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第一章 初恋は実るもの
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「悪かったな」
唐突に、姫島屋先生が謝った。
胸を押さえたままだった私は、はっと顔をあげる。
いつの間にか隣に並んだ先生は、やはり、当時のままの、私の好きな先生だ。
「なにがですか?」
「私は、気づいてたんだ。私から言えばよかったんだが……どうも、気まずくて、なかなか言い出しずらかった。それを、きみが気づいていなかったことを責めるような口調に、なってしまった」
「えっ、や、実際気づいてなかったですし。そんな、先生が謝ることじゃないです」
姫島屋先生は、口をひらいたが、すぐに閉じた。
何を言いかけたのか気になるけれど、言いたくないことだろうから、問うこともしない。大人には大人の事情があるんだって、高校を卒業したときに知ったはずだ。
「今日は、飲めましたか?」
「ほどほどにな」
「ビール二杯で、ほどほどなんですねぇ」
「……見てたのか。もともと、酒はあまり強くないんだ。そういうきみは、結構飲んでいたようだが」
「飲み放題ですし? 飲みまくらないと、損ですよ。酎ハイ、ビール、デザートに梅酒。どれも美味しいんですよねぇ」
「梅酒はデザートなんだな。そのあとに食べていたアイスクリームは、一体なんなんだ」
「やだなぁ、先生。あれはシャーベットですよ。メロンシャーベット」
「……変わらんだろうが」
「食感が違うんです。こう、ふわっと溶けるのがシャーベット。アイスクリームは、ぬうぅんって溶けるんです」
「意味がわからん」
姫島屋先生が、ふ、と笑った。
久しぶりに見た笑顔に、私の胸の奥からぶわわと溢れる何かがある。乙女らしい気持ちを噛みしめるのと同時に、飲み込んだはずのアルコールまで戻り始めて、必死に唾液を飲み込んだ。
テンションがあがりすぎて、アルコールの周りが早くなるとか、あるのかな。まぁ、気持ち悪くないから、アルコール中毒じゃないだろうけど。
「……どうした」
黙り込んだ私に、姫島屋先生がきく。
「具合が悪いのか。……気持ち悪いのなら、吐いてしまえ」
「平気です、よ」
と言いながらも口元を抑える。
実際、気持ち悪くはないし、左程酔ってるわけじゃない。でも、少しだけ頭がぼうっとしているのは確かで。
これが酒で酔っているせいか、それとも「今の状況に」酔っているのか、その辺りは定かではない。
「歩けるか」
「大丈夫ですって」
どうも、大丈夫という私の言葉を信じてくれていないようだ。
姫島屋先生は、こんなに過保護なひとだっただろうか。当時、私が高校生のころは、もっと突き放した言い方をするひとだった。そんな先生に見捨てられないよう、私から積極的に会いに行って、話しかけて、少しでも一緒にいようと必死だった。
高校時代を思い出したら、当時と現実の時間に、少しだけ、本当に少しだけ、悲しくなってしまう。
アルコールのせいかな、情緒不安定気味なのかも。
目の前がにじみそうになって、軽く首をふる。
自宅へ続く坂道も、結構のぼってきた。
細い、軽自動車一台がぎりぎり通れるほどの道路は、湾曲しながらまだまだ続く。左側は滑り落ちるような土手になっていて、右側は竹藪になっている。
ちなみに、竹藪近辺でとれる筍や山菜は、収穫して食べてよいとのことだ。
昨年は生活に余裕がなかったけれど、今年こそ、とれたてのゼンマイやワラビを食べよう。あく抜きをして、おひたしにしたら、つまみにちょうど良い。
「あれ」
大事な、山菜が採れるエリアを眺めていたら。
白いもやもやした物体が、竹藪のあいだに置いてあることに気づいた。置いてあるというより、投げ捨てられたのだろう。
唐突に、姫島屋先生が謝った。
胸を押さえたままだった私は、はっと顔をあげる。
いつの間にか隣に並んだ先生は、やはり、当時のままの、私の好きな先生だ。
「なにがですか?」
「私は、気づいてたんだ。私から言えばよかったんだが……どうも、気まずくて、なかなか言い出しずらかった。それを、きみが気づいていなかったことを責めるような口調に、なってしまった」
「えっ、や、実際気づいてなかったですし。そんな、先生が謝ることじゃないです」
姫島屋先生は、口をひらいたが、すぐに閉じた。
何を言いかけたのか気になるけれど、言いたくないことだろうから、問うこともしない。大人には大人の事情があるんだって、高校を卒業したときに知ったはずだ。
「今日は、飲めましたか?」
「ほどほどにな」
「ビール二杯で、ほどほどなんですねぇ」
「……見てたのか。もともと、酒はあまり強くないんだ。そういうきみは、結構飲んでいたようだが」
「飲み放題ですし? 飲みまくらないと、損ですよ。酎ハイ、ビール、デザートに梅酒。どれも美味しいんですよねぇ」
「梅酒はデザートなんだな。そのあとに食べていたアイスクリームは、一体なんなんだ」
「やだなぁ、先生。あれはシャーベットですよ。メロンシャーベット」
「……変わらんだろうが」
「食感が違うんです。こう、ふわっと溶けるのがシャーベット。アイスクリームは、ぬうぅんって溶けるんです」
「意味がわからん」
姫島屋先生が、ふ、と笑った。
久しぶりに見た笑顔に、私の胸の奥からぶわわと溢れる何かがある。乙女らしい気持ちを噛みしめるのと同時に、飲み込んだはずのアルコールまで戻り始めて、必死に唾液を飲み込んだ。
テンションがあがりすぎて、アルコールの周りが早くなるとか、あるのかな。まぁ、気持ち悪くないから、アルコール中毒じゃないだろうけど。
「……どうした」
黙り込んだ私に、姫島屋先生がきく。
「具合が悪いのか。……気持ち悪いのなら、吐いてしまえ」
「平気です、よ」
と言いながらも口元を抑える。
実際、気持ち悪くはないし、左程酔ってるわけじゃない。でも、少しだけ頭がぼうっとしているのは確かで。
これが酒で酔っているせいか、それとも「今の状況に」酔っているのか、その辺りは定かではない。
「歩けるか」
「大丈夫ですって」
どうも、大丈夫という私の言葉を信じてくれていないようだ。
姫島屋先生は、こんなに過保護なひとだっただろうか。当時、私が高校生のころは、もっと突き放した言い方をするひとだった。そんな先生に見捨てられないよう、私から積極的に会いに行って、話しかけて、少しでも一緒にいようと必死だった。
高校時代を思い出したら、当時と現実の時間に、少しだけ、本当に少しだけ、悲しくなってしまう。
アルコールのせいかな、情緒不安定気味なのかも。
目の前がにじみそうになって、軽く首をふる。
自宅へ続く坂道も、結構のぼってきた。
細い、軽自動車一台がぎりぎり通れるほどの道路は、湾曲しながらまだまだ続く。左側は滑り落ちるような土手になっていて、右側は竹藪になっている。
ちなみに、竹藪近辺でとれる筍や山菜は、収穫して食べてよいとのことだ。
昨年は生活に余裕がなかったけれど、今年こそ、とれたてのゼンマイやワラビを食べよう。あく抜きをして、おひたしにしたら、つまみにちょうど良い。
「あれ」
大事な、山菜が採れるエリアを眺めていたら。
白いもやもやした物体が、竹藪のあいだに置いてあることに気づいた。置いてあるというより、投げ捨てられたのだろう。
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