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【23】集結
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「ほんとやばかったんスねぇ……」
ブッチがしみじみと驚いた声を上げて、ディーソルが頷いた。
二人はステュアートの屋敷の玄関――ではなく、客間のドアの内側に立っている。
二人は無事に騎士神官としての役割を全うして、今日から再びステュアートの専属護衛に戻ってきた。
ノーラからは、一足先に『やはり情報は偽物でした』と手紙が届いており、彼女自身も昨日屋敷に戻っている。
今は厨房で食事の準備に勤しんでくれているため客間にはいないが、屋敷にノーラがいるというだけでとても安心できた。
ちなみにステュアートがアリアドネのことを頼んでくれたというべリザード大神官は、突然の寝袋持参命令を受けて慌てて寝袋を買いに行っていたらしい。
寝袋を抱えて彼がやってきたのは、アリアドネが気を失ってすぐのことだった――と、アランから聞いていた。
「それで、何がどうなってんすか?」
ブッチが首を傾げる。
彼の視線は、ステュアートとアリアドネの正面の床に正座して座らされている二人の客人に向けられていた。
どちらも縄で体をぐるぐる巻きにされて、両手足に枷を付けられている。
一人はリィナで、もう一人は第三王子だという灰色の髪の男だ。
――「まさか、寄越してくるなんて思いませんでした」
というのは、第三王子がやってきたつい先程、ステュアートがこぼした言葉だ。
心から面倒臭いというように、ため息交じりだったことをアリアドネはよく覚えている。
第三王子の処遇については、想定していたより遙かに重い罰が下された。
第三王子――名前をリチャードという――の、身分剥奪である。
彼は身分剥奪のうえ、王族の命を狙った罰として極刑を言い渡されたのだ。
極刑といえば、終身刑である。
しかしこれは教皇の恩情によって、罪を償う機会が与えられたのだ。
その機会というのが、フューリア教の大神官および大巫女夫婦の下で仕えるというものである。
ここで誠心誠意働けば、いずれ一人の平民として釈放される――かもしれない、というのが、リチャードの状況であった。
(……これは、ステュアート様にリチャード王子の更生を期待している……わけではない……わよね)
身分を剥奪されたリチャードは、どうあがいても王子に返り咲くことはない。
本人もそのことを理解しているようで、燃え尽きたように項垂れている。
一方、隣にいるリィナはうっとりと瞳を煌めかせていた。
まるで恋する乙女のような視線は、ステュアート――ではなく、なぜかアリアドネに向いている。
リィナには情状酌量の余地があるとして、刑罰は罰金のみとなった。
さらに妹は教皇の侍女に取り立てられて、職を得ることも出来たという。
しかしフューリア教内部での処遇はまた別である。
リィナには、護衛巫女としてアリアドネに仕える命令が下った。
これは彼女が武術の心得があること、そして魂を浄化したアリアドネに対する恩返しの意味もあるという。
命じたのは教主であり、元々中級巫女の地位にいたリィナからすれば、護衛巫女に就くことは降格人事に他ならない。
それでもリィナは嬉々として、アリアドネに仕えることを誓った。
――というのが、昨日のことである。
リィナが屋敷にやってきて、一日。
そんな彼女は今、ステュアートによって両手足に枷を嵌められた挙げ句に縄でぐるぐる巻きにされて、つい先程やってきたリチャードの横に並べられていた。
(どうしようかしら……)
ちらり、と隣に座っているステュアートを見ると、珍しく怒りを全身から発している。
(怒ってらっしゃるけれど、リィナは教主様がつけてくださった私の専属護衛だし……いつまでもこのままにはできないわ)
アリアドネは思いきって口をひらいた。
「あの、ステュアート様。リィナは反省しているのではないでしょうか。そろそろ縄を解いてもいいんじゃないですか?」
そう言うと、リィナが「まぁ!」という可憐な声をあげた。
「さすがアリアドネ様、賢明なご判断だわ。改めて、私の残りすべての命を捧げることを誓います。そう……私の! 心身の! すべてを!」
まるで歌劇のように高らかと宣言するリィナに、ステュアートが舌打ちをした。
「ブッチ、こいつを捨ててきなさい」
「ええっ! ちょ、さすがにそれはまずいっすよ、ステュアート様。教主様のご命令ですし」
「アリアドネさんを惑わそうとするなんて、万死に値します!」
「でも私、アリアドネ様に命を助けて頂いたのよ。この魂の奧深くまで癒されたとき……アリアドネ様の心のぬくもりを感じたの……私の心身はもう、アリアドネ様で染まってしまったの……」
「何を妄想してるんですか、気持ち悪いっ! ブッチ、急ぎなさい!」
「ええええっ、ちょ、俺には無理っすよ――ッ!」
「嫉妬にまみれた男ほど醜いものはないわ、もっとアリアドネ様の前で惨めな姿を晒しなさい! さすが顔だけ男ね、あははははは!」
「……わかりました。私が捨ててきます」
「ちょちょちょ、待ってくださいって――ッ!」
和気藹々と話す面々から、アリアドネはそっと離れた。
(なんだかんだで仲が良いように……見ようと思えば、見えなくもないわ。たぶん)
ステュアートとリィナが落ち着いた頃にまた声をかけよう。
ソファではなく、テーブルのほうに着いたとき。
ドアがノックされて、アランが入ってきた。
彼は変わらず飄々としており、アリアドネを見つけると抱えていた本を持ってやってくる。
「どうぞ、勉強に使うと仰ってた本です」
「ありがとうございます。本当に、もう怪我はいいんですか?」
昨日から仕事に復帰したアランは、笑顔で頷いた。
「軽く動く分ならば問題ありませんので。それに、心配なので休んでいるわけにもいかないなぁと……」
アランが、視線をリチャードにやる。
燃え尽きたようにぼうっとしている彼は、アランにとって母親違いの弟に当たるのだ。
「小さい頃から馬鹿だと思ってましたが、ここまでとは」
そう言いながらも、アランの表情は明るい。
瞳には愛しさが宿っていて、彼が兄弟をとても大切にしていることが伝わってくる。
どうしてアランは、王子でありながら神官としてフューリア教にいるのか。
なんとなく、アリアドネはその理由を聞けないでいる。
「確か、ご兄弟は他にもいらっしゃるんですよね」
アランが、パッと嬉しそうに振り返った。
「そうなんですよ。弟が五人、妹が三人です。皆とても可愛くて、幼い頃は一緒に遊ぶこともありました。私は長男なんですけど、他の兄弟たちと歳が離れてましてね」
大切な想い出だと言って兄弟たちの幼い頃の話をするアランは、これまで見たことがないほど優しい笑みを浮かべており、彼がワリュデリン聖国の第一王子でありながらフューリア教の神官になった理由を垣間見た気がした。
リチャードのほうにアランが歩いて行くと、アリアドネはアランが持ってきてくれた本をひらく。
賑やかなリビングを見て目を細めた。
カーン帝国で暮らしていた頃には決して得ることができなかっただろう、温かい場所にいることを実感する。
ぽかぽかとした心地よいぬくもりを感じながら、アリアドネはそっと本に視線を落とした。
アリアドネが契約した悪魔に関しては、契約は続行中である。
悪魔は『人であった頃の記憶』を思い出したものの、それは断片的でしかないらしい。
すべての記憶を取り戻すためにも、まだまだアリアドネの傍に居続けるそうだ。
ふと、孤児院での生活を思い出した。
優しい牧師、たくさんの兄弟たち。
あの頃の生活は貧しかったけれど、とても賑やかで、心がいつも満たされていた――。
リビングを見渡して、アリアドネは蕩けるような笑みを浮かべる。
自分だけ生き残った罪悪感が胸を苛むときもあるけれど、それでも、生きていてよかったと心から思うのだ。
ブッチがしみじみと驚いた声を上げて、ディーソルが頷いた。
二人はステュアートの屋敷の玄関――ではなく、客間のドアの内側に立っている。
二人は無事に騎士神官としての役割を全うして、今日から再びステュアートの専属護衛に戻ってきた。
ノーラからは、一足先に『やはり情報は偽物でした』と手紙が届いており、彼女自身も昨日屋敷に戻っている。
今は厨房で食事の準備に勤しんでくれているため客間にはいないが、屋敷にノーラがいるというだけでとても安心できた。
ちなみにステュアートがアリアドネのことを頼んでくれたというべリザード大神官は、突然の寝袋持参命令を受けて慌てて寝袋を買いに行っていたらしい。
寝袋を抱えて彼がやってきたのは、アリアドネが気を失ってすぐのことだった――と、アランから聞いていた。
「それで、何がどうなってんすか?」
ブッチが首を傾げる。
彼の視線は、ステュアートとアリアドネの正面の床に正座して座らされている二人の客人に向けられていた。
どちらも縄で体をぐるぐる巻きにされて、両手足に枷を付けられている。
一人はリィナで、もう一人は第三王子だという灰色の髪の男だ。
――「まさか、寄越してくるなんて思いませんでした」
というのは、第三王子がやってきたつい先程、ステュアートがこぼした言葉だ。
心から面倒臭いというように、ため息交じりだったことをアリアドネはよく覚えている。
第三王子の処遇については、想定していたより遙かに重い罰が下された。
第三王子――名前をリチャードという――の、身分剥奪である。
彼は身分剥奪のうえ、王族の命を狙った罰として極刑を言い渡されたのだ。
極刑といえば、終身刑である。
しかしこれは教皇の恩情によって、罪を償う機会が与えられたのだ。
その機会というのが、フューリア教の大神官および大巫女夫婦の下で仕えるというものである。
ここで誠心誠意働けば、いずれ一人の平民として釈放される――かもしれない、というのが、リチャードの状況であった。
(……これは、ステュアート様にリチャード王子の更生を期待している……わけではない……わよね)
身分を剥奪されたリチャードは、どうあがいても王子に返り咲くことはない。
本人もそのことを理解しているようで、燃え尽きたように項垂れている。
一方、隣にいるリィナはうっとりと瞳を煌めかせていた。
まるで恋する乙女のような視線は、ステュアート――ではなく、なぜかアリアドネに向いている。
リィナには情状酌量の余地があるとして、刑罰は罰金のみとなった。
さらに妹は教皇の侍女に取り立てられて、職を得ることも出来たという。
しかしフューリア教内部での処遇はまた別である。
リィナには、護衛巫女としてアリアドネに仕える命令が下った。
これは彼女が武術の心得があること、そして魂を浄化したアリアドネに対する恩返しの意味もあるという。
命じたのは教主であり、元々中級巫女の地位にいたリィナからすれば、護衛巫女に就くことは降格人事に他ならない。
それでもリィナは嬉々として、アリアドネに仕えることを誓った。
――というのが、昨日のことである。
リィナが屋敷にやってきて、一日。
そんな彼女は今、ステュアートによって両手足に枷を嵌められた挙げ句に縄でぐるぐる巻きにされて、つい先程やってきたリチャードの横に並べられていた。
(どうしようかしら……)
ちらり、と隣に座っているステュアートを見ると、珍しく怒りを全身から発している。
(怒ってらっしゃるけれど、リィナは教主様がつけてくださった私の専属護衛だし……いつまでもこのままにはできないわ)
アリアドネは思いきって口をひらいた。
「あの、ステュアート様。リィナは反省しているのではないでしょうか。そろそろ縄を解いてもいいんじゃないですか?」
そう言うと、リィナが「まぁ!」という可憐な声をあげた。
「さすがアリアドネ様、賢明なご判断だわ。改めて、私の残りすべての命を捧げることを誓います。そう……私の! 心身の! すべてを!」
まるで歌劇のように高らかと宣言するリィナに、ステュアートが舌打ちをした。
「ブッチ、こいつを捨ててきなさい」
「ええっ! ちょ、さすがにそれはまずいっすよ、ステュアート様。教主様のご命令ですし」
「アリアドネさんを惑わそうとするなんて、万死に値します!」
「でも私、アリアドネ様に命を助けて頂いたのよ。この魂の奧深くまで癒されたとき……アリアドネ様の心のぬくもりを感じたの……私の心身はもう、アリアドネ様で染まってしまったの……」
「何を妄想してるんですか、気持ち悪いっ! ブッチ、急ぎなさい!」
「ええええっ、ちょ、俺には無理っすよ――ッ!」
「嫉妬にまみれた男ほど醜いものはないわ、もっとアリアドネ様の前で惨めな姿を晒しなさい! さすが顔だけ男ね、あははははは!」
「……わかりました。私が捨ててきます」
「ちょちょちょ、待ってくださいって――ッ!」
和気藹々と話す面々から、アリアドネはそっと離れた。
(なんだかんだで仲が良いように……見ようと思えば、見えなくもないわ。たぶん)
ステュアートとリィナが落ち着いた頃にまた声をかけよう。
ソファではなく、テーブルのほうに着いたとき。
ドアがノックされて、アランが入ってきた。
彼は変わらず飄々としており、アリアドネを見つけると抱えていた本を持ってやってくる。
「どうぞ、勉強に使うと仰ってた本です」
「ありがとうございます。本当に、もう怪我はいいんですか?」
昨日から仕事に復帰したアランは、笑顔で頷いた。
「軽く動く分ならば問題ありませんので。それに、心配なので休んでいるわけにもいかないなぁと……」
アランが、視線をリチャードにやる。
燃え尽きたようにぼうっとしている彼は、アランにとって母親違いの弟に当たるのだ。
「小さい頃から馬鹿だと思ってましたが、ここまでとは」
そう言いながらも、アランの表情は明るい。
瞳には愛しさが宿っていて、彼が兄弟をとても大切にしていることが伝わってくる。
どうしてアランは、王子でありながら神官としてフューリア教にいるのか。
なんとなく、アリアドネはその理由を聞けないでいる。
「確か、ご兄弟は他にもいらっしゃるんですよね」
アランが、パッと嬉しそうに振り返った。
「そうなんですよ。弟が五人、妹が三人です。皆とても可愛くて、幼い頃は一緒に遊ぶこともありました。私は長男なんですけど、他の兄弟たちと歳が離れてましてね」
大切な想い出だと言って兄弟たちの幼い頃の話をするアランは、これまで見たことがないほど優しい笑みを浮かべており、彼がワリュデリン聖国の第一王子でありながらフューリア教の神官になった理由を垣間見た気がした。
リチャードのほうにアランが歩いて行くと、アリアドネはアランが持ってきてくれた本をひらく。
賑やかなリビングを見て目を細めた。
カーン帝国で暮らしていた頃には決して得ることができなかっただろう、温かい場所にいることを実感する。
ぽかぽかとした心地よいぬくもりを感じながら、アリアドネはそっと本に視線を落とした。
アリアドネが契約した悪魔に関しては、契約は続行中である。
悪魔は『人であった頃の記憶』を思い出したものの、それは断片的でしかないらしい。
すべての記憶を取り戻すためにも、まだまだアリアドネの傍に居続けるそうだ。
ふと、孤児院での生活を思い出した。
優しい牧師、たくさんの兄弟たち。
あの頃の生活は貧しかったけれど、とても賑やかで、心がいつも満たされていた――。
リビングを見渡して、アリアドネは蕩けるような笑みを浮かべる。
自分だけ生き残った罪悪感が胸を苛むときもあるけれど、それでも、生きていてよかったと心から思うのだ。
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