主人は逃がさない

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主人は逃がさない

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森の奥深くに隠されたように建設されたある大富豪の別宅。なんでもその富豪の息子が身を潜めているとか。
あと半年で家を継ぐことが決まっている為に、金目当てに命を狙われやすい立場にある息子は、その別宅にいると、裏の世界では専らの噂だ。
けれどもそう言ってその別宅へ向かった人の中に、誰一人として帰って来た姿を見た者はいない。




「失礼いたします、ロゼ様。本日も動き出されたようです」
書類の山を仏頂面で眺め、難しい書類にサインを加えていた一人の男。ブロンドの透き通った髪の間から、付き人の知らせを受けるやいなや勢いよく顔を挙げたこの男こそ、富豪の息子ーー別宅の主人だ。
「そうか、有難う。今日のノルマはもう達成していることだし、丁度疲れていた所だ。後は彼の頑張りを見届けようかなぁ」
「畏まりました」
付き人へ優しい声色で伝えると、その付き人は主人の目の前に数十個に及ぶモニターを用意した。
モニターには、この別宅内のあちこちが映し出されている。所謂監視カメラだ。
「さて、彼は何処にいるのかな?」
ウキウキとしながらモニターに目を向ける。暫くして動く影を見つけると食い入るようにして集中し始めた。
「……まだ部屋を出られてそんなに時間は経っていない筈ですが、もうこの地点まで突破されているとは。日に日に早くなっておられますね」
「あぁ。彼は順応能力に優れているし、何より賢い。ほらみろ、一週間前までは突破出来なかった仕掛けもいとも簡単にすり抜けた」
付き人と主人がモニターを指差しながら話している。どうやらこのモニターに映っている青年の話をしているらしい。
「あぁ、そこの落とし穴のトラップも認知されていたのか。素晴らしいなぁ。隠し通路も把握済み、と。まぁそれは君を誘導する為にわざと用意しておいたのだけど」
先程までうだうだと書類を片していた主人とは全くの別人のようで、クスクスと笑い、楽しそうに眺めている。
「……ここの扉を抜けられましたらいよいよ本館から出られてしまいます」
「本当に凄い子だ。……まぁでも今日はここまでだろうね」
主人がそう言ったと同時に、モニター内の青年に異常が起きた。
本館と別館を繋ぐ扉を開けようとドアノブを捻った途端、青年の顔に霧状のスプレーのような物が吹きかけられた。途端青年はよろめいて、モニター内で倒れ込んだ。
「最速、最長記録達成だね。褒めてあげなくちゃ」
「……いってらっしゃいませ」
鼻歌混じりにルビーのピアスを揺らしながら書斎を出て行った主人を、付き人は深く一礼して見送った。





「………ぁ………くそ………今まで扉に仕掛けなんか……」
先程映し出されていたモニターの場所で、青年は一歩も動けずにいた。
そうして暫くすると、遠くから余裕のある足音が聞こえてきた。
聞きたくない、見たくない、大嫌いなあいつがまたやってくるのだ。
「やぁ、ルーク。今回は随分と進んだじゃないか。危うく次の別館に行かれるかとヒヤヒヤしたよ。そろそろ仕掛けも一新するべきだね、また次の機会には一から変えておくから楽しみにしておいで」
「くっ………さわ……んな」
主人は倒れている青年を仰向けにして起こしてやる。力の入らない青年は、主人の手を押し退けようにもそれすらままならなかった。
「……ぉ、れに……なに、した」
「あぁ、あれは筋弛緩スプレー。ちゃんと安全なやつだから、暫くすれば戻るよ。だからその隠しているナイフを置いて、安心して身を任せるといい」
「……ほん、と……イカレ野郎……」
ぐったりとした青年に罵声されているのに、何故か主人は一層頬を緩める。青年のあちこちに忍ばせていたナイフを回収し、そのまま青年を横抱きした。青年が必死になって通ってきた道を、易々と戻って行く。
「そうだね。そう言われても仕方ない。でも根を辿れば君がこの屋敷に侵入したことが発端だろう?」
「こ、んな…変態だって…知ってたら、誰がこんなとこ……」
「……君はいつまで経っても靡いてはくれないね。君は金が目当てだったんだろう?欲しいものならいくらでもあげるのに。そろそろ私と生活すると、君が選択してくれてもいいんじゃないか?」
「………」
「………何度挫こうとも諦めないその執念が、逆にどれだけ私を高揚させているか、君にはわからないか。いや、わかっていてしているのか?」
大人しく抱かれるしかない青年の額に一つキスを落とす。
言っていることが正気ではない。
確かに此処で主人と共に暮らす生活を選ぶのは簡単だし、願ってもない贅沢だって付いてくる。
……それでも。
「さぁ、もうすぐ君の部屋だよ。今日も疲れただろう?湯浴みの用意をしてある。洗ってあげよう」
「っ!?や、いや、だ!お、ろせ!ひ、とり、ではい、る…っから!」
「そんな状態で?いくら君でも溺れてしまうよ」
「やだ……や、めろ!お前、ど、うせいつも、みたいに……!」
それでもそれは、今まで当然にあった自由と引き換えになるということ。
全てをこのイカレた主人に管理され、溺愛され、ただ生かされるということ。
「怖がらなくていい。君はただ、私に愛されるだけでいいんだから」
「い、いやだ……ぁ………ああぁ………」
青年が主人から逃亡するのが先か、主人が青年の全てを手にするのが先か。
それは、過ぎていく時間だけが知っている。







別宅の主人 ある日の手記より

私を殺そうとして訪ねて来た者は多くいるが、誰も屋敷の中に入ってくることさえままならず、逆に命を落として行った。
それだからあの日も油断していたのさ。暗殺者が侵入したと速報を受けても気にも留めていなかった。
なのに君は私の前に現れた。割られたガラス片と共に華麗な身のこなしで、満月に照らされ艶やかな髪を靡かせ、赤く光る眼を私へ向けながら。
初めて私は自分に向けられた殺意を目にしたんだ。その美しさに思わず息を呑んで、見惚れてしまった。
彼が私の首を切るには流石にあと一歩及ばなかったが、彼をこのまま失くしてしまうのは惜しいほど、瞬時に愛しさが込み上げてきた。
……あぁ、そうだ。この感情は、昔玩具を初めて見た時の感情によく似ている。
なにがなんでも私のものにしたい。
まずは彼の身体から手にしていけば、自然と心もついてくるだろうか。
すぐには彼も懐かないだろうし、対暗殺者用に作らせた仕掛けは彼の為の仕掛けへ変更するとしよう。
明日からの生活は今までの何より刺激的なものになるだろう。
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