47 / 76
第三章 歩く死体
12-1、
しおりを挟む
空閑くんの話を要約すると、先ほどの悲鳴のような「ギャアア」という音は、声ではなく、電波障害によるものだということだ。
「実は拙者、ここ最近、やけに民放の乱れが多いことが気になっていたでござる」
「民放って、八時半に必ず流れる、村の無線放送のことだよね」
どの場所にいても聞こえるように、各民家に一つずつ民放専用のスピーカーが取り付けてあるほか、学校などの公共の建物や場所にも、いくつか設置されている。
空閑くんの話を信じるとすると、あの悲鳴は、電波の乱れによるスピーカーの故障ということだ。
今日だけ早い時間に悲鳴が聞こえたことに関しても、これで納得がいく。
沈め池で遺体が発見されたことを受けて、六時半頃に帰宅を促す放送が入ると連絡がきていたのだ。
「そうなんですか?」
姫島屋先生をみると、真面目な表情で頷く。
「図書室で、超常現象について調べてみたんだが、今回とよく似た事例があった。今夜はその確認にきたんだ」
「でも、民放は前から流れてるわっ。前からこんな、悲鳴みたいな音だったんなら、誰かが気づいたはず」
「実際に気づき始めた人間がいるから、私たちが確認に来たんだ。それに、空閑いわく、最近民放の電波が乱れているんだな?」
「はいでござる。まだ、ここ三か月くらいでござるか」
「乱れてるとか、そんなの知らないわよ。同じ時間に似たような放送が流れるだけでしょ、どこどこの誰が亡くなったから黙とうを、とか」
「妹よ、民放が嫌いなのは察するが、その言い方はよくないでござる」
「……お兄ちゃんに言われたくないんだけど」
「まぁ、妹は軽度の電波過敏症ゆえ、民放を聞きたくない気持ちもわかるでござるが」
「え?」
「なにそれ?」
問い返したのは、私と真理亜ちゃん。
当事者である真理亜ちゃんも知らないことを、空閑くんはさらりと答えた。
「妹は昔から、電波が苦手なのでござる。先ほども、悲鳴のような不協和音が聞こえたとき、耳を押さえていたでござろう。神崎先生は、耳をふさぐほど辛かったでござるか?」
「いや、そこまでは。気持ち悪い声だとは思うけど」
「えっ! 頭が痛くならないんですか。ぐわんぐわんして、ふつふつして、吐き気とかして」
「そんな大変なことになってたの⁉」
よく耳を抑えるだけで耐えたよ、この子。
褒めたつもりはなかったけれど、真理亜ちゃんは頬を染めて「いつものことですから」と小声で言った。
「つまりでござる。民放乱れは、拙者が確認済みでござるゆえ、三か月ほど前に『電波が乱れるような何か』が起こったのでござろう。その影響で、学校から声がするなどという悪評へ繋がったと考えるのが、妥当でござる」
「と、いうことだ。これで、解決だな」
姫島屋先生は、すべて終わったかのように言うけれど。
まぁ、詳しい電波うんぬんについては聞いたところでわからないので、理論はいいとして(空閑くんなら、専門用語を使ってさらさら答えてくれそうだけど)。
私が校舎裏近くで見た死体について、何一つ解決していない。
「どうした、神崎」
姫島屋先生が、俯いた私に声をかけてくれる。
優しい声なのに、悔しいあまり、情けない表情を見せてしまう。
「……やっぱり、信じて貰えてないんですか。私、本当に死体を見たんです」
「信じている」
「本当なんですよっ! ちょうど、あのあたりで、私…………え。あれ、ちょ、えっ!」
あのあたり、と指をさした向こう。
すたすたと歩く、白いシャツにジーパンをはいた男がいた。明らかに一般人だ。なぜ部外者以外立ち入り禁止の学校敷地内を、一般人が歩いているのか。
いや、それより。
男の横顔は、私が死体だと判断して慌てふためいた、あの男とそっくりなのだ。
「あ、あ、あ、あのときの、死体っ!」
「あら、史郎さんじゃない」
「真理亜ちゃん知ってるの⁉」
真理亜ちゃんを見ると、嬉しそうに目を合わせて頷く。
こんなときなのに、彼女の可愛さは健在だ
「もちろん。史郎さんも『外』からの移住者で、この近くに住んでるんです。前に話したとき、スーパーまで行くのに学校を横断出来たら早いのに、迂回するのが大変だって言ってたわ」
「……え」
「そのままの理由でござろうな」
「早くも解決、か」
空閑くんと姫島屋先生が、それぞれため息をつく。
「実は拙者、ここ最近、やけに民放の乱れが多いことが気になっていたでござる」
「民放って、八時半に必ず流れる、村の無線放送のことだよね」
どの場所にいても聞こえるように、各民家に一つずつ民放専用のスピーカーが取り付けてあるほか、学校などの公共の建物や場所にも、いくつか設置されている。
空閑くんの話を信じるとすると、あの悲鳴は、電波の乱れによるスピーカーの故障ということだ。
今日だけ早い時間に悲鳴が聞こえたことに関しても、これで納得がいく。
沈め池で遺体が発見されたことを受けて、六時半頃に帰宅を促す放送が入ると連絡がきていたのだ。
「そうなんですか?」
姫島屋先生をみると、真面目な表情で頷く。
「図書室で、超常現象について調べてみたんだが、今回とよく似た事例があった。今夜はその確認にきたんだ」
「でも、民放は前から流れてるわっ。前からこんな、悲鳴みたいな音だったんなら、誰かが気づいたはず」
「実際に気づき始めた人間がいるから、私たちが確認に来たんだ。それに、空閑いわく、最近民放の電波が乱れているんだな?」
「はいでござる。まだ、ここ三か月くらいでござるか」
「乱れてるとか、そんなの知らないわよ。同じ時間に似たような放送が流れるだけでしょ、どこどこの誰が亡くなったから黙とうを、とか」
「妹よ、民放が嫌いなのは察するが、その言い方はよくないでござる」
「……お兄ちゃんに言われたくないんだけど」
「まぁ、妹は軽度の電波過敏症ゆえ、民放を聞きたくない気持ちもわかるでござるが」
「え?」
「なにそれ?」
問い返したのは、私と真理亜ちゃん。
当事者である真理亜ちゃんも知らないことを、空閑くんはさらりと答えた。
「妹は昔から、電波が苦手なのでござる。先ほども、悲鳴のような不協和音が聞こえたとき、耳を押さえていたでござろう。神崎先生は、耳をふさぐほど辛かったでござるか?」
「いや、そこまでは。気持ち悪い声だとは思うけど」
「えっ! 頭が痛くならないんですか。ぐわんぐわんして、ふつふつして、吐き気とかして」
「そんな大変なことになってたの⁉」
よく耳を抑えるだけで耐えたよ、この子。
褒めたつもりはなかったけれど、真理亜ちゃんは頬を染めて「いつものことですから」と小声で言った。
「つまりでござる。民放乱れは、拙者が確認済みでござるゆえ、三か月ほど前に『電波が乱れるような何か』が起こったのでござろう。その影響で、学校から声がするなどという悪評へ繋がったと考えるのが、妥当でござる」
「と、いうことだ。これで、解決だな」
姫島屋先生は、すべて終わったかのように言うけれど。
まぁ、詳しい電波うんぬんについては聞いたところでわからないので、理論はいいとして(空閑くんなら、専門用語を使ってさらさら答えてくれそうだけど)。
私が校舎裏近くで見た死体について、何一つ解決していない。
「どうした、神崎」
姫島屋先生が、俯いた私に声をかけてくれる。
優しい声なのに、悔しいあまり、情けない表情を見せてしまう。
「……やっぱり、信じて貰えてないんですか。私、本当に死体を見たんです」
「信じている」
「本当なんですよっ! ちょうど、あのあたりで、私…………え。あれ、ちょ、えっ!」
あのあたり、と指をさした向こう。
すたすたと歩く、白いシャツにジーパンをはいた男がいた。明らかに一般人だ。なぜ部外者以外立ち入り禁止の学校敷地内を、一般人が歩いているのか。
いや、それより。
男の横顔は、私が死体だと判断して慌てふためいた、あの男とそっくりなのだ。
「あ、あ、あ、あのときの、死体っ!」
「あら、史郎さんじゃない」
「真理亜ちゃん知ってるの⁉」
真理亜ちゃんを見ると、嬉しそうに目を合わせて頷く。
こんなときなのに、彼女の可愛さは健在だ
「もちろん。史郎さんも『外』からの移住者で、この近くに住んでるんです。前に話したとき、スーパーまで行くのに学校を横断出来たら早いのに、迂回するのが大変だって言ってたわ」
「……え」
「そのままの理由でござろうな」
「早くも解決、か」
空閑くんと姫島屋先生が、それぞれため息をつく。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
翡翠の歌姫-皇帝が封じた声-サスペンス×中華×切ない恋
雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
宮廷歌姫の“声”は、かつて皇帝が封じた禁断の力? 翠蓮は孤児と蔑まれるが、才能で皇子や皇后の目を引き、後宮の争いや命の危機に引きずり込まれていく。
『強情な歌姫』翠蓮(スイレン)は、その出自ゆえか素直に甘えられず、守られるとついつい罪悪感を抱いてしまう。
そんな彼女は、田舎から歌姫を目指して宮廷の門を叩く。しかし、さっそく罠にかかり、いわれのない濡れ衣を着せられる。
翠蓮に近づくのは、真逆のタイプの二人の皇子。
優しく寄り添う“学”の皇子・蒼瑛(ソウエイ)と、危険な香りをまとう“武”の皇子・炎辰(エンシン)。
嘘をついているのは誰なのか――
声に導かれ、三人は王家が隠し続けてきた運命へと引き寄せられていく。
【中華サスペンス×切ない恋】
ミステリー要素あり/ドロドロな重い話あり/身分違いの恋あり
行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする
九條葉月
キャラ文芸
「皇帝になったら、迎えに来る」幼なじみとのそんな約束を律儀に守っているうちに結婚適齢期を逃してしまった私。彼は無事皇帝になったみたいだけど、五年経っても迎えに来てくれる様子はない。今度会ったらぶん殴ろうと思う。皇帝陛下に会う機会なんてそうないだろうけど。嘆いていてもしょうがないので結婚はすっぱり諦めて、“神仙術士”として生きていくことに決めました。……だというのに。皇帝陛下。今さら私の前に現れて、一体何のご用ですか?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる
gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く
☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。
そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。
心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。
峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。
仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる