須藤先生の平凡なる非日常

如月あこ

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第一章 2、須藤先生は、ちょっぴり理不尽

4、

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「お断りします」
「悪い話ではないはずだ」
「お金ではつられません!」
「ドラゴンブレスを知っているか?」
 さらに拒絶の言葉を紡ごうとした私は、開いた口のまま、止まった。
 ドラゴンブレス。竜の吐息。ゆらゆらと炎のような色が石の奥で揺れる、神秘的な石だ。赤色が多いが、青やほかの色もあるという。宝石ほど高級なわけではないが、魔法が使えそうな不可思議な色合いや角度によって煌めく見目が、私の心をぐっと掴んでいる。
「その様子だと、知っているな。人口オパールもある。バイトの休憩時間、私が弾いたそれらを材料にハンドメイドをして構わない」
「弾いたって、使えないってことですか」
「売り物にできないというだけで、質はよい。ほかの材料も、使えないB級品が沢山ある。好きに使っていいぞ」
「どれですか、見てもいいですか」
 ここ数年、世間にハンドメイドブームが到来している。もともと物づくりが好きな私は、その界隈の話は好んで調べていたりする。ネットという手段があるのは、ある意味、酷なことだ。なぜならば、画像で見るだけでは満足できず、手元に欲しくなる。
 専用のアプリなどで、手作りのネックレスやブレスレット、ブローチを購入したこともあるし、創作作品の展示や即売会にも行き、素敵空間に癒されまくったりもする。
 ゆめかわと呼ばれる可愛い系、大人きれいな使い勝手のよい系、やみかわと呼ばれるダークな作品、どれも好きだが、一番好きなのは、魔法が使えそうな魔法系の作品だ。
 その中でも、ドラゴンブレスは群を抜いて美しい。
 アトリエを見回そうとした私は、ふと、動きをとめてクラフト教師を見た。彼は、してやったりといった顔をしている。
「なんで私がドラゴンブレスが好きだって知ってるんですか」
「そのブローチやストラップ、ハンドメイドだろう。作り手は別人だが、どちらもコンセプトは同じ、流行りの魔法系だな。そういったモノを好み、尚且つ――それは、カンラの作品だろう?」
 リュックのチャックにつけている、小さなストラップ。これは、カンラというハンドメイド作家の作品だ。ネット販売を中心に活動をしており、発売日に即完売するほど人気がある。
「コアなヤツの作品を持っているということは、それなりにこの業界について詳しい」
「コアじゃないです。カンラさんは発想も作り方も、天才的で」
「一部の人間には人気らしいが、私に比べると小さいな。まぁ、そういうわけで、お前はハンドメイドに興味があり、尚且つ、作品を購入するだけの金銭的余裕がある。となれば、そろそろ自分で作りたいと思えるころじゃないか」
「う」
 まさにその通りだ。だが、二年ほど前に軽い気持ちでレジンに手をつけ、自分の下手さに幻滅してから、自重していた。
 とはいえ、自分でもやってみたい、という気持ちは今なお健在だ。
 上着のポケットに突っ込んでいたスマホを取り出して、ストラップを眺めた。先月に行った創作ハンドメイド即売会で購入したものだ。レジンを翼の形に固めたもので、黒から赤へのグラデーションになっている。角度によってきらきらと輝き、ひと目で惚れ込み、衝動買いした作品だった。ちなみに、売価三千円。
 これが、自分の手で作れたら。
「わ、わたし」
 クラフト教師を見て、口早に告げた。
「素材とか、全然知らないんです。作り方なんて、本当に知らなくて。でも、こんな私でも、作れるでしょうか。……こんな、素敵な作品が」
「そんな、ナンチャッテ作品よりも、ずっといいものを作れるだろう。今日作ったお前の色紙もセンスがよかった。何より、商店街で私よりカートへ引き寄せられた辺り、悪くない。大抵の人間は、作品よりも私の美しさに真っ先に目を止めて、気を引きたがる」
「本当に、私でも作れるんですか!」
 後半は聞かなかったことにして、私は、意気込んで問う。途端に、クラフト教師は気分を害したように眉をひそめた。
「二度言わせるな。作り方や手順の基礎さえ覚えれば、作れる。時間があれば教えてやろう」
 不快だと訴えながらも丁寧に答えてくれる辺りに、はじめてこの教師に好感をもった。
 よし、と胸の前でこぶしを握り締める。

***

 それは、私の日常に放りこまれた、投石だった。
 まさか、その投石が波紋をひろげ、私自身の人生を大きく変えることになるなんて。
 この時の私は、今後起こることなど、想像さえしていなかった。

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