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夢の終わり、動き出す瞬間
熾天使に護られて【後編】
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どこから買ってきたんだろう…。
院長が缶コーヒーを持って部屋の扉を開けた。
みうにその中の1つを無造作に渡す。
受け取ったコーヒーはカフェオレで、すごく暖かかった。
缶をつかんだ指先が熱を受けてジンジンする…。
暖かい…掌から伝わる温もりに心も包まれるようで堪らなくなり、つい涙を誘う。
院長が部屋を出て行ったことも気付かなかったが、手も身体もこんなに冷えていたことも分からなかった。
ぐずぐずと鼻をすすりながらプルタブを引いた。
「あ、ありがとう…ございます。
いただきます…。」
院長はうん、と頷く。
縮こまりながらカフェオレに吸い付くように飲む みうの姿を目じりのシワを深めながら見つめる。
その優しい顔つきに昂った気持ちが癒された。
カフェオレが喉を通り胃に落ちていくたびに、お腹の芯が熱で満たされて冷静さを取り戻す。
伊上さんは彼女が落ち着いてきたのを感じ話を続ける。
「…。ただの事故なら、私もここまで関わらなかった。
あの暗闇で…トラックが、もう一度戻って来たとき目撃してしまったの。
乗っていた人物を知っていた…。彼女は……。
四菱商事の会長の一人娘…。
四菱 花鈴(よつびし かりん)だった。」
「えっ。」
みうは驚き息を飲んだ。
四菱商事と言えば…自動車や精密機器から電化製品、文具や生活雑貨、最近では飲食業にまで進出し始めている大企業だ。
もちろん海外までその名は知れており、どの国に行っても四菱製品を見ないことは無い、とまで言われているほどである。
そんな大企業の会長の娘が彼を殺そうとした?
一言頼めばどんな願いも叶えてもらえるような環境にいるのに…。
なぜ彼女は彼を狙ったの?。
それに、どうして自分の手を汚すような真似をしたのだろう。
「…どうして…なの?」
みうのふっくらした唇がつい呟く。
伊上さんの続きをKAIが重たい口調で語り出した。
『花鈴は鈴(りん)という名前で…
A.A.T.Mのヴォーカルをしている。』
A.A.T.Mという単語に驚く。
美紀と行ったシークレットライブのバンドだ…。
打ち上げで鈴さんにも会った。
とても美人で…そんな残酷なことをしそうにない人だった…。
「A.A.T.Mのシークレットライブで全員と顔見知りになってるよ。
打ち上げも行ってお話してきた…。
みんなとても良い人…だった。もちろん鈴さんも。」
『…知ってるよ。その帰りにスマホに細工されたんだろ。
A.A.T.Mの前身は俺が歌ってたバンドでパンドラって名前なんだ。
ヴォーカル以外は全員前のままさ。』
KAIは深くため息をついた…。
「えっ。パンドラ…インディーズの頃のアルバム聞いたよ。
三咲くんが車で流してくれたの…。
そうだったんだ…。あのアルバムはKAIが歌ってたんだね。
KAIの声、すごく良かった…。」
『パンドラの時の曲はさ。俺が全部書いてたんだ。
これから先の曲もたくさん作っていた…。』
あんな素敵な曲を…。
音楽のことは正直よく分からない。
けれど、気持ちを紡いで表現するってことが大変なのは想像できる。
ふと街角でギターを片手に楽しそうに歌う彼の姿が脳裏に蘇った。
耳にリフレインする…あの時の歌声。
「そう…なんだ…。そうなんだね…。
うん、分かる。歌っていた姿、知ってるし。
本当に歌が好き…なのに…なのに、こんな…。」
だめだ。感情が溢れて言葉が続かない。
もっとちゃんと伝えたい気持ちがココにあるのに声に変えられなくなった。
彼の体がベッドの上で静かに呼吸しているのが視界に入ると心が揺れて仕方なくなる…。
理不尽に運命を変えられてしまった、その事実が切なくて……。
また泣きそうになったのを唇を噛み締めて堪えた。
『鈴はパンドラの時のファンで最初はただの追っかけだった…。
そのうちバンドの中に入り込んできて、一人ずつ口説き落としていった。
ベースの夜見、ギターの大河、ドラムの…並太と芯太。』
知っている名前が次々出てきて顔が浮かぶ。
いま聞いた中で1人だけ知らない名前が…。
並太さんは美紀の彼氏だから知っている…けど芯太さんって??
思わず質問してしまう。
「ドラムって2人なの?」
『そう。あいつらは二卵生の双子。
双子のくせにあまり似ていないからライブの時は紙袋を被ってチェンジしているんだ。』
「なるほど。
でもこの前の打ち上げで芯太さんって人には会わなかったよ。」
『……。』
KAIが難しい顔をして腕組みをした。
そのまま考え込む…。
伊上さんも〝 警戒するに越したことないわね 〟と髪をかき上げ黙ってしまった。
みうは何かいけない事を話してしまったような空気に思わず全然違う質問をする。
「それで…KAIは、その…口説かれ、たの?」
KAIが顔を上げた。
『俺は鈴に落ちなかった。好みじゃないし…
それに他のメンバーと女を共有なんて…狂ってるだろ。』
「共有??」
『鈴は全員とコイビトになったんだよ。
その後、すぐに鈴が俺と2人で歌いたいって言い始めた。
彼女が正式なバンドのメンバーになって…すぐの事だ。
その頃からかな。あの電柱の側で俺が立つようになったのは…。』
KAIが深いため息をつく。
スマホの中で長い黒髪が揺れた…。
『鈴がヴォーカルになるなら俺は抜けるつもりだった。
あいつと2人で歌うのは正直合わないと思ってたから。
街の片隅で好きな歌を自由に流していた方が良い。』
「そっか…それで路上で歌ってたんだね。
それを私がいつも見ていた…。
だから初めてKAIを見たときに〝 見たことある 〟って思ったし、声を聞いたときに知っている気がしたんだ…」
今までもやっとしていた疑問が全て合点がいった。
思わずまた涙が溢れそうになる。
大きな事故が起きてから会えないから気になっていた。
名前も知らない人だったけど、歌声が元気付けてくれてたから…。
その彼がKAIだったなんて。
命を奪ってまで歌いたかった鈴さんの気持ちが分からない…。
ん? あれ?…何か変じゃない??
そこまで考えて、重要なことに気付く。
「ねぇ…でも、それじゃ今は鈴さんの思い通りってことだよね。
バンドも夏にはメジャーなんでしょ。
なんでKAIを襲ったりしたの…?。」
『鈴にもバンドメンバーにも曲は作れない。
俺の作った曲を狙っていたんだ。
あと、A.A.T.Mで使ってる昔の曲も全部、鈴の名前にしたいってこと。』
やっと点が線になってきた。
だからKAIの入ったスマホを(四菱花鈴に雇われた)緒方さんっていう探偵が狙ってきて…。
A.A.T.Mのシークレットライブの帰り道にはスマホにウイルスが入れられたんだ。
KAIが事故に遭った訳、私が狙われている(正確には持っているスマホがだけど)理由も理解できた。
鈴さんの我がままを四菱商事の財力で解決しようとしていたんだ。
「うん。KAIの事情はだいたい分かった。
けど理解できないことが…。
KAIはどうしてスマホに入っているの?
私に会いたいという理由なら…、病院に呼んでくれたら行くのに。」
伊上さんが〝 私の出番ね 〟とKAIと交代し説明し始める。
「私は事故も目的してる。犯人の顔もね…。
それに…彼が瀕死の重症だったと言ったでしょ。」
みうは伊上さんの方を向いて聞き入った。
カフェオレの最後のひとクチをゆっくりを飲み込んだ。
「事故の情報を知り合いの刑事に流して、民事で裁判を起こそうとしたのよ。
四菱 花鈴を相手にね…。けれど事故はすぐに揉み消され無かったことになった。
金と権力で事故の1つや2つ簡単に消せる…残念だけど、これが世の中なの。」
「そ、そんな…。」
みうはベッドで静かに眠るKAIの体を見つめた。
「四菱商事にとって、四菱 花鈴のスキャンダルは絶対にあってはならない事。
花鈴はバンドデビュー目前でもあるし。
この事故を完全に消すために…KAIの命を狙っているのよ。
そのついでに彼の作曲した全ても奪おうと…ね。」
伊上さんも みうと一緒にKAIの体に視線を送った。
「そんな状況では、無防備な彼を隠すしか手段が無い…。
名前や素性も変えて安全だと思う病院に隔離してたの。
けれど、どこからか情報が漏れて…何度も転院していた。
おおかた職員が買収されていたんだと思うけど…ね。」
申し合わせたように院長と伊上さんが顔を見合わせ苦笑いを浮かべる。
彼女は向き直り みうに視線を戻す。
「だから みうちゃんに本当の彼と会わせられなかった…。
あともう1つの理由は…。」
伊上さんは〝 少し長い話なんだけど 〟と続けた―――
私はずっと意識を電気信号に変えて機械に移すというAIの研究をしていて…。
マウスの実験は何度も成功していた。
小さなネズミ型のロボットに移すと生態のマウスと同じ動きをする。
迷路もクリアできるし、慣れれば手にも乗った。
そして毎回マウスの実験データーを取っていて、もう1つの可能性を見つけていた。
意識を移したマウスの身体の回復は通常の2倍の早さというデータが出ている…。
上手くいけば彼の回復に期待が持てるだろう。
それに移した身体は仮死状態に近く動くこともない…。
彼から情報が漏れることがほぼ無いだろう。
悩んでいる時間はない。
一縷(いちる)の望みをかけて彼をAIとして移した。
彼の生身の体を隠しながら守りつつ、早く回復させるために。
問題は彼を入れる〝 器(うつわ) 〟。
人間の意識はマウスと比べようも無くデーターが膨大だ。
そこで、きーちゃんとも相談して決まったのがスマートフォンだった。
改良したスマホなら高性能の処理を保てるし、小さくて持ち運びができ、持っていても目立たない。
「こうして私は彼をAIとしてスマホに移したの。
そして…みう。あなたを探し出してKAIと逢わせた。
あなたの声を録音してKAIに聞かせて確認を取ったの…覚えてるでしょ?」
みうは手元のKAIの顔を見ながら小さく頷いた。
「それからは…。
不具合が起きるたびに改良していって今の状態になった。
でもね、ずっとスマホに居たわけじゃない。
手術や大きな移動等の生身の体が不安定になる時は戻していたの。
あの…みうちゃんにダイブしてもらった後とかね…。
スマホに入っている状態は心に負荷がかなり掛かってるのよ。」
伊上さんの声が途切れる。
生暖かい室内の中にそれぞれの想いが交錯していた。
どれぐらい時間が経っただろう…。
みうはずっと見つめていた手の中のKAIに微笑みながら〝 少しだけ…体に触れてもいい? 〟と聞いてスマホを閉じた。
スマホを両手で包み込むと自分の胸に押し当て、1度深呼吸してからバックに仕舞った。
カフェオレの缶を床に置いて椅子を離れ、ベッドの上の彼の手をそっと握る。
少し冷たくて柔らかい…本当のKAIの体。
骨ばった大きな手の指先はほんのちょっと荒れてガサガサしていた。
手を離さずに、その場にしゃがみ込む。
いまは絶対に握り返してはくれない…その掌にゆっくりと頬を寄せると……。
熱くなっていた頬が彼の熱で冷やされ、同時に彼の匂いを感じられた。
心が刺されたように痛む…。
目の前にいるのに彼(の心)はここにいないんだ。
触れているのに、それすら理解してもらうことは叶わない。
いまにも瞳を開けて微笑んでくれそうだけど…。
規則的に呼吸をして体が生きているだけ、それが事実。
「ねぇ。私はここにいるよ…。やっと、逢えたね。」
答えない彼に話しかけた。
瞬きをすると涙がまた1粒こぼれてしまった。
涙は彼の掌を伝いシーツにこぼれ、歪な円形のシミを浮かばせた。
頬に当たる彼の手の感触が、心の奥にあった〝 彼(KAI)を好きだ 〟という感情があふれさせて止まらなくさせる。
街角で会った彼も。
スマホの中から話しかけてくる彼も。
ずっと私を支えてくれている。いまも。
それに、重症を負いながらも私を探してくれていた…。
そんな今まで知らなかった事実が余計に心を締め付ける。
沈黙しながら静かに涙を流し続けて…。
その様子に誰も みうに声がかけられない。
KAI本人すら何も言えなくなってしまった。
彼女の胸のうちの悲痛な想いを部屋の中の誰もが受け取っていた。
会話が途切れ、重い空気が部屋を満たす。
KAIの体につながれた電気系統の機械音が規則的に鳴っている。
「要、もう良い時間だ。海さんを家まで送りなさい。」
院長が帰宅の時を促した。
みうは伊上さんの車に乗ってしばらく俯いたままだった。
手の中にはKAIの入っているスマホ…。
今まで以上に重く感じるのは彼が〝 人 〟だと知ったからなのだろうか。
病室で鳴り響いていた彼を生きていると示している機械音…。
甲高くて一定のリズムを刻むあの独特の音が、耳からしばらく離れなかった。
院長が缶コーヒーを持って部屋の扉を開けた。
みうにその中の1つを無造作に渡す。
受け取ったコーヒーはカフェオレで、すごく暖かかった。
缶をつかんだ指先が熱を受けてジンジンする…。
暖かい…掌から伝わる温もりに心も包まれるようで堪らなくなり、つい涙を誘う。
院長が部屋を出て行ったことも気付かなかったが、手も身体もこんなに冷えていたことも分からなかった。
ぐずぐずと鼻をすすりながらプルタブを引いた。
「あ、ありがとう…ございます。
いただきます…。」
院長はうん、と頷く。
縮こまりながらカフェオレに吸い付くように飲む みうの姿を目じりのシワを深めながら見つめる。
その優しい顔つきに昂った気持ちが癒された。
カフェオレが喉を通り胃に落ちていくたびに、お腹の芯が熱で満たされて冷静さを取り戻す。
伊上さんは彼女が落ち着いてきたのを感じ話を続ける。
「…。ただの事故なら、私もここまで関わらなかった。
あの暗闇で…トラックが、もう一度戻って来たとき目撃してしまったの。
乗っていた人物を知っていた…。彼女は……。
四菱商事の会長の一人娘…。
四菱 花鈴(よつびし かりん)だった。」
「えっ。」
みうは驚き息を飲んだ。
四菱商事と言えば…自動車や精密機器から電化製品、文具や生活雑貨、最近では飲食業にまで進出し始めている大企業だ。
もちろん海外までその名は知れており、どの国に行っても四菱製品を見ないことは無い、とまで言われているほどである。
そんな大企業の会長の娘が彼を殺そうとした?
一言頼めばどんな願いも叶えてもらえるような環境にいるのに…。
なぜ彼女は彼を狙ったの?。
それに、どうして自分の手を汚すような真似をしたのだろう。
「…どうして…なの?」
みうのふっくらした唇がつい呟く。
伊上さんの続きをKAIが重たい口調で語り出した。
『花鈴は鈴(りん)という名前で…
A.A.T.Mのヴォーカルをしている。』
A.A.T.Mという単語に驚く。
美紀と行ったシークレットライブのバンドだ…。
打ち上げで鈴さんにも会った。
とても美人で…そんな残酷なことをしそうにない人だった…。
「A.A.T.Mのシークレットライブで全員と顔見知りになってるよ。
打ち上げも行ってお話してきた…。
みんなとても良い人…だった。もちろん鈴さんも。」
『…知ってるよ。その帰りにスマホに細工されたんだろ。
A.A.T.Mの前身は俺が歌ってたバンドでパンドラって名前なんだ。
ヴォーカル以外は全員前のままさ。』
KAIは深くため息をついた…。
「えっ。パンドラ…インディーズの頃のアルバム聞いたよ。
三咲くんが車で流してくれたの…。
そうだったんだ…。あのアルバムはKAIが歌ってたんだね。
KAIの声、すごく良かった…。」
『パンドラの時の曲はさ。俺が全部書いてたんだ。
これから先の曲もたくさん作っていた…。』
あんな素敵な曲を…。
音楽のことは正直よく分からない。
けれど、気持ちを紡いで表現するってことが大変なのは想像できる。
ふと街角でギターを片手に楽しそうに歌う彼の姿が脳裏に蘇った。
耳にリフレインする…あの時の歌声。
「そう…なんだ…。そうなんだね…。
うん、分かる。歌っていた姿、知ってるし。
本当に歌が好き…なのに…なのに、こんな…。」
だめだ。感情が溢れて言葉が続かない。
もっとちゃんと伝えたい気持ちがココにあるのに声に変えられなくなった。
彼の体がベッドの上で静かに呼吸しているのが視界に入ると心が揺れて仕方なくなる…。
理不尽に運命を変えられてしまった、その事実が切なくて……。
また泣きそうになったのを唇を噛み締めて堪えた。
『鈴はパンドラの時のファンで最初はただの追っかけだった…。
そのうちバンドの中に入り込んできて、一人ずつ口説き落としていった。
ベースの夜見、ギターの大河、ドラムの…並太と芯太。』
知っている名前が次々出てきて顔が浮かぶ。
いま聞いた中で1人だけ知らない名前が…。
並太さんは美紀の彼氏だから知っている…けど芯太さんって??
思わず質問してしまう。
「ドラムって2人なの?」
『そう。あいつらは二卵生の双子。
双子のくせにあまり似ていないからライブの時は紙袋を被ってチェンジしているんだ。』
「なるほど。
でもこの前の打ち上げで芯太さんって人には会わなかったよ。」
『……。』
KAIが難しい顔をして腕組みをした。
そのまま考え込む…。
伊上さんも〝 警戒するに越したことないわね 〟と髪をかき上げ黙ってしまった。
みうは何かいけない事を話してしまったような空気に思わず全然違う質問をする。
「それで…KAIは、その…口説かれ、たの?」
KAIが顔を上げた。
『俺は鈴に落ちなかった。好みじゃないし…
それに他のメンバーと女を共有なんて…狂ってるだろ。』
「共有??」
『鈴は全員とコイビトになったんだよ。
その後、すぐに鈴が俺と2人で歌いたいって言い始めた。
彼女が正式なバンドのメンバーになって…すぐの事だ。
その頃からかな。あの電柱の側で俺が立つようになったのは…。』
KAIが深いため息をつく。
スマホの中で長い黒髪が揺れた…。
『鈴がヴォーカルになるなら俺は抜けるつもりだった。
あいつと2人で歌うのは正直合わないと思ってたから。
街の片隅で好きな歌を自由に流していた方が良い。』
「そっか…それで路上で歌ってたんだね。
それを私がいつも見ていた…。
だから初めてKAIを見たときに〝 見たことある 〟って思ったし、声を聞いたときに知っている気がしたんだ…」
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思わずまた涙が溢れそうになる。
大きな事故が起きてから会えないから気になっていた。
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その彼がKAIだったなんて。
命を奪ってまで歌いたかった鈴さんの気持ちが分からない…。
ん? あれ?…何か変じゃない??
そこまで考えて、重要なことに気付く。
「ねぇ…でも、それじゃ今は鈴さんの思い通りってことだよね。
バンドも夏にはメジャーなんでしょ。
なんでKAIを襲ったりしたの…?。」
『鈴にもバンドメンバーにも曲は作れない。
俺の作った曲を狙っていたんだ。
あと、A.A.T.Mで使ってる昔の曲も全部、鈴の名前にしたいってこと。』
やっと点が線になってきた。
だからKAIの入ったスマホを(四菱花鈴に雇われた)緒方さんっていう探偵が狙ってきて…。
A.A.T.Mのシークレットライブの帰り道にはスマホにウイルスが入れられたんだ。
KAIが事故に遭った訳、私が狙われている(正確には持っているスマホがだけど)理由も理解できた。
鈴さんの我がままを四菱商事の財力で解決しようとしていたんだ。
「うん。KAIの事情はだいたい分かった。
けど理解できないことが…。
KAIはどうしてスマホに入っているの?
私に会いたいという理由なら…、病院に呼んでくれたら行くのに。」
伊上さんが〝 私の出番ね 〟とKAIと交代し説明し始める。
「私は事故も目的してる。犯人の顔もね…。
それに…彼が瀕死の重症だったと言ったでしょ。」
みうは伊上さんの方を向いて聞き入った。
カフェオレの最後のひとクチをゆっくりを飲み込んだ。
「事故の情報を知り合いの刑事に流して、民事で裁判を起こそうとしたのよ。
四菱 花鈴を相手にね…。けれど事故はすぐに揉み消され無かったことになった。
金と権力で事故の1つや2つ簡単に消せる…残念だけど、これが世の中なの。」
「そ、そんな…。」
みうはベッドで静かに眠るKAIの体を見つめた。
「四菱商事にとって、四菱 花鈴のスキャンダルは絶対にあってはならない事。
花鈴はバンドデビュー目前でもあるし。
この事故を完全に消すために…KAIの命を狙っているのよ。
そのついでに彼の作曲した全ても奪おうと…ね。」
伊上さんも みうと一緒にKAIの体に視線を送った。
「そんな状況では、無防備な彼を隠すしか手段が無い…。
名前や素性も変えて安全だと思う病院に隔離してたの。
けれど、どこからか情報が漏れて…何度も転院していた。
おおかた職員が買収されていたんだと思うけど…ね。」
申し合わせたように院長と伊上さんが顔を見合わせ苦笑いを浮かべる。
彼女は向き直り みうに視線を戻す。
「だから みうちゃんに本当の彼と会わせられなかった…。
あともう1つの理由は…。」
伊上さんは〝 少し長い話なんだけど 〟と続けた―――
私はずっと意識を電気信号に変えて機械に移すというAIの研究をしていて…。
マウスの実験は何度も成功していた。
小さなネズミ型のロボットに移すと生態のマウスと同じ動きをする。
迷路もクリアできるし、慣れれば手にも乗った。
そして毎回マウスの実験データーを取っていて、もう1つの可能性を見つけていた。
意識を移したマウスの身体の回復は通常の2倍の早さというデータが出ている…。
上手くいけば彼の回復に期待が持てるだろう。
それに移した身体は仮死状態に近く動くこともない…。
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悩んでいる時間はない。
一縷(いちる)の望みをかけて彼をAIとして移した。
彼の生身の体を隠しながら守りつつ、早く回復させるために。
問題は彼を入れる〝 器(うつわ) 〟。
人間の意識はマウスと比べようも無くデーターが膨大だ。
そこで、きーちゃんとも相談して決まったのがスマートフォンだった。
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あの…みうちゃんにダイブしてもらった後とかね…。
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伊上さんの声が途切れる。
生暖かい室内の中にそれぞれの想いが交錯していた。
どれぐらい時間が経っただろう…。
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スマホを両手で包み込むと自分の胸に押し当て、1度深呼吸してからバックに仕舞った。
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少し冷たくて柔らかい…本当のKAIの体。
骨ばった大きな手の指先はほんのちょっと荒れてガサガサしていた。
手を離さずに、その場にしゃがみ込む。
いまは絶対に握り返してはくれない…その掌にゆっくりと頬を寄せると……。
熱くなっていた頬が彼の熱で冷やされ、同時に彼の匂いを感じられた。
心が刺されたように痛む…。
目の前にいるのに彼(の心)はここにいないんだ。
触れているのに、それすら理解してもらうことは叶わない。
いまにも瞳を開けて微笑んでくれそうだけど…。
規則的に呼吸をして体が生きているだけ、それが事実。
「ねぇ。私はここにいるよ…。やっと、逢えたね。」
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頬に当たる彼の手の感触が、心の奥にあった〝 彼(KAI)を好きだ 〟という感情があふれさせて止まらなくさせる。
街角で会った彼も。
スマホの中から話しかけてくる彼も。
ずっと私を支えてくれている。いまも。
それに、重症を負いながらも私を探してくれていた…。
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沈黙しながら静かに涙を流し続けて…。
その様子に誰も みうに声がかけられない。
KAI本人すら何も言えなくなってしまった。
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会話が途切れ、重い空気が部屋を満たす。
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「要、もう良い時間だ。海さんを家まで送りなさい。」
院長が帰宅の時を促した。
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今まで以上に重く感じるのは彼が〝 人 〟だと知ったからなのだろうか。
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