須藤先生の平凡なる非日常

第一章 ３、須藤先生は、ちょっぴり優しい……かも、しれない

５、

「さて、夕食でも食べにいくか」
「え、作らなくていいんですか？」
「ああ。日曜日の夜は、外で食べることにしている」
「へぇ、おすすめのお店があるんですか？」
　行ってみたい、という意味を込めて言うが、先生は、「ないな」と即答した。私には言えないような、高級な、もしくはハレンチなお店なのだろうか。
「誤解するな、本当に決まってない。前回はファーストフードで済ませたし、その前はラーメンが食べたくなってな。その前は、定食にしたな」
「そうなんですね」
　心が読まれたのかと思ったが、露骨な沈黙を返してしまったのだから、察せられても仕方がないだろう。先生は、親指に顎を乗せるように俯いて、考え込むように眉をひそめていた。
「今日は、何にするか」
「私、パスタが食べたいです」
「そうか。……私は和食の気分だから、和食にしよう」
　私の話は、即却下されたらしい。さっさと奥へ戻っていく先生は、振り返ることなく、「店、もう閉めていいぞ」と言った。外は夕暮れが辺りを染め始めており、奈良のまちは夜の姿へと変わっていく。
　少し前まで、奈良の夜は早くくるだとか、夜に空いている店はないだとか、随分な言われようだったという。その通りだけどね、と笑った加納さんは、奈良に誇りを持っている生粋の奈良県民だ。
　故郷の悪口を言われたら、怒ってもいいのにと思うけれど。どうやら、奈良の夜に開いてる店はない、という言葉は、加納さんにとって悪口には入らないらしい。不思議だ。
　だが、それらの評判は今現在の奈良には当てはまらない。
　夜になると、多くの居酒屋が営業を始め、少し大通りをそれると洒落たバーがネオンの光で人々を誘っている。金、土曜日の夜は、そんな娯楽目当ての人々で、奈良市の中心街がにぎわうのだから、噂はあてにならず、尚且つ、年月というのは恐ろしい。
　そんな夜の奈良を知ったのは、先生のもとでバイトを始めてからだ。ずっと、学校が終わってからは道草をすることもなく、まっすぐに家に帰っていたから。