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第3章
肘本典之
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結局、出張からは、あの日の最終便で日帰りで帰って来た。それから三日、遺書の謎は深まるばかりだったが、そればかりを追ってもいられなかった。こちらは、人手不足で猫の手も借りたいほどだ。模倣犯や、影響犯による事件が、他県でも起き、そちらの対応にも追われる上、この暴徒騒動と来たのだ、休む暇など全くと言っていいほど無かった。
「裏生ー、まだ着かないのか」
先程から十分以上、全く、車は動かず、ずっと渋滞だ。この県道でこの混みようは、全く、迷惑な話だ。
「どうも、規制されてるみたいですね、どうします」
ここで待っていても仕方ない。
「もういい、そこのコンビニに説明して置かせてもらって歩いて行くぞ」
まだ、ここから500メートル程あるが、もはや仕方ないだろう。横のコンビニに車を入れて、裏生が、コンビニに交渉に行った。どうやら、判断は間違っていないらしい、全く車は、動いていない。裏生が来て、学校へ向けて歩き始めた。歩き始めて気付いたが、学校からこちらへ、流れてくる人々の多くが、三十代から四十代を中心としている。そのどの顔もが、疲れた様子で、無表情で歩いて来る。まるで、とんでもない場面に出くわしたような被害者顔だが、こいつらは皆きっと加害者だ。学校に近づくにつれて、赤色灯が見え、サイレンの音が聞こえて来る。
「皆、どこに行くんでしょうね、ここから、街の中心まで、そこそこの距離はありますよ」
「確かにな、それに電車もバスも止まってしまっているからな、その上、この渋滞じゃ、タクシーも呼べないし、歩くしかないよな」
今日は、また一段とマスコミの根性には驚かされた。マスコミとは凄いもので、『コの字型』の校舎の真ん前にある、旧正門から入ろうとしたら、そこにも、もの凄い人数の記者が居た。ざっと見たところ、四十人は、軽く居るだろう。いや、もっと多いかもしれない。皆、目がキラキラと輝いている。暴徒によってシャッターが壊されたのか、およそ、六メートルの門柱間に規制テープがビシッと貼られていて、シャッターがおかしな方向に倒れている。そこを、三人の警官が警備で立っている。裏生が先に警察手帳を見せたことで、すんなりと、規制線内に入ることが出来た。今回の事件は、捜査員や、警官が、足らず、他の署からも駆り出しているので、見たことのない奴も事件が重なるたびに増えていっている。そのため、一人で行動すると、現場にも警察手帳を見せないと入れてもらえない。
「肘本さん…、これって…」
はっ、と、息を呑むほどだった。殺到する記者達の背で見えなかったが、学園内に入ると、被害がよく分かった。一階と二階の窓は、ほとんど割られていて、外から見ても荒らされているのが、一目で分かる。ここまで酷いとは、思いもしなかった。
顔馴染みの鑑識官が、何人かの若手を率いてこちらに向かって来たので話しかけてみた。
「ご苦労さん、で、どうだった。もう引き揚げるのか」
「ああ、肘本さんか、ええ、私達はこれにて失礼しますよ、これは、鑑識が入ったって、どうしようもない、余りに指紋が多すぎる」
そう、一言愚痴をこぼすと、鑑識達は撤退していった。その鑑識官達と交代するように校舎に入ったが、先ほどの言葉の意味が分かった。想像を遥かに超えて中の様子は酷かった。所狭しと、ガラスの破片が飛び散っていて、所々に、窓を割ったりすることなどに使われたであろう、鉄パイプや、金属バットなど、武器らしきものが並んでいて、壁にかけられていた、大きな絵が落ちて、破られている。明らかに意図的に。
「おおー、肘本来たか、酷いだろー」
草家だった。普通、室内現場は、靴にビニールのカバーを着けるのだが、草家達は、それを着けていなかった。
「おい、草家、カバー着けなくていいのか」
「カバーなんて、ダメだ。着けても無駄になるだけだ。ガラスの破片ですぐに破れちまうよ」
ああ、そうか。と、思って、裏生と俺も、その場でカバーを外してしまった。
「驚いただろ、まるで廃校と間違えるほどだ」
学校の様子だろう。本当にそのとうりだった。ただ、靴箱に靴がなければ。
「ああ、驚いたよ。確かに、まるで廃校だな、靴が無ければ、本当に見間違えるほどだ」
二階に登ろうと、裏生と二人で、階段に向かう。階段の途中にも投石に使用したのであろう、石が落ちていた。
「これは、思ったより酷そうですね」
「ああ、これで死者が出なかったのが、不幸中の幸いというところだな」
二階の階段の先には、机や椅子などが、散乱していた。生徒と教師が、防火扉を軸に、バリケードを作っていた、と、聞いたが、どうやら、本当だったようだ。階段を登ったすぐの所には、元々、賞状や、トロフィーが飾ってあったであろう、棚が有り、それを守っていたであろう、ガラスが床に粉々になって散らばっていた。そして床には、割れたトロフィーや、踏みつけられて破けた賞状もある。
「肘本さん、生徒達は、三、四階で待機しているらしいですよ、行ってみましょう」
ああ、と、応えて、階段に再び向かう。しかし、何か違和感があり、あの散らばった賞状やトロフィーから目が離せなかった。
三回では、三年四組の場所を聞いて、なるべく自然であるように、人数確認をした。出席している者の中で、二人、浅浦角斗と、峰川龍人が居なかった。他のクラスメイトに聞いてみると、疲れているのか、ぶっきらぼうに、屋上で二人を見たと言うものがいたので、行ってみることにした。屋上には、以前、教頭に連れて行ってもらっていたので、勝手知っていた。安そうな、銀色の扉を押し開けようとすると、逆に戸が引かれて、体勢を崩しそうになった。相手の顔には見覚えがあった。どうやら相手も憶えているようだ。
「あっ、」
と、言って、挨拶をする間もなく、怒ったような表情で、走って階段を降りて行ってしまった。それは、浅浦角斗だった。
「どうします、肘本さん、追ってきましょうか」
「いや、いい。証言通りだと、まだ一人屋上に居るはずだからな」
後ろで裏生が頷くのが分かった。今日は、無風だ。ただ、乾燥しているせいで、予想より広い範囲が焼失した。峰川龍人は、屋上のフェンス近くにある、学園向きの方向をしているベンチにこちらに背を向けるようにして座って居た。
「峰川龍人君だね、久しぶりだ」
「ああ、刑事さんですか、お久しぶりです」
龍人は、こちらを振り返りもしなかった。声だけで当てたようだ。龍人の左後ろに立ったまま話を進めることにした。
「何を見ているのかね」
何一つその質問に対し龍人の表情は変化しなかった。
「いえ、特には、何も。ただ、ここからだと、焼けたところや、警察、消防の動きがよく見えますよ」
確かに、ここからだと、この広い学園の全体も見渡せるし、動きもよく分かる。
「楽しいかね、そんなものを見て」
純粋な疑問だった。
「楽しくは、ありません。というより、そんなこと何も意識していません。ただ、ボーっと、見ているだけです」
きっと、その言葉通りなのだろう。その顔には、何も無いのが、後ろからでも分かる気がした。
「さっき、浅浦君が、怒ったように、走って出て行ったのだが、何かあったのかね」
「答える義務は、ありませんね」
どうやら、龍人は、この質問に答える気はないらしい。
「早く、教室に戻った方がいい、もう、みんなクラスに集まっている」
「刑事さん、この学校はどうなってしまうんでしょうね、いえ、答えてくれなくて結構です。答えなんて求めていませんから」
答えてくれ、そう言われても、答えられなかったであろう。その質問の求める答えは、表面上よりも、もっと深い所にあった気がする。そして、それは、簡単に触れてはいけない。
「さて、では僕も忠告通り、教室に戻るとします」
、と言って、これ以上話すことは無いとばかりに、小さく会釈して、屋上を去って行った。肘本も、先程まで、龍人が座っていた、ベンチに座ってみる。どうやら、古い木造の旧校舎の消火が終わったらしく、白い煙が立ち昇っていた。
「裏生ー、学園の他の所の被害もみてみるぞ」
他の所は、さほどの被害でも無かった。しかし、火事は、そこそこ酷かった。焼けた範囲はおよそ三百坪の庭と、建物は旧校舎だった。他の校舎などの被害は、窓が割られていたり、部室棟のドアが壊されている程度だった。しかし、これでお偉方にも、民の不安が伝わっただろう。急がねば、これと似たような事件が起きてしまう気がした。実際には、既に、文書の内容が報道されてしまったせいで、仏教や、神道以外の宗教施設が、次々に襲撃されたりしている。再び、普通科の校舎に戻ってみると、生徒達はほとんど、保護者に引き渡され、下校していて、残るは、説明会に来ていない親を待つ生徒と、あとは、片付けに追われる教師だった。あの、無愛想な教頭もそこに混じっていた。
「教頭先生、どうも、こんにちは」
教頭は、運ぼうとしていた荷物から目を離してこちらを見た。
「ああ、防犯カメラの映像を受け取りに来られた刑事さんですか、今日はどうしましたか。見ての通り、後片付けに追われているんですがねえ」
もちろん、用事は特に無い。まあ、適当に質問しておく。自然と、この教頭とは、話してみたかった。
「学校の再会は、いつ頃になりますかね」
野暮な質問だったかもしれない。
「さあ、このままじゃ、一階や二階の教室は使えませんし、職員室も、パソコンや、機材が壊されていて、データがどうなっているか分かりませんし、少なくとも、再会は犯人逮捕後でしょうね」
悲しみが混じっていた。
「全力で、犯人逮捕に向かわせていただきます」
よくよく見れば、この教頭も、数日前より、大分やつれており、十歳は、歳をとったように見える。七三に分けていた髪も、今日は、所々跳ねている。
「刑事さん、」
もう帰ろうと思っていたところを突然呼び止められて振りかえる。
「どうか、お願いしますよ、一番は、何を差し置いても子供達ですから」
教頭は、目頭に涙を讃えていた。俺の時にもこんな教師がいてくれたら。深々と、礼で、敬意を表して、コンビニに停めている車に向かう。
「あんな教育熱心な先生が今でも居られるんだな」
裏生も、少し感動しているようだった。
「本当ですね」
「裏生、俺は思うんだけどな、この事件は全部、導かれている気がするんだ。石水の文書にあっただろ、『嵐は大きな大渦になる』って、そうなってる気がしないか、俺らが追っているものって一体何なんだろうな」
しばらく考えて、
「分かりません」
、と、裏生が首を横に振る。そこからコンビニまで、それから署までは、必要最低限の言葉以外、一切喋らなかった。今日は、本当に長い一日だった。
早く沈んでくれよ夕陽よ
「裏生ー、まだ着かないのか」
先程から十分以上、全く、車は動かず、ずっと渋滞だ。この県道でこの混みようは、全く、迷惑な話だ。
「どうも、規制されてるみたいですね、どうします」
ここで待っていても仕方ない。
「もういい、そこのコンビニに説明して置かせてもらって歩いて行くぞ」
まだ、ここから500メートル程あるが、もはや仕方ないだろう。横のコンビニに車を入れて、裏生が、コンビニに交渉に行った。どうやら、判断は間違っていないらしい、全く車は、動いていない。裏生が来て、学校へ向けて歩き始めた。歩き始めて気付いたが、学校からこちらへ、流れてくる人々の多くが、三十代から四十代を中心としている。そのどの顔もが、疲れた様子で、無表情で歩いて来る。まるで、とんでもない場面に出くわしたような被害者顔だが、こいつらは皆きっと加害者だ。学校に近づくにつれて、赤色灯が見え、サイレンの音が聞こえて来る。
「皆、どこに行くんでしょうね、ここから、街の中心まで、そこそこの距離はありますよ」
「確かにな、それに電車もバスも止まってしまっているからな、その上、この渋滞じゃ、タクシーも呼べないし、歩くしかないよな」
今日は、また一段とマスコミの根性には驚かされた。マスコミとは凄いもので、『コの字型』の校舎の真ん前にある、旧正門から入ろうとしたら、そこにも、もの凄い人数の記者が居た。ざっと見たところ、四十人は、軽く居るだろう。いや、もっと多いかもしれない。皆、目がキラキラと輝いている。暴徒によってシャッターが壊されたのか、およそ、六メートルの門柱間に規制テープがビシッと貼られていて、シャッターがおかしな方向に倒れている。そこを、三人の警官が警備で立っている。裏生が先に警察手帳を見せたことで、すんなりと、規制線内に入ることが出来た。今回の事件は、捜査員や、警官が、足らず、他の署からも駆り出しているので、見たことのない奴も事件が重なるたびに増えていっている。そのため、一人で行動すると、現場にも警察手帳を見せないと入れてもらえない。
「肘本さん…、これって…」
はっ、と、息を呑むほどだった。殺到する記者達の背で見えなかったが、学園内に入ると、被害がよく分かった。一階と二階の窓は、ほとんど割られていて、外から見ても荒らされているのが、一目で分かる。ここまで酷いとは、思いもしなかった。
顔馴染みの鑑識官が、何人かの若手を率いてこちらに向かって来たので話しかけてみた。
「ご苦労さん、で、どうだった。もう引き揚げるのか」
「ああ、肘本さんか、ええ、私達はこれにて失礼しますよ、これは、鑑識が入ったって、どうしようもない、余りに指紋が多すぎる」
そう、一言愚痴をこぼすと、鑑識達は撤退していった。その鑑識官達と交代するように校舎に入ったが、先ほどの言葉の意味が分かった。想像を遥かに超えて中の様子は酷かった。所狭しと、ガラスの破片が飛び散っていて、所々に、窓を割ったりすることなどに使われたであろう、鉄パイプや、金属バットなど、武器らしきものが並んでいて、壁にかけられていた、大きな絵が落ちて、破られている。明らかに意図的に。
「おおー、肘本来たか、酷いだろー」
草家だった。普通、室内現場は、靴にビニールのカバーを着けるのだが、草家達は、それを着けていなかった。
「おい、草家、カバー着けなくていいのか」
「カバーなんて、ダメだ。着けても無駄になるだけだ。ガラスの破片ですぐに破れちまうよ」
ああ、そうか。と、思って、裏生と俺も、その場でカバーを外してしまった。
「驚いただろ、まるで廃校と間違えるほどだ」
学校の様子だろう。本当にそのとうりだった。ただ、靴箱に靴がなければ。
「ああ、驚いたよ。確かに、まるで廃校だな、靴が無ければ、本当に見間違えるほどだ」
二階に登ろうと、裏生と二人で、階段に向かう。階段の途中にも投石に使用したのであろう、石が落ちていた。
「これは、思ったより酷そうですね」
「ああ、これで死者が出なかったのが、不幸中の幸いというところだな」
二階の階段の先には、机や椅子などが、散乱していた。生徒と教師が、防火扉を軸に、バリケードを作っていた、と、聞いたが、どうやら、本当だったようだ。階段を登ったすぐの所には、元々、賞状や、トロフィーが飾ってあったであろう、棚が有り、それを守っていたであろう、ガラスが床に粉々になって散らばっていた。そして床には、割れたトロフィーや、踏みつけられて破けた賞状もある。
「肘本さん、生徒達は、三、四階で待機しているらしいですよ、行ってみましょう」
ああ、と、応えて、階段に再び向かう。しかし、何か違和感があり、あの散らばった賞状やトロフィーから目が離せなかった。
三回では、三年四組の場所を聞いて、なるべく自然であるように、人数確認をした。出席している者の中で、二人、浅浦角斗と、峰川龍人が居なかった。他のクラスメイトに聞いてみると、疲れているのか、ぶっきらぼうに、屋上で二人を見たと言うものがいたので、行ってみることにした。屋上には、以前、教頭に連れて行ってもらっていたので、勝手知っていた。安そうな、銀色の扉を押し開けようとすると、逆に戸が引かれて、体勢を崩しそうになった。相手の顔には見覚えがあった。どうやら相手も憶えているようだ。
「あっ、」
と、言って、挨拶をする間もなく、怒ったような表情で、走って階段を降りて行ってしまった。それは、浅浦角斗だった。
「どうします、肘本さん、追ってきましょうか」
「いや、いい。証言通りだと、まだ一人屋上に居るはずだからな」
後ろで裏生が頷くのが分かった。今日は、無風だ。ただ、乾燥しているせいで、予想より広い範囲が焼失した。峰川龍人は、屋上のフェンス近くにある、学園向きの方向をしているベンチにこちらに背を向けるようにして座って居た。
「峰川龍人君だね、久しぶりだ」
「ああ、刑事さんですか、お久しぶりです」
龍人は、こちらを振り返りもしなかった。声だけで当てたようだ。龍人の左後ろに立ったまま話を進めることにした。
「何を見ているのかね」
何一つその質問に対し龍人の表情は変化しなかった。
「いえ、特には、何も。ただ、ここからだと、焼けたところや、警察、消防の動きがよく見えますよ」
確かに、ここからだと、この広い学園の全体も見渡せるし、動きもよく分かる。
「楽しいかね、そんなものを見て」
純粋な疑問だった。
「楽しくは、ありません。というより、そんなこと何も意識していません。ただ、ボーっと、見ているだけです」
きっと、その言葉通りなのだろう。その顔には、何も無いのが、後ろからでも分かる気がした。
「さっき、浅浦君が、怒ったように、走って出て行ったのだが、何かあったのかね」
「答える義務は、ありませんね」
どうやら、龍人は、この質問に答える気はないらしい。
「早く、教室に戻った方がいい、もう、みんなクラスに集まっている」
「刑事さん、この学校はどうなってしまうんでしょうね、いえ、答えてくれなくて結構です。答えなんて求めていませんから」
答えてくれ、そう言われても、答えられなかったであろう。その質問の求める答えは、表面上よりも、もっと深い所にあった気がする。そして、それは、簡単に触れてはいけない。
「さて、では僕も忠告通り、教室に戻るとします」
、と言って、これ以上話すことは無いとばかりに、小さく会釈して、屋上を去って行った。肘本も、先程まで、龍人が座っていた、ベンチに座ってみる。どうやら、古い木造の旧校舎の消火が終わったらしく、白い煙が立ち昇っていた。
「裏生ー、学園の他の所の被害もみてみるぞ」
他の所は、さほどの被害でも無かった。しかし、火事は、そこそこ酷かった。焼けた範囲はおよそ三百坪の庭と、建物は旧校舎だった。他の校舎などの被害は、窓が割られていたり、部室棟のドアが壊されている程度だった。しかし、これでお偉方にも、民の不安が伝わっただろう。急がねば、これと似たような事件が起きてしまう気がした。実際には、既に、文書の内容が報道されてしまったせいで、仏教や、神道以外の宗教施設が、次々に襲撃されたりしている。再び、普通科の校舎に戻ってみると、生徒達はほとんど、保護者に引き渡され、下校していて、残るは、説明会に来ていない親を待つ生徒と、あとは、片付けに追われる教師だった。あの、無愛想な教頭もそこに混じっていた。
「教頭先生、どうも、こんにちは」
教頭は、運ぼうとしていた荷物から目を離してこちらを見た。
「ああ、防犯カメラの映像を受け取りに来られた刑事さんですか、今日はどうしましたか。見ての通り、後片付けに追われているんですがねえ」
もちろん、用事は特に無い。まあ、適当に質問しておく。自然と、この教頭とは、話してみたかった。
「学校の再会は、いつ頃になりますかね」
野暮な質問だったかもしれない。
「さあ、このままじゃ、一階や二階の教室は使えませんし、職員室も、パソコンや、機材が壊されていて、データがどうなっているか分かりませんし、少なくとも、再会は犯人逮捕後でしょうね」
悲しみが混じっていた。
「全力で、犯人逮捕に向かわせていただきます」
よくよく見れば、この教頭も、数日前より、大分やつれており、十歳は、歳をとったように見える。七三に分けていた髪も、今日は、所々跳ねている。
「刑事さん、」
もう帰ろうと思っていたところを突然呼び止められて振りかえる。
「どうか、お願いしますよ、一番は、何を差し置いても子供達ですから」
教頭は、目頭に涙を讃えていた。俺の時にもこんな教師がいてくれたら。深々と、礼で、敬意を表して、コンビニに停めている車に向かう。
「あんな教育熱心な先生が今でも居られるんだな」
裏生も、少し感動しているようだった。
「本当ですね」
「裏生、俺は思うんだけどな、この事件は全部、導かれている気がするんだ。石水の文書にあっただろ、『嵐は大きな大渦になる』って、そうなってる気がしないか、俺らが追っているものって一体何なんだろうな」
しばらく考えて、
「分かりません」
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早く沈んでくれよ夕陽よ
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