不機嫌な先生は、恋人のために謎を解く

如月あこ

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第二章 少女失踪事件

7-3

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「さらってきたけれど、ここで酷く拒絶されて。うん、そう、それだよ。拒絶されて、腹が立った犯人は沙賀城美咲を池に突き落としたの。で、もう好きじゃなくなったから、そのまま立ち去った」
「それだと、殺人でござるよ。興味を失ったのなら、体操着もろもろ、池に捨てるくらいせねば、証拠がごろごろでござる」
「あ、慌ててたから?」
 空閑くんは、ちら、と姫島屋先生をみた。
 姫島屋先生は、じっと、ぬかるんだ地面を見つめている。
「もう、なんなの。つまり、沙賀城美咲は、落ちたわけじゃないの?」
「拙者は、そう思うでござるよ」
「なんで? こんなに私物が落ちてるのに」
「だからでござる。さも、事件にあって、池に落ちたふうではござらんか。とくに、バスタオル。自然に広がったように見えなくもないが、うえにナップザックという重しが置いてあることが不自然でござる。何より、名前入りの体操着がここにあることが、いかにも不審者の仕業に見えすぎでござろう」
「じゃあ、事件じゃないっていうの?」
「あくまで拙者が、そう見立てるだけでござるが。……このバスタオルが、衛星写真に写っていた異物でござるな。まるで、ここにある品々を見つけてくれと言わんばかりの、派手なバスタオルでござる」
 そう言われると、確かに屋上から私が見たのは、このバスタオルの「赤」だ。
 これを見なければ、ここへは来なかった。
「じゃあ、この荷物たちは、なんでここに?」
「沙賀城美咲本人の仕業だろう」
 答えたのは、姫島屋先生だ。
 低く心地よい声音は、やはり落ち着いており、私の体に染みていく。
「自作自演、ってこと」
「ああ」
「拙者も、同意見でござる」
「じゃあ、沙賀城美咲さんは、どこにいるの? なんで、こんなこと」
 空閑くんは、まるで名探偵のように顎に手を置き、何かを考え始める。
かと思いきや。
「……さすがに、そこまではわからぬでござるよ」
 空閑くんは、ぽりぽりと頭をかいた。
 万能探偵、というわけではないらしい。
 とはいえ、私物に関して警察に報告はしておいたほうがいいだろう。池の確認もしたことだし、そろそろ下山しよう。
「姫島屋先生、そろそろ戻って警察に……先生?」
 姫島屋先生は、また、転がった靴の傍にしゃがんでいた。
 気になったのか、空閑くんも傍へ寄っていく。
「何かあるんですか? 空閑くんも」
「靴があるでござる」
「それは、見ればわかるって」
 だからなに、と私も、ふたりのほうへ近づく。本当にぬめぬめとした地面は、気をつけないと転んでしまいそうだ。
「靴の裏に、苔がついている」
 ぽつり、と姫島屋先生が言った。
「む、これはウィローモスでござる」
「珍しいの? それ」
「アクアリウムなどで使われる、よくある苔でござるよ。農業用にも使われるゆえ、珍しくないでござる」
「……これは、ミズキャラハゴケだ」
「むむ? む、本当でござる!」
 何がなんだか、私にはわからない。
 このふたり、実は似ているんじゃないだろうか。
「ねぇ、それがなに?」
「ミズキャラハゴケは、ウィローモスの種類のひとつだ。飼育槽で生息するが、野生のものはほとんどない」
「そうでござる。拙者としたことが、苔の種類にまで意識がいかなかったでござる、なんたる失態!」
 普通は、そうだよね。
 苔とか、靴の裏についてても気にしないし。
「しかし、はて。ミズキャラハゴケは、一体どこで靴についたのか。この近辺の情報に詳しい知り合いに、探りをいれてもらうでござる。何か手掛かりが見つかるかもしれぬよ」
「いやもう、本当に空閑くんって何者なの」
 思わずぽつりと呟いた。
 空閑くんだけじゃなくて、姫島屋先生も探偵っぽいし。
 そのあと、日暮れ前に三人で下山して、待ち合わせ場所でもあった細道へ戻ってきた。
 十分少しの時間だけれど、黙々と歩くため、それなりの距離があった。
 私は、早速警察に連絡しておこうと携帯電話を取り出した。
「待て」
 姫島屋先生の声に、顔をあげる。
「警察に連絡を入れる前に、確認しておきたい場所がある」

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