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パンドラの箱
シークレットライブ【後編】
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ルシアンを2杯目飲み終えたとき…。
みうは酔ってボーっとしてきていた。
吐息がココア色に染まっている。
「みうちゃんは〝 今だけ 〟の俺の彼女。」
夜見さんの垂れ目がギュッと瞑り、にっこりと笑った。
「え。あ、それマズくないですか?
ファンの人が見たら…。」
みうは周りにもう一度、助けを求めた…。
メンバー+美紀の耳に悲痛な声は届かなかったのか、全員がお構い無しに飲んで食べて盛り上がっている。
夜見さんは誰にも咎め(とがめ)られないのをいい事に みうを抱っこしたまま飲んでいた。
みうは仕方なく大人しく従う。
本心は…抱きしめられたままの窮屈な空間から抜け出したくて仕方なかった。
居酒屋の個室では皆が酔い、それぞれが散り散りになり始めていた。
まず、美紀がもう眠いと言い出し並太さんと一緒に店を後にする。
その30分後にはヴォーカルの鈴さんが明日は雑誌の撮影が入っているとのことで帰ってしまう。
広めの個室に3人だけ残った…。
さっきまでの騒がしさが嘘のようにシンとしていて、かなり気まずい。
夜見さんはずっと身体を寄せてきていた。
残っていたもう1人の大河さんは少し離れた所で無口のまま赤ワインばかり飲んでいる。
会話は皆無だった。
「…わ、私もそろそろ。ここって駅近いですか?」
みうは2人の男性の顔を交互に見ながら宣言してみた。
ゆらりと大きな影が動く。
向かい側に移動してきた大河さんは腰を屈めてテーブルに片手をついた…。
自分の短髪の黒髪を触りつつ、唇が妖しい笑顔を形作った。
クチの端のある銀色のフープピアスが光る。
見下ろすような視線が威圧的だ。
みうから視線を外すことなくグラスに残った赤ワインを煽り…
「このまま3人でホテル泊まろうよ。明日はオフだし。
1日中楽しいこと…しよう。」
ウインクしニヤリと笑った。
背筋がぶるっと震える。
いま非常に危ない状態?
…あ、いや、冗談だね…たぶん。
芸能人になる人達がスキャンダルなんて起こさないよ。
そう思ってみたが…
震える みうに夜見さんが顔を寄せ、
「大河、ダメだって。この娘は俺のコイビト。」
と言い頬にキスをした。
生暖かい感触に一気に酔いが飛ぶ。
「! あ、あのっ、トイレ行ってきます!」
驚いた反動で夜見さんの束縛から抜け出た。
我慢も限界に達し、逃げるように個室を飛び出す。
広い店内を出口へと小走りで進んだ。
楽しそうに飲んでいるグループの横を何度も通りながら誰かに助けてもらおうか、とも考えたが…
デビュー前に並太さんに迷惑が掛かるのは、と思うと行動に移せない。
仕方なく美紀に連絡を取ろうと自分の手をみてハッとする。
慌てていたから……バックを置いてきた。
スマホはバックの中だ。
冷や汗が額に浮かぶ。
店の中で立ち止まっていると不審に思われてしまうので、とりあえずトイレに駆け込んだ。
鏡の前で考えて見るも良いアイデアなんて1つも出ない。
バックを取りに戻らなきゃ帰ることも…無理。
スマホも財布も手帳も…全部バックに入っている。
「はぁぁ…。私って何てドジなんだろう。」
解決策それは取りに戻る…こと。
しか思いつかない。
仕方なく…重い足取りで個室に向かった。
みうが出て行った個室で…。
彼女が大慌てで身一つのまま部屋を駆け出していった様子に2人が顔を見合わせた。
夜見さんが みうのバックを拾い上げ躊躇なく広げる。
骨太の大きい手が中身をまさぐり、スマホが取り出された。
「へぇぇ。見たこと無いタイプだね。」
大河さんが不思議そうな顔で観察した。
「大河…、見てないで例の出して。
たぶんココに接続できると思うから。」
夜見さんはスマホを見て、USBの端子を指差す。
大河さんはダルそうにポケットから変換アダプターとUSBメモリを出し夜見さんからスマホを奪うと、それらを接続した。
画面に青いバーが出て作業が開始する。
「鈴がコピーし終わったらウイルスが自動で書き込まれる、って言ってたな。」
夜見さんが画面を見つめ小声で話す。
「だな。…みうで当たりなのかな。
美紀だったらまた呼び出さなきゃ…。
あー 面倒。仲良しゴッコは嫌いなんだよね。」
〝 うんざりだ 〟という顔をし大河さんが作業が終わったメモリとアダプターを抜く。
「美紀は並太がいるから大丈夫だろ。
それよりウイルスが作動するのって何時間後だっけ。」
夜見さんの質問に彼は大あくびをしながら〝24時間後でしょ。〟と吐き捨てるように言い、席に戻ると赤ワインの残りを煽って飲み干す。
次に自分のスマホをおもむろに確認し〝 昨日の女から連絡きてた 〟と告げると部屋を出て行った。
個室で1人、夜見さんが みうの帰りを待つ。
飲みかけのハイボールをちびちび喉に流しながら自分のスマホを操作してた。
近くのホテルの予約画面が開き『今から予約』で決定ボタンを押す。
「さてと…今日のコイビトはいつ戻るのかな。
もう1杯強いの飲ませてから…連れて行くか。」
ニヤリと劣情を含んだ笑みを浮かべ独り言を呟いた。
数分後…。
個室の扉がギシッと音をたててゆっくりと開けられる。
緊張した顔を浮かべた みうが唇をキュッと結んで入口に立っていた。
ソファーに伸びるように腰掛けている夜見さんを見る。
「あ、あの…。私、帰ります…。
明日、朝早くから用事があるので…。
今日は楽しかったです。ごちそうさまでした。」
彼女は震える声で話しながらバックを取りに席の方へ向かった。
ソファーの背もたれ側から背伸びして手を伸ばす。
バックを掴んだ腕が夜見さんにあっけなく捕らえられる。
強く引かれギュッと抱かれると、座席側に引っ張られ身体が回転した。
そのまま押し倒されソファーが軋む(きしむ)。
「!!!」
迫ってくる胸を押し返すがチカラでは適わない。
「えー。そんなのつまんないよ。
明日、送るから今日は一緒にいよう。
俺達いまはコイビトでしょ?」
夜見さんは覆いかぶさると耳元に吐息混じりの熱い息をかけてきた。
耳から首筋にするっと顔を滑らせ頬を擦り付ける。
少し伸びてきた髭が柔らかい肌を傷つけるように摩擦した。
瞬時に全身が総毛立った。
「い、やっ。離して!」
ジタバタ暴れるが小さい みうに成人男性を押し返す術は無い。
うるさいと言わんばかりに夜見さんの大きな手がクチを覆う。
涙が勝手に溢れ息もあまり吸えなく苦しい。
チカラの限り動かせる箇所を振り回して拒否し続けるが、グッと押されるほうが強すぎて自分の無力しか感じない。
それでも何分か頑張ったが、暴れすぎて抵抗するチカラが無くなってきた。
反発するチカラが弱まってきた隙をついて夜見さんは体制を変える…
ごつごつした手がスカートを捲し上げ太もも辺りに空気が触れる感覚が走った。
…もう…ダメ。
ぎゅっと目をつぶった時だった。
バンッ扉が勢いよく開く。
「…僕の みうに何してくれてんの?」
個室の入口付近から低い聞きなれた声。
その声は今まで聞いたことがないほど殺気立っていた。
「み、三咲くん…!!」
夜見さんに押し倒された姿勢で目が合う。
あっという間に数歩で近寄ってきて簡単に夜見さんを引き離す。
そして彼女を引き寄せて抱きしめるとジーンズから数枚のお札を出し机に置いた。
「彼女の分。それで足りるよね。」
吐き捨てるように言い みうを連れて出て行った。
残された彼は予想外の客人に、しばらく呆然としていた。
が、急に喉を鳴らしてクッと低く笑う。
そして何事も無かったように部屋で1人、残りのハイボールを煽る。
嵐のように現れた〝 男 〟の存在に毒気を抜かれて脱力したようにソファーに転がり…
「あー、男いたのか。つまんねー。
可愛かったのになぁ。剥いて舐めときゃよかった。
とりあえず、頼まれ事は終わったから…いっか。」
と誰にも届かない愚痴を吐く。
空になったグラスをテーブルに置きポケットから棒付きの飴を出して舐めてしゃぶりついた。
個室に独特な甘ったるい匂いが充満していった。
店を飛び出した2人は…
外に出ても みうは無言で腕を引っ張られていた。
湿気を含んだ夜の空気が頬を撫でる。
店を飛び出し道沿いを大通りに向かって進んでいた。
三咲くんの足のリーチに合わせてちょこちょこと早歩きして息が上がりつつあった。
ここにきてカクテルのアルコールが威力を発揮し始めている…。
苦しくなりながらも…。
自分を引っ張る彼の姿に見入ってた。
エンジのナイロンコートが夜の闇の中、反射で所々白い。
彼の吐く息も時々白く漂う。
歓楽街を越えてお店がまばらになってきた時、彼の足がやっと止まった。
みうは息が上がりきり、頬を真っ赤に染めて大きく深呼吸する。
「ふぅぅー。飲んだあと、だから…。はぁはぁ。
はぁー。…。
み、三咲くん…ありがとう。」
道の真ん中で立ち止まったまま彼は振り向きもしない。
「だ、大丈夫? 何も…されてない?」
後ろ向きのまま搾り出すような掠れた声。
掴んでいる腕がぎゅっと締められる。
みうの心臓も一緒にキュッと掴まれた気がした。
「うん。平気…だよ。
でも…あの店にいるってよく分かったね。」
「会場の近くで打ち上げやるだろうと…。
友達と一緒に行ってるかと思って調べたんだ…。」
ふっと掴まれた腕が解き放たれる。
支えを失った右腕は重力で〝 だらり 〟と垂れた。
拘束を無くした身体は自由になり彼との間に物理的な距離が生まれる。
数歩の距離…でも何故か踏み出せない数歩。
彼がゆっくりと振り向いた。
いつもとは違う三咲くんは…別世界の人みたいで、すごくドキドキする。
コートのジッパーがクリスタルのように光った。
最初の頃みたいに目が合わせられない…。
近づけない理由…その一つに〝 いつもの 〟彼じゃないから。
そして…今日見た知らない女の人の存在。
私に起きたさっきの出来事…。
色んな気持ちが交錯している…。
「みう…ちゃん。僕を見て、くれる?」
彼の震える声色が夜の空気を伝って耳に届く。
その声に心が揺れる。
短い言葉だけど…今日の彼の行動を理解(肯定)して欲しい、という意味が含まれているのが伝わってきた。
血が冷たい固まりとなり心臓を射抜き痛みが…走る。
たぶん三咲くんは予想していたんだ。
私に何か起きるって…そのためには近くにいる必要があった。
私を守るために…〝 瑠佳(るか・ホスト時代の源氏名) 〟としてあの女の人と過ごしていた。
チケットを手に入れて会場の中でも守れるようにって。
彼にとって瑠佳でいることは簡単じゃない。
たぶん…いや、辛い過去だったんだから1日中、無理をしていたんだろう。
だから私はそのことに怒ったりしてるんじゃない。
黒い空から大粒の水滴が落ちて彼女の前髪を濡らした。
ポツポツと音を立て地面が塗り替えられてゆく。
緊張のせいか少し冷えてきた手がかじかむ。
カバンから傘を出すことも忘れたまま夜の雨に冷やされていた。
私が一番怖いのは、それは…
いま顔を見たら、あの瞳を見てしまったら…
きっと、ううん、絶対、気持ちが溢れて好きが零れ落ちる。
…私はこのまま彼と恋に堕ちて良いのだろうか。
KAIのこと好きなのに…
彼への想いを載せた血液が全身をじんわり包む。
息を繰り返すほどに確実に心音も高まって、後頭部がズキズキと痛むほどの鼓動を感じ始めた。
激しくなりだした雨はアスファルトに落ちて跳ねるほどの勢いになっている。
髪も顔も身体も…全て雨に侵食されたまま立っていた。
それは彼も同じでナイロンコートから雫が落ちているのが下を向いていても視界に入った。
彼は微動だにせず答えを待っている。
三咲くん、ずるいよ。
もう、溢れる気持ちに抗えない(あらがえない)…
其処に居る、それだけで彼は私を包んでいる…。
両手を組んで握りしめ彼へ視線を動かす。
灰色の瞳と目が合った。瞬間―――。
周りの風景や人は溶けて消えて、存在すら感じない。
彼は嬉しそうに笑顔を浮かべると みうの頬に手を伸ばしてきて…
抱きしめて引き寄せるとナイロンコートの中に包まれた。
暖かく良く知っている体温に安心が広がる。
上を向き顔を覗いたら少し冷たい唇を重ねられた。
彼を伝っていた水滴が彼女に落ちる。
優しいキスが、ささくれていた心にじわっと染みてゆく…。
お互いが相手以外の匂いを感じながらも抱き合う。
三咲くんから微かに香るチュベローズのパフューム。
みうの髪は革とハイボールの匂いがしていた。
それらを上書きするように2人はきつく重なり合う。
空は未だに大粒の雨を降らせていたが抱き合う2人にはそれすらも関係ない。
数時間の心の距離はすぐに埋まっていった。
彼の体温と熱が愛しい―――。
時が経ち、落ち着きを取り戻すと近くのコンビニの屋根に一度避難した。
これからどうしようかと相談し始めた時…
三咲くんのスマホが着信のメロディを奏でる。
「みうちゃん、ごめんね…。
あれ、知らない番号だ。」
ポケットから出した画面には番号だけの通知。
みうは不安を感じ見つめたが、彼は戸惑うことなく応答し始める。
片手でしっかりと みうを抱いた。
スマホの設定をスピーカーにして2人で聞き入った。
「…誰?」
突然、激しく雨が地面を打つ。
少しの会話もかき消されてしまうくらいの豪雨だ。
スマホを見つめる2人の表情は〝 驚き 〟と〝 警戒 〟だった。
しばらく聞き入るようにしていたが予期せぬ会話は、ものの1分ほどで終わり…
次に2人が見つめていたのはSMSの画面。
三咲くんが強く深く頷く。
みうの顔も真剣そのものだった。
先程のは一時的な集中豪雨だったようで雨は次第に緩やかになり出した。
空を眺めながら彼は決断する。
「すぐ戻りたい…
ところだけど、お互いびしょ濡れだからホテルに向かおう。
風邪をひいたら身動きも取れないからね。」
スマホで近くのホテルを探しそこへと進むことにした。
2人は固く手を繋いで夜の雨の中に消えていった。
みうは酔ってボーっとしてきていた。
吐息がココア色に染まっている。
「みうちゃんは〝 今だけ 〟の俺の彼女。」
夜見さんの垂れ目がギュッと瞑り、にっこりと笑った。
「え。あ、それマズくないですか?
ファンの人が見たら…。」
みうは周りにもう一度、助けを求めた…。
メンバー+美紀の耳に悲痛な声は届かなかったのか、全員がお構い無しに飲んで食べて盛り上がっている。
夜見さんは誰にも咎め(とがめ)られないのをいい事に みうを抱っこしたまま飲んでいた。
みうは仕方なく大人しく従う。
本心は…抱きしめられたままの窮屈な空間から抜け出したくて仕方なかった。
居酒屋の個室では皆が酔い、それぞれが散り散りになり始めていた。
まず、美紀がもう眠いと言い出し並太さんと一緒に店を後にする。
その30分後にはヴォーカルの鈴さんが明日は雑誌の撮影が入っているとのことで帰ってしまう。
広めの個室に3人だけ残った…。
さっきまでの騒がしさが嘘のようにシンとしていて、かなり気まずい。
夜見さんはずっと身体を寄せてきていた。
残っていたもう1人の大河さんは少し離れた所で無口のまま赤ワインばかり飲んでいる。
会話は皆無だった。
「…わ、私もそろそろ。ここって駅近いですか?」
みうは2人の男性の顔を交互に見ながら宣言してみた。
ゆらりと大きな影が動く。
向かい側に移動してきた大河さんは腰を屈めてテーブルに片手をついた…。
自分の短髪の黒髪を触りつつ、唇が妖しい笑顔を形作った。
クチの端のある銀色のフープピアスが光る。
見下ろすような視線が威圧的だ。
みうから視線を外すことなくグラスに残った赤ワインを煽り…
「このまま3人でホテル泊まろうよ。明日はオフだし。
1日中楽しいこと…しよう。」
ウインクしニヤリと笑った。
背筋がぶるっと震える。
いま非常に危ない状態?
…あ、いや、冗談だね…たぶん。
芸能人になる人達がスキャンダルなんて起こさないよ。
そう思ってみたが…
震える みうに夜見さんが顔を寄せ、
「大河、ダメだって。この娘は俺のコイビト。」
と言い頬にキスをした。
生暖かい感触に一気に酔いが飛ぶ。
「! あ、あのっ、トイレ行ってきます!」
驚いた反動で夜見さんの束縛から抜け出た。
我慢も限界に達し、逃げるように個室を飛び出す。
広い店内を出口へと小走りで進んだ。
楽しそうに飲んでいるグループの横を何度も通りながら誰かに助けてもらおうか、とも考えたが…
デビュー前に並太さんに迷惑が掛かるのは、と思うと行動に移せない。
仕方なく美紀に連絡を取ろうと自分の手をみてハッとする。
慌てていたから……バックを置いてきた。
スマホはバックの中だ。
冷や汗が額に浮かぶ。
店の中で立ち止まっていると不審に思われてしまうので、とりあえずトイレに駆け込んだ。
鏡の前で考えて見るも良いアイデアなんて1つも出ない。
バックを取りに戻らなきゃ帰ることも…無理。
スマホも財布も手帳も…全部バックに入っている。
「はぁぁ…。私って何てドジなんだろう。」
解決策それは取りに戻る…こと。
しか思いつかない。
仕方なく…重い足取りで個室に向かった。
みうが出て行った個室で…。
彼女が大慌てで身一つのまま部屋を駆け出していった様子に2人が顔を見合わせた。
夜見さんが みうのバックを拾い上げ躊躇なく広げる。
骨太の大きい手が中身をまさぐり、スマホが取り出された。
「へぇぇ。見たこと無いタイプだね。」
大河さんが不思議そうな顔で観察した。
「大河…、見てないで例の出して。
たぶんココに接続できると思うから。」
夜見さんはスマホを見て、USBの端子を指差す。
大河さんはダルそうにポケットから変換アダプターとUSBメモリを出し夜見さんからスマホを奪うと、それらを接続した。
画面に青いバーが出て作業が開始する。
「鈴がコピーし終わったらウイルスが自動で書き込まれる、って言ってたな。」
夜見さんが画面を見つめ小声で話す。
「だな。…みうで当たりなのかな。
美紀だったらまた呼び出さなきゃ…。
あー 面倒。仲良しゴッコは嫌いなんだよね。」
〝 うんざりだ 〟という顔をし大河さんが作業が終わったメモリとアダプターを抜く。
「美紀は並太がいるから大丈夫だろ。
それよりウイルスが作動するのって何時間後だっけ。」
夜見さんの質問に彼は大あくびをしながら〝24時間後でしょ。〟と吐き捨てるように言い、席に戻ると赤ワインの残りを煽って飲み干す。
次に自分のスマホをおもむろに確認し〝 昨日の女から連絡きてた 〟と告げると部屋を出て行った。
個室で1人、夜見さんが みうの帰りを待つ。
飲みかけのハイボールをちびちび喉に流しながら自分のスマホを操作してた。
近くのホテルの予約画面が開き『今から予約』で決定ボタンを押す。
「さてと…今日のコイビトはいつ戻るのかな。
もう1杯強いの飲ませてから…連れて行くか。」
ニヤリと劣情を含んだ笑みを浮かべ独り言を呟いた。
数分後…。
個室の扉がギシッと音をたててゆっくりと開けられる。
緊張した顔を浮かべた みうが唇をキュッと結んで入口に立っていた。
ソファーに伸びるように腰掛けている夜見さんを見る。
「あ、あの…。私、帰ります…。
明日、朝早くから用事があるので…。
今日は楽しかったです。ごちそうさまでした。」
彼女は震える声で話しながらバックを取りに席の方へ向かった。
ソファーの背もたれ側から背伸びして手を伸ばす。
バックを掴んだ腕が夜見さんにあっけなく捕らえられる。
強く引かれギュッと抱かれると、座席側に引っ張られ身体が回転した。
そのまま押し倒されソファーが軋む(きしむ)。
「!!!」
迫ってくる胸を押し返すがチカラでは適わない。
「えー。そんなのつまんないよ。
明日、送るから今日は一緒にいよう。
俺達いまはコイビトでしょ?」
夜見さんは覆いかぶさると耳元に吐息混じりの熱い息をかけてきた。
耳から首筋にするっと顔を滑らせ頬を擦り付ける。
少し伸びてきた髭が柔らかい肌を傷つけるように摩擦した。
瞬時に全身が総毛立った。
「い、やっ。離して!」
ジタバタ暴れるが小さい みうに成人男性を押し返す術は無い。
うるさいと言わんばかりに夜見さんの大きな手がクチを覆う。
涙が勝手に溢れ息もあまり吸えなく苦しい。
チカラの限り動かせる箇所を振り回して拒否し続けるが、グッと押されるほうが強すぎて自分の無力しか感じない。
それでも何分か頑張ったが、暴れすぎて抵抗するチカラが無くなってきた。
反発するチカラが弱まってきた隙をついて夜見さんは体制を変える…
ごつごつした手がスカートを捲し上げ太もも辺りに空気が触れる感覚が走った。
…もう…ダメ。
ぎゅっと目をつぶった時だった。
バンッ扉が勢いよく開く。
「…僕の みうに何してくれてんの?」
個室の入口付近から低い聞きなれた声。
その声は今まで聞いたことがないほど殺気立っていた。
「み、三咲くん…!!」
夜見さんに押し倒された姿勢で目が合う。
あっという間に数歩で近寄ってきて簡単に夜見さんを引き離す。
そして彼女を引き寄せて抱きしめるとジーンズから数枚のお札を出し机に置いた。
「彼女の分。それで足りるよね。」
吐き捨てるように言い みうを連れて出て行った。
残された彼は予想外の客人に、しばらく呆然としていた。
が、急に喉を鳴らしてクッと低く笑う。
そして何事も無かったように部屋で1人、残りのハイボールを煽る。
嵐のように現れた〝 男 〟の存在に毒気を抜かれて脱力したようにソファーに転がり…
「あー、男いたのか。つまんねー。
可愛かったのになぁ。剥いて舐めときゃよかった。
とりあえず、頼まれ事は終わったから…いっか。」
と誰にも届かない愚痴を吐く。
空になったグラスをテーブルに置きポケットから棒付きの飴を出して舐めてしゃぶりついた。
個室に独特な甘ったるい匂いが充満していった。
店を飛び出した2人は…
外に出ても みうは無言で腕を引っ張られていた。
湿気を含んだ夜の空気が頬を撫でる。
店を飛び出し道沿いを大通りに向かって進んでいた。
三咲くんの足のリーチに合わせてちょこちょこと早歩きして息が上がりつつあった。
ここにきてカクテルのアルコールが威力を発揮し始めている…。
苦しくなりながらも…。
自分を引っ張る彼の姿に見入ってた。
エンジのナイロンコートが夜の闇の中、反射で所々白い。
彼の吐く息も時々白く漂う。
歓楽街を越えてお店がまばらになってきた時、彼の足がやっと止まった。
みうは息が上がりきり、頬を真っ赤に染めて大きく深呼吸する。
「ふぅぅー。飲んだあと、だから…。はぁはぁ。
はぁー。…。
み、三咲くん…ありがとう。」
道の真ん中で立ち止まったまま彼は振り向きもしない。
「だ、大丈夫? 何も…されてない?」
後ろ向きのまま搾り出すような掠れた声。
掴んでいる腕がぎゅっと締められる。
みうの心臓も一緒にキュッと掴まれた気がした。
「うん。平気…だよ。
でも…あの店にいるってよく分かったね。」
「会場の近くで打ち上げやるだろうと…。
友達と一緒に行ってるかと思って調べたんだ…。」
ふっと掴まれた腕が解き放たれる。
支えを失った右腕は重力で〝 だらり 〟と垂れた。
拘束を無くした身体は自由になり彼との間に物理的な距離が生まれる。
数歩の距離…でも何故か踏み出せない数歩。
彼がゆっくりと振り向いた。
いつもとは違う三咲くんは…別世界の人みたいで、すごくドキドキする。
コートのジッパーがクリスタルのように光った。
最初の頃みたいに目が合わせられない…。
近づけない理由…その一つに〝 いつもの 〟彼じゃないから。
そして…今日見た知らない女の人の存在。
私に起きたさっきの出来事…。
色んな気持ちが交錯している…。
「みう…ちゃん。僕を見て、くれる?」
彼の震える声色が夜の空気を伝って耳に届く。
その声に心が揺れる。
短い言葉だけど…今日の彼の行動を理解(肯定)して欲しい、という意味が含まれているのが伝わってきた。
血が冷たい固まりとなり心臓を射抜き痛みが…走る。
たぶん三咲くんは予想していたんだ。
私に何か起きるって…そのためには近くにいる必要があった。
私を守るために…〝 瑠佳(るか・ホスト時代の源氏名) 〟としてあの女の人と過ごしていた。
チケットを手に入れて会場の中でも守れるようにって。
彼にとって瑠佳でいることは簡単じゃない。
たぶん…いや、辛い過去だったんだから1日中、無理をしていたんだろう。
だから私はそのことに怒ったりしてるんじゃない。
黒い空から大粒の水滴が落ちて彼女の前髪を濡らした。
ポツポツと音を立て地面が塗り替えられてゆく。
緊張のせいか少し冷えてきた手がかじかむ。
カバンから傘を出すことも忘れたまま夜の雨に冷やされていた。
私が一番怖いのは、それは…
いま顔を見たら、あの瞳を見てしまったら…
きっと、ううん、絶対、気持ちが溢れて好きが零れ落ちる。
…私はこのまま彼と恋に堕ちて良いのだろうか。
KAIのこと好きなのに…
彼への想いを載せた血液が全身をじんわり包む。
息を繰り返すほどに確実に心音も高まって、後頭部がズキズキと痛むほどの鼓動を感じ始めた。
激しくなりだした雨はアスファルトに落ちて跳ねるほどの勢いになっている。
髪も顔も身体も…全て雨に侵食されたまま立っていた。
それは彼も同じでナイロンコートから雫が落ちているのが下を向いていても視界に入った。
彼は微動だにせず答えを待っている。
三咲くん、ずるいよ。
もう、溢れる気持ちに抗えない(あらがえない)…
其処に居る、それだけで彼は私を包んでいる…。
両手を組んで握りしめ彼へ視線を動かす。
灰色の瞳と目が合った。瞬間―――。
周りの風景や人は溶けて消えて、存在すら感じない。
彼は嬉しそうに笑顔を浮かべると みうの頬に手を伸ばしてきて…
抱きしめて引き寄せるとナイロンコートの中に包まれた。
暖かく良く知っている体温に安心が広がる。
上を向き顔を覗いたら少し冷たい唇を重ねられた。
彼を伝っていた水滴が彼女に落ちる。
優しいキスが、ささくれていた心にじわっと染みてゆく…。
お互いが相手以外の匂いを感じながらも抱き合う。
三咲くんから微かに香るチュベローズのパフューム。
みうの髪は革とハイボールの匂いがしていた。
それらを上書きするように2人はきつく重なり合う。
空は未だに大粒の雨を降らせていたが抱き合う2人にはそれすらも関係ない。
数時間の心の距離はすぐに埋まっていった。
彼の体温と熱が愛しい―――。
時が経ち、落ち着きを取り戻すと近くのコンビニの屋根に一度避難した。
これからどうしようかと相談し始めた時…
三咲くんのスマホが着信のメロディを奏でる。
「みうちゃん、ごめんね…。
あれ、知らない番号だ。」
ポケットから出した画面には番号だけの通知。
みうは不安を感じ見つめたが、彼は戸惑うことなく応答し始める。
片手でしっかりと みうを抱いた。
スマホの設定をスピーカーにして2人で聞き入った。
「…誰?」
突然、激しく雨が地面を打つ。
少しの会話もかき消されてしまうくらいの豪雨だ。
スマホを見つめる2人の表情は〝 驚き 〟と〝 警戒 〟だった。
しばらく聞き入るようにしていたが予期せぬ会話は、ものの1分ほどで終わり…
次に2人が見つめていたのはSMSの画面。
三咲くんが強く深く頷く。
みうの顔も真剣そのものだった。
先程のは一時的な集中豪雨だったようで雨は次第に緩やかになり出した。
空を眺めながら彼は決断する。
「すぐ戻りたい…
ところだけど、お互いびしょ濡れだからホテルに向かおう。
風邪をひいたら身動きも取れないからね。」
スマホで近くのホテルを探しそこへと進むことにした。
2人は固く手を繋いで夜の雨の中に消えていった。
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「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
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