」という言葉に縁がある日だったのだろう。
「……正確には、そう決めたってだけだけど」
「どういうこと?」
曲名を決めるのは作曲者の役目だが、美弥子が作曲をしているなんて聞いたこともないし、美弥子は新しい曲を時間をかけて作るよりは、その時間にピアノを奏でることを好むはずだ。
「……先生、宮藤先生が作ってくれたの。私のためだけの曲。タイトルは私が決めてもいい、って言われてるんだけど……決まらなくて悩んでたんだよね。でも、あの時、この曲にはこれしかないって思った」
美弥子の恩師でもあり、有名な音楽家の宮藤葆の名前はよく聞いている。彼の名前は奏者としてより教育者としてよく知られている。その彼が認めた奏者に、その人だけの曲をプレゼントする、というのは有名な話だ。だが高校生で曲を貰ったのは美弥子だけじゃないだろうか。
「……さすが、美弥子。でも、確かにあの曲にはぴったりだね。今度、ちゃんと聞かせてよ」
「もちろん。今度音楽祭で弾く予定だから、怪我治して絶対に来てよ」
美弥子の言葉に頷く。絶対に参加する、と決めていた。軽井沢でなら素晴らしい写真がたくさん撮れるような気がする。
「はじめまして、警視庁特殊捜査班の東雲斗真です」
警察だと名乗る彼が来たのは、望海の体力が大分戻った頃だった。目を覚ました直後は起きている時間よりも寝ている時間の方が多い、というくらい寝ていた。多分一日のうち一時間も起きていなかったんじゃないかと思う。それは、体が治ろうとしている証拠だ、と医者には言われていたが、逆に、余計に病気になるんじゃないか、と思うくらいに一日中寝ていた。起きている間、いろんな人が見舞いに来てくれたが、唯一光流だけは来てくれなかった。あの日から約二週間、望海は未だに彼と会えていない。
看護師さんに初めて見る男性が面会に来た、と聞いてまず頭に浮かんだのは光流だった。彼が、きてくれたのだと思った。たとえ怒られたのだとしても、無関心よりはよっぽどマシだ。でも、病室に入ってきたのは三十代半ばくらいの男性だった。その顔に見覚えはなく、示された警察手帳に目を瞬く。あんな事件に巻き込まれたにだから、事情聴取に来るのはわかっていたが、それにしてはずいぶんと遅い気がする。ドラマなんかでは、事件直後に渋る医者を説き伏せ、反無理やり面会に来るというイメージだった。
「特殊捜査班……ですか?」
「まぁ、警察内部の何でも屋みたいなもの、かな。……本当はもっと早く来たかったんだけど、光流くんに止められてね。許可が出るのに時間がかかったんだ」
ニコリと笑った東雲に目をパチパチと瞬いた。
「光流くんのこと……」
「私もAriaなのでね。……君は今回の事件について何か聞いているか?」
東雲の問いに首を振る。事件については誰も何も教えてくれなかった。実際に何も知らないのか、それとも知っていて望海に教える気がないのかはわからない。望海もあえて尋ねる事はしなかった。
「そう、聞きたい?……本来はあまり詳しくは話せないんだけど、君はAria能力者だし、今回の事件解決に一躍かっているからね。……私が今から話す話はできれば誰にも言わないでもらいたい。他の人にもある程度は話しているが、君に話すほどは話していないから。あ、でも、君の友達、佐川さんには話しても構わないよ。佐川さんがいなかったら、死人が出ていた可能性もあるから」
確かにあれだけ店内が破壊されつくしたのに、死者が一人もいない、というのは奇跡だろう。あのまま破壊行動が続いていたら、あそこにいた人間が皆殺しにされたとしてもおかしくない。
「何か聞いたい事はある?」
「聞きたいこと……と言われても……」
状況を正確に把握してはいない望海には何を聞きたいかさえわからない。
「……じゃあ、私が知っていることを全部話そうか?」
告げられた言葉に望海はぱちくりと目を瞬いた。警察が仕入れている情報をすべて欲しいとは思わない、というより、そこまでに細かい情報なんていらない。
「……あの、なんであんなことをしたんですか?」
拳銃を持って押し入ったが、強盗というには何も請求しなかったし、誰かを人質に取ったわけでもない。正直な話何をしたかったのか想像もつかない。
「……目的は色々だな」
「は?」
「あのメンバー自体がネットを通して集まった寄せ集めだったし、彼らも互いの目的どころか本名すら知らない。……一応リーダーであり、彼らをメンバーに選んだ喜多村哲だけは全部把握はしていたけどね」
「……集めた……ですか?」
適当に集まったと言っていたが、その言い方ではまるで喜多村哲が率先して集めたメンバーにも見える。
「そ、出来る姉と比べられながら育ったせいで歪んだ……といってもすでに四十手前の男としてどうかと思うけど……とにかくその喜多村の目的は姉のお店をボロボロにすること」
望海自身ははっきりとは覚えてないが、ニュースを見た限りでは、ボロボロに破壊されていたのでその目的は果たせたのだろう。
「……兄弟喧嘩……」
思わずついて出た言葉だが、何となく正しいような気がする。
「……兄弟喧嘩というにはあまりに盛大ではた迷惑だけど、確かにそうなのかもな。姉の方は何の落ち度もないけど」
「他の人は……何で参加したんですか?」
「後は、あの店でピアノの演奏者として雇って欲しかったのに、実技で落ちた逆恨みと拳銃の腕を磨き続けてきたから、その力を人に示したかった奴と……売れない役者で、演じられるなら何でもいいって奴と、ただ単に拳銃を撃ってみたかった奴」
聞かなきゃよかった。そんな理由で望海は撃たれたというのだろうか。知らない方が幸せだったかもしれない。
「そう……ですか……もういいです」
「……そうか。喜瀬真那人……ピアノ奏者として雇って欲しいと言って断られた奴だけど、君たち……正確には佐川美弥子に、だが、会いたいと言っている」
「美弥子に……ですか……?」
彼がもし欠片でも真剣にピアノと向き合って来たのだとしたら、あの時の美弥子の演奏に何か感じるものがあったのだろうか。
「美弥子に任せます。……ただ、私もついては行きます。一人では行かせません」
もし本当に美弥子の演奏に感じ入ってであれば構わないが、美弥子に対しても逆恨みの感情を持っているのだとしたら、美弥子を一人にはできない。あの子は、望海にとって唯一、Ariaとは関係のないところで繋がることができた友だちだから。
「そう言うと思った。……彼女に話すよ。……にしても、あの姉妹は……二人揃って無茶ばかり」
呆れたようにため息をついた東雲に望海は軽く首を傾げた。彼は、美弥子の姉を知っているのだろうか?
「あの……美弥子のお姉さん……ですか?今回のめちゃくちゃ怒られた、と言っていましたが……」
美弥子の言葉に東雲がますます呆れたような表情を浮かべた。
「佐川未来さんにあの子を叱る権利はないと思うけどね」
呟かれたその言葉は望海にとって衝撃の事実だった。
「佐川先輩が……美弥子のお姉さん……?」
顔も性格もあまり似ていないから気づかなかった。でも、確かに好きなものにかける情熱はよく似ているのかもしれない。
頭がボンヤリとしていて、何が起こったのか、すぐに思い出せなかった。
「ここ……」
まるで老人のような嗄れた声が出て、喉が痛んだ。喉だけじゃなく、身体中が痛い。
「気が付いたか?」
聞こえてきた声にホッと息をついた。ここがどこかわからない状態の今、一人じゃなかったことが本当に嬉しい。
「お義父《とう》さん……」
今度はちゃんと声が出た。まだ、すごく小さくて、辛うじて聞きとれる、という程度ではあったが、確かに望海の声だった。
義父にも聞こえたらしく、望海を見る目に優しい色が宿る。
ホッとすると同時に何が起こったのか思い出した。
年代物のカメラに夢中になっていた時、突然入り込んできた武装した集団に店内が占拠された。あのカメラの持ち主もその仲間だったのだろう。彼が構えた黒光りする銃をはっきりと脳裏に思い返すことができた。
「……カメラ……は……?」
あのカメラは無事だろうか?壊されそうになって、望海が思わず庇ってしまったカメラ。あの後、銃声が鳴り響く店内でピアノを弾き始めた美弥子を写真に収めたはずだ。痛む左腕と、血が抜けていくような感覚を、思い出した。ただ、望海が覚えているのはそこまでだ。ちゃんと撮れているのか、それさえもわからない。あの場で撮った写真は、どうなったのだろう。
「無事だ……けど、心配するの、それ?」
呆れたように口にした義父が望海のカメラを見せてくれる。慌てて手を伸ばしたが、鋭い痛みに思わず呻く。右腕に鋭い痛みを感じる。
「いっ!」
呻いた望に義父が呆れたような表情を浮かべている。
「カメラは一旦お預け。お前、撃たれたのわかってる?これ以上無理するなら音楽祭にいけなくなるぞ」
音楽祭、という言葉にだまりこむ。音楽祭に行けなくなるのは嫌だった。
「あの、じゃあ、しばらく我慢するから、昨日撮った写真だけ見せて」
あの時、あまりに非日常すぎて、自分が撮った写真がどういう写真になっているのか想像もできない。特に美弥子が演奏しているあの一瞬の写真を見たかった。
呆れたように息をついた義父が数枚の写真を見せてくれた。意識していなかったが、どうやら店内の様子も撮っていたらしい。そして、そのうちの一枚に、美弥子が軽く笑みを浮かべて演奏している写真があった。近くの床が壊れている。被弾したあとだろうか。
「東雲さんも呆れていたぞ。まぁ、彼が呆れていたのは望海だけじゃなくて、佐川美弥子さんに対しても、だけど。……あれだけの強い力と意志を持っていても、Ariaじゃないなんて、な」
義父の言葉は常々望海も感じていたことだった。でも、霊力が全てではない、というのは純粋に嬉しい。能力が全てだとしたら、望海は、綺麗な写真が撮れる系の能力者がいたら絶対に叶わない、ということになってしまう。
「東雲、さん?」
その中の聞き覚えのない名前に軽く首をかしげる。
「警察官だよ。今回の事件の担当。……Aria能力者でもある。……後日お前とも話がしたいと言っていたから、どこかで来ると思うぞ。ああ、あと、光流も数日中には来るから、覚悟しておけ」
「……覚悟?」
「ブチ切れてたから。あいつ、あまり怒らないけど、怒ると手がつけられないから」
望海が光流に会いたくないと思ったのは、この時が初めてだった。正直怒っている光流は想像ができないが、「優しい人ほど怒ると怖い」という言葉があるので、できればしばらく会いたくない、かも。
翌日、美弥子が会いにきてくれた……が、その頬が真っ赤に腫れている。
「み……美弥子……どうしたの、それ」
「お姉ちゃんに思いっきり殴られた。無茶するな~って。でも、納得いかない、お姉ちゃんだって散々無茶ばっかしてたのに」
美弥子は納得がいかないみたいだが、そのお姉ちゃんの気持ちはよくわかる。あんな場面で演奏を始めるなんて狙い撃ちしてくれと言っているようなものではないか。望海が姉でも怒る。
「それはしょうがないじゃん。私でも怒るよ」
「……望海、一個言っとくけど、お姉ちゃん以上に、あんたには言われたくない」
きっぱりと告げられた言葉に口を噤む。二人揃って怒られることをしたのだから、これ以上何かを口にしても堂々巡りにしかならないだろう。どっちも相手には言われたくないと思っていそうだし。
「なんで……弾いたの?」
望海が写真を撮ったのは本能のようなもので、でも、銃声が止んだからできたことだ。あんなバンバンと音がする中でカメラを構えることは多分できないと思う。美弥子が何を思ってピアノに触れたのかわからなかった。
「わからない。……望海、さ、今日見たっていう写真の話してくれたじゃん。なんかあの言葉を思い出して、なんとなくこの曲を弾くのは今しかない、って思ったの。流石に無茶だったかな、って思ったけど……後悔はしてないよ」
確かに全く後悔してはいなさそうだった。
「あの曲?そういえば、あれ、なんて曲?」
美弥子と関わるようになってからある程度の音楽知識は得たはずだが、あれは望海が知らない曲だった。
「戦場のピアニスト」
告げられた曲名にポカンと目を見張った。確かにそのタイトルにあの曲はしっくり来ると思うが、あの日はよほど「戦場のピアニスト」という言葉に縁がある日だったのだろう。
「……正確には、そう決めたってだけだけど」
「どういうこと?」
曲名を決めるのは作曲者の役目だが、美弥子が作曲をしているなんて聞いたこともないし、美弥子は新しい曲を時間をかけて作るよりは、その時間にピアノを奏でることを好むはずだ。
「……先生、宮藤先生が作ってくれたの。私のためだけの曲。タイトルは私が決めてもいい、って言われてるんだけど……決まらなくて悩んでたんだよね。でも、あの時、この曲にはこれしかないって思った」
美弥子の恩師でもあり、有名な音楽家の宮藤葆の名前はよく聞いている。彼の名前は奏者としてより教育者としてよく知られている。その彼が認めた奏者に、その人だけの曲をプレゼントする、というのは有名な話だ。だが高校生で曲を貰ったのは美弥子だけじゃないだろうか。
「……さすが、美弥子。でも、確かにあの曲にはぴったりだね。今度、ちゃんと聞かせてよ」
「もちろん。今度音楽祭で弾く予定だから、怪我治して絶対に来てよ」
美弥子の言葉に頷く。絶対に参加する、と決めていた。軽井沢でなら素晴らしい写真がたくさん撮れるような気がする。
「はじめまして、警視庁特殊捜査班の東雲斗真です」
警察だと名乗る彼が来たのは、望海の体力が大分戻った頃だった。目を覚ました直後は起きている時間よりも寝ている時間の方が多い、というくらい寝ていた。多分一日のうち一時間も起きていなかったんじゃないかと思う。それは、体が治ろうとしている証拠だ、と医者には言われていたが、逆に、余計に病気になるんじゃないか、と思うくらいに一日中寝ていた。起きている間、いろんな人が見舞いに来てくれたが、唯一光流だけは来てくれなかった。あの日から約二週間、望海は未だに彼と会えていない。
看護師さんに初めて見る男性が面会に来た、と聞いてまず頭に浮かんだのは光流だった。彼が、きてくれたのだと思った。たとえ怒られたのだとしても、無関心よりはよっぽどマシだ。でも、病室に入ってきたのは三十代半ばくらいの男性だった。その顔に見覚えはなく、示された警察手帳に目を瞬く。あんな事件に巻き込まれたにだから、事情聴取に来るのはわかっていたが、それにしてはずいぶんと遅い気がする。ドラマなんかでは、事件直後に渋る医者を説き伏せ、反無理やり面会に来るというイメージだった。
「特殊捜査班……ですか?」
「まぁ、警察内部の何でも屋みたいなもの、かな。……本当はもっと早く来たかったんだけど、光流くんに止められてね。許可が出るのに時間がかかったんだ」
ニコリと笑った東雲に目をパチパチと瞬いた。
「光流くんのこと……」
「私もAriaなのでね。……君は今回の事件について何か聞いているか?」
東雲の問いに首を振る。事件については誰も何も教えてくれなかった。実際に何も知らないのか、それとも知っていて望海に教える気がないのかはわからない。望海もあえて尋ねる事はしなかった。
「そう、聞きたい?……本来はあまり詳しくは話せないんだけど、君はAria能力者だし、今回の事件解決に一躍かっているからね。……私が今から話す話はできれば誰にも言わないでもらいたい。他の人にもある程度は話しているが、君に話すほどは話していないから。あ、でも、君の友達、佐川さんには話しても構わないよ。佐川さんがいなかったら、死人が出ていた可能性もあるから」
確かにあれだけ店内が破壊されつくしたのに、死者が一人もいない、というのは奇跡だろう。あのまま破壊行動が続いていたら、あそこにいた人間が皆殺しにされたとしてもおかしくない。
「何か聞いたい事はある?」
「聞きたいこと……と言われても……」
状況を正確に把握してはいない望海には何を聞きたいかさえわからない。
「……じゃあ、私が知っていることを全部話そうか?」
告げられた言葉に望海はぱちくりと目を瞬いた。警察が仕入れている情報をすべて欲しいとは思わない、というより、そこまでに細かい情報なんていらない。
「……あの、なんであんなことをしたんですか?」
拳銃を持って押し入ったが、強盗というには何も請求しなかったし、誰かを人質に取ったわけでもない。正直な話何をしたかったのか想像もつかない。
「……目的は色々だな」
「は?」
「あのメンバー自体がネットを通して集まった寄せ集めだったし、彼らも互いの目的どころか本名すら知らない。……一応リーダーであり、彼らをメンバーに選んだ喜多村哲だけは全部把握はしていたけどね」
「……集めた……ですか?」
適当に集まったと言っていたが、その言い方ではまるで喜多村哲が率先して集めたメンバーにも見える。
「そ、出来る姉と比べられながら育ったせいで歪んだ……といってもすでに四十手前の男としてどうかと思うけど……とにかくその喜多村の目的は姉のお店をボロボロにすること」
望海自身ははっきりとは覚えてないが、ニュースを見た限りでは、ボロボロに破壊されていたのでその目的は果たせたのだろう。
「……兄弟喧嘩……」
思わずついて出た言葉だが、何となく正しいような気がする。
「……兄弟喧嘩というにはあまりに盛大ではた迷惑だけど、確かにそうなのかもな。姉の方は何の落ち度もないけど」
「他の人は……何で参加したんですか?」
「後は、あの店でピアノの演奏者として雇って欲しかったのに、実技で落ちた逆恨みと拳銃の腕を磨き続けてきたから、その力を人に示したかった奴と……売れない役者で、演じられるなら何でもいいって奴と、ただ単に拳銃を撃ってみたかった奴」
聞かなきゃよかった。そんな理由で望海は撃たれたというのだろうか。知らない方が幸せだったかもしれない。
「そう……ですか……もういいです」
「……そうか。喜瀬真那人……ピアノ奏者として雇って欲しいと言って断られた奴だけど、君たち……正確には佐川美弥子に、だが、会いたいと言っている」
「美弥子に……ですか……?」
彼がもし欠片でも真剣にピアノと向き合って来たのだとしたら、あの時の美弥子の演奏に何か感じるものがあったのだろうか。
「美弥子に任せます。……ただ、私もついては行きます。一人では行かせません」
もし本当に美弥子の演奏に感じ入ってであれば構わないが、美弥子に対しても逆恨みの感情を持っているのだとしたら、美弥子を一人にはできない。あの子は、望海にとって唯一、Ariaとは関係のないところで繋がることができた友だちだから。
「そう言うと思った。……彼女に話すよ。……にしても、あの姉妹は……二人揃って無茶ばかり」
呆れたようにため息をついた東雲に望海は軽く首を傾げた。彼は、美弥子の姉を知っているのだろうか?
「あの……美弥子のお姉さん……ですか?今回のめちゃくちゃ怒られた、と言っていましたが……」
美弥子の言葉に東雲がますます呆れたような表情を浮かべた。
「佐川未来さんにあの子を叱る権利はないと思うけどね」
呟かれたその言葉は望海にとって衝撃の事実だった。
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