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第4章
肘本典之
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今年も残すところ、9時間あまり。とうとう今年は、大晦日までも捜査に動いていた。今日だけは早く帰るつもりだが、他の交番などの警察官は、治安の悪化で今日も大忙しだ。
「裏生、お前は、今日どうするつもりなんだ」
「んー、いつもよりは、早く帰してもらおうかなと、思っています。一人暮らしなんで、久々に実家に顔出そうかと思っています」
「そうか、それはいいな」
今は、車で色々な人物に聞き込みに行った帰りだ。本部は、今、電話が鳴り止まない状況になっている。情報の提供にとどまらず、嘘の自供する奴までいる。情報は、虚偽を見極めるのも一苦労で、真実味のある物は、こうやって実際に検分している。が、頼りになりそうな物は、今のところ、何一つ無い。4時ごろに署に着くと、大分いつもより人は、少なく、ようやく歳末だと肘本に思わせた。机に向かっていると、今日の中で唯一印象に残った奴がいた。80代ぐらいの占い師だった。その占い師は言った。「明かりを失う」と、どんな意味かは、全く分からないが、不気味である。
「裏生、俺は、今日はもう帰らせてもらうぞ」
「そうですか、分かりました。良いお年を。自分も、もう少ししてから帰ります」
そう喋って、署を出て、自宅を目指した。家に着いたのは、丁度5時半だった。6時ごろ、妻と一緒に年越し蕎麦を食い、全く平穏な時間を過ごした。その後も、年末のお笑い番組を見ながら、久々にゆっくりと過ごしていた。しかし、そんな平和な時間は、一本の電話で壊された。その電話は、9時3分に掛かって来た。
「もしもし、草家か、どうしたんだ、こんな時間に」
相手は、草家だった。
「…肘本、落ち着いて聞けよ」
もう、この歳でそんなに驚く事もない。まあ、職業柄かもしれないが。
「峰川龍人が見つかった。シタイでな…」
シタイと言う言葉が、死体に変換されるまで、驚きのあまり、少し掛かった。しかし、悪い事だが、心のどこかでなんとなく予想していた所ではある。てことは、どうも、自宅で年越しは出来ないようだ。
「すぐに行く、どこだ現場は」
「待て、肘本、肝心な事を言っていないんだ。実は、どうも、峰川龍人の死体は、少なくとも、1ヶ月は経っている状態なんだよ」
「1ヶ月ッ、一連の事件が始まる前じゃないか」
「ああ、まだ細かな日にちまでは分からないがな。死体は、梅津寺の砂浜の浜辺で発見された」
「分かった、すぐに行く」
どういうことだ、事件が始まったと見られていた時、峰川龍人は既に死んでいた…。じゃあ、今まで会った峰川龍人は、一体誰なんだ。そして、もう一本電話が来た。裏生からだった。「もしもし、肘本さん、三十分ほどで道後温泉駅に車、回しますんで」
と言って、すぐに電話は切られた。すぐに妻が持ってきてくれた服に着替えて、その上にコートを着て、妻に一緒に過ごせない事を詫びて家を飛び出した。まだ、50万人歳の松山の空は、街の明かりで、上空には星が少なかった。駅に着くと、5分ほどで、裏生が着いた。すぐに車に乗って、車が発進した。時刻は、9時43分。
「どれくらいで現場に着く」
「四十分から四十五分だと思います」
きっと裏生は俺と同じ事を疑問に思っている。今まで会っていた峰川龍人は、何者なのか、それだけだ。
「裏生、現場はいい。車を署に回せ、今から郊外の浜辺に行くには、時間がかかり過ぎる。署で、峰川龍人を洗い直すぞ」
「はい」、と言って、裏生は、もうそこに迫った署に車を入れた。署に入ると、すぐに、今まで手に入れた峰川龍人の写真を全て集めさせた。そして、死体の顔写真を草家に送ってもらいコピーし、ホワイトボードに貼りつけて見比べた。イケメンの部類に入るその顔は、目も、鼻も、ニキビや、ホクロの位置でさえも一緒である。
「こんな、こんな事があり得るのか…」
そこに、1人、2人と、集まってきた刑事達も、口を開け唖然としている。しかし、時間は進んでいる。ずっとこうはしていられない。
「裏生、峰川宅に電話しろ、大至急」
威勢の良い返事と共に、裏生が電話に走っていく。
「おい、お偉方はまだか」
そこに通りかかった刑事に聞いたが、「まだだ」と、答えられた。そこへ、裏生がやって来た。
「肘本さん、いけません、繋がりません」
小さく舌打ちをした。年末だ、どこかに出かけているのかもしれない。
「裏生、今生きているのは本物の峰川龍人か、それとも偽物か」
勿論、状況的に分かってはいるが、信じたくは無い。
「それは…、普通に考えれば、生きている方が偽物でしょう。そして、そいつがおそらく、今回の犯人…」
ああ、やっぱり俺だけの考えでは無かった。これが普通の考えなのだ。
「裏生、峰川宅に向かうぞ、車…」
そう、言いかけた所だった。電気がいきなり消えた。
「どうしたんだー」
あちこちから、怒鳴り声が聞こえて来た。
「外も、外も消えています」
息を切らせながら、若手が大声で言った。「どのくらいで直るんだ」
「非常電源が作動するのにも、1時間くらいはかかります」
そんな会話を裏生と、若手がしていたとき、俺は思いついた。
「峰川だ、裏生、裏生、峰川だ」
そう言いながら、裏生を呼んだ。裏生は、どうも、色々な物や机にぶつかりながらやって来た。
「何のことですか、峰川がどうかしましたか」
「まだ分かんねえのか、この停電を起こした犯人だよ、峰川龍人だ」
明らかに驚いているのが、暗闇の中でも、なんとか分かる。
「証拠は、あるんですか」
「証拠とまでは言えないが、気になる事がある。一昨日、橋の下で、峰川龍人は、俺に大晦日の予定を聞いてきた。普通、他人がそんなこと気にするか、あれは、あいつが俺に今日のことを面白がって暗示していたんだ。もし、犯人が峰川なら、この程度では済まない。裏生、車の準備だ。まずは、浅浦家に向かうぞ」
そう言うと、二つ返事で裏生は、鍵を取りに行った。今度は、目が暗闇に慣れてきたのか、物に当たる回数を減らして鍵を取りに行けたようだ。
「裏生、お前は、今日どうするつもりなんだ」
「んー、いつもよりは、早く帰してもらおうかなと、思っています。一人暮らしなんで、久々に実家に顔出そうかと思っています」
「そうか、それはいいな」
今は、車で色々な人物に聞き込みに行った帰りだ。本部は、今、電話が鳴り止まない状況になっている。情報の提供にとどまらず、嘘の自供する奴までいる。情報は、虚偽を見極めるのも一苦労で、真実味のある物は、こうやって実際に検分している。が、頼りになりそうな物は、今のところ、何一つ無い。4時ごろに署に着くと、大分いつもより人は、少なく、ようやく歳末だと肘本に思わせた。机に向かっていると、今日の中で唯一印象に残った奴がいた。80代ぐらいの占い師だった。その占い師は言った。「明かりを失う」と、どんな意味かは、全く分からないが、不気味である。
「裏生、俺は、今日はもう帰らせてもらうぞ」
「そうですか、分かりました。良いお年を。自分も、もう少ししてから帰ります」
そう喋って、署を出て、自宅を目指した。家に着いたのは、丁度5時半だった。6時ごろ、妻と一緒に年越し蕎麦を食い、全く平穏な時間を過ごした。その後も、年末のお笑い番組を見ながら、久々にゆっくりと過ごしていた。しかし、そんな平和な時間は、一本の電話で壊された。その電話は、9時3分に掛かって来た。
「もしもし、草家か、どうしたんだ、こんな時間に」
相手は、草家だった。
「…肘本、落ち着いて聞けよ」
もう、この歳でそんなに驚く事もない。まあ、職業柄かもしれないが。
「峰川龍人が見つかった。シタイでな…」
シタイと言う言葉が、死体に変換されるまで、驚きのあまり、少し掛かった。しかし、悪い事だが、心のどこかでなんとなく予想していた所ではある。てことは、どうも、自宅で年越しは出来ないようだ。
「すぐに行く、どこだ現場は」
「待て、肘本、肝心な事を言っていないんだ。実は、どうも、峰川龍人の死体は、少なくとも、1ヶ月は経っている状態なんだよ」
「1ヶ月ッ、一連の事件が始まる前じゃないか」
「ああ、まだ細かな日にちまでは分からないがな。死体は、梅津寺の砂浜の浜辺で発見された」
「分かった、すぐに行く」
どういうことだ、事件が始まったと見られていた時、峰川龍人は既に死んでいた…。じゃあ、今まで会った峰川龍人は、一体誰なんだ。そして、もう一本電話が来た。裏生からだった。「もしもし、肘本さん、三十分ほどで道後温泉駅に車、回しますんで」
と言って、すぐに電話は切られた。すぐに妻が持ってきてくれた服に着替えて、その上にコートを着て、妻に一緒に過ごせない事を詫びて家を飛び出した。まだ、50万人歳の松山の空は、街の明かりで、上空には星が少なかった。駅に着くと、5分ほどで、裏生が着いた。すぐに車に乗って、車が発進した。時刻は、9時43分。
「どれくらいで現場に着く」
「四十分から四十五分だと思います」
きっと裏生は俺と同じ事を疑問に思っている。今まで会っていた峰川龍人は、何者なのか、それだけだ。
「裏生、現場はいい。車を署に回せ、今から郊外の浜辺に行くには、時間がかかり過ぎる。署で、峰川龍人を洗い直すぞ」
「はい」、と言って、裏生は、もうそこに迫った署に車を入れた。署に入ると、すぐに、今まで手に入れた峰川龍人の写真を全て集めさせた。そして、死体の顔写真を草家に送ってもらいコピーし、ホワイトボードに貼りつけて見比べた。イケメンの部類に入るその顔は、目も、鼻も、ニキビや、ホクロの位置でさえも一緒である。
「こんな、こんな事があり得るのか…」
そこに、1人、2人と、集まってきた刑事達も、口を開け唖然としている。しかし、時間は進んでいる。ずっとこうはしていられない。
「裏生、峰川宅に電話しろ、大至急」
威勢の良い返事と共に、裏生が電話に走っていく。
「おい、お偉方はまだか」
そこに通りかかった刑事に聞いたが、「まだだ」と、答えられた。そこへ、裏生がやって来た。
「肘本さん、いけません、繋がりません」
小さく舌打ちをした。年末だ、どこかに出かけているのかもしれない。
「裏生、今生きているのは本物の峰川龍人か、それとも偽物か」
勿論、状況的に分かってはいるが、信じたくは無い。
「それは…、普通に考えれば、生きている方が偽物でしょう。そして、そいつがおそらく、今回の犯人…」
ああ、やっぱり俺だけの考えでは無かった。これが普通の考えなのだ。
「裏生、峰川宅に向かうぞ、車…」
そう、言いかけた所だった。電気がいきなり消えた。
「どうしたんだー」
あちこちから、怒鳴り声が聞こえて来た。
「外も、外も消えています」
息を切らせながら、若手が大声で言った。「どのくらいで直るんだ」
「非常電源が作動するのにも、1時間くらいはかかります」
そんな会話を裏生と、若手がしていたとき、俺は思いついた。
「峰川だ、裏生、裏生、峰川だ」
そう言いながら、裏生を呼んだ。裏生は、どうも、色々な物や机にぶつかりながらやって来た。
「何のことですか、峰川がどうかしましたか」
「まだ分かんねえのか、この停電を起こした犯人だよ、峰川龍人だ」
明らかに驚いているのが、暗闇の中でも、なんとか分かる。
「証拠は、あるんですか」
「証拠とまでは言えないが、気になる事がある。一昨日、橋の下で、峰川龍人は、俺に大晦日の予定を聞いてきた。普通、他人がそんなこと気にするか、あれは、あいつが俺に今日のことを面白がって暗示していたんだ。もし、犯人が峰川なら、この程度では済まない。裏生、車の準備だ。まずは、浅浦家に向かうぞ」
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