不機嫌な先生は、恋人のために謎を解く

如月あこ

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第四章 隠された真実

1、

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 その日の屋上は、賑やかだった。
 普段ならば立ち入り禁止のはずの高等部屋上には、私と姫島屋先生のほかに、空閑くんと真理亜ちゃんがいた。
 ふたりは、私たちが座っている椅子の前にビニールシートを敷いて、お弁当を広げている。ふたりのお弁当はまったく違い、空閑くんはシンプルな日の丸弁同で、真理亜ちゃんは猫のキャラ弁だった。
 それぞれ自分で作っているという。
「一昨日の報告の前に、沈め池で発見された遺体についての情報は、聞きましたか?」
 真理亜ちゃんが、にっこりと卵焼きを箸でつまみながら言った。
 今日の真理亜ちゃんも、儚い印象を醸す可愛らしい少女だ。発言は物騒だけれど。
「ううん、詳しくは知らないよ」
「あの遺体、女性だそうです。年のころは、二十歳前後。身元はまだわかりませんが、争った形跡はなかったとのことです」
 すらすらと答えた真理亜ちゃんに、思わずぽかんとしてしまう。
「よく知ってるね。初めてきいた」
「妹は情報通でござるゆえ」
「はい、神崎先生が知りたい情報があれば、なんでもおっしゃってください!」
 やたらキラキラとした瞳を向けられて、私はややたじろぎながら、頷いた。
「では、一昨日言っていた、電波うんぬんについての報告です。詳しい理論やらはよくわからないので、結論から言いますけど。原因は、『外』の者が持ち込んだ装置が原因のようです」
「装置?」
 聞いたのは、姫島屋先生だ。
 今日はチョコパンらしく、大きなひとくちで食べていくため、残りは半分ほどだった。食べ方も男前で、格好いい。
「はい。沈め池から十分弱歩いた場所に、廃病院があるのはご存じですか?」
「いや」
「そこに、ここ数年、『外』のひとが出入りしているみたいなんです。とくにここ半年ほどは、サバゲーっていうやつをやってるらしくて、アマチュア無線を違法で使っていたといいます」
 アマチュア無線の違法電波の話は、たまにテレビでみることがある。
 なるほど、と納得しかけた私に、空閑くんがいう。
「アマチュア無線は、悪くないでござるよ。正しい使い方をすれば、安全性は確実なうえに、電気系統でもあれほど面白い品はそうそうないでござる」
「正しくない使い方っていうのが、違法電波のこと?」
「そうなんです。えっと、アマチュア無線を使うにはいろいろと条件というか制約というか決まりがあるんですけど。やつら、ここが田舎だと思って、違法電波垂れ流し状態だったみたいで」
 なるほど。
 これで、奇怪な「声」までも確実に正体がわかったわけだ。調べていけば、なんのことはない、化学現象だったと思うと、怯えた自分が改めて情けなくなる。
「でも、真理亜ちゃんよくわかったね。そんな廃病院で、サバゲしてる人がいるなんて」
「情報通なんで」
 うふ、と笑ってみせる真理亜ちゃんに、職員室でみかける儚さは欠片もない。でも、小悪魔な雰囲気をかもす彼女も、やはり美しいのだ。
「ちなみに、水死体で発見された少女の身元ですけど、サバゲ仲間じゃないかって推測で警察は動いてるみたいです。あと、池のなかに身元を示すものがないか、大々的に捜索するって話です」
 うん、本当に詳しいね真理亜ちゃん。
 空閑くんといい、真理亜ちゃんも何者なんだろうと思えてしまう。
「と、ここまでが報告です」
 真理亜ちゃんは、やや前のめりになって私のほうへ身体を寄せた。
「神崎先生って、いつもここでお昼食べてるんですか?」
「たまにね、いつもじゃないよ」
「そうなんですね。私も今度、先生とご飯食べたいです」
「妹よ、神崎先生にご迷惑でござるよ」
「お兄ちゃんに言われたくないんだけどっ」
「拙者たちは、ただの生徒。それを自覚して、先生に接するべきでござろう。今こうしてともにお昼を取ることも、本来ではどうかと首を傾げる行動でござる」
「お兄ちゃんは真面目すぎ! そんなんじゃ好きな子が出来たときに、振り向いてもらえないわよ」
「拙者の嫁は、パソコンでござる」
「……おたくぅ」
「妹は、ぐいぐい行き過ぎでござる。だから、いつも相手に怖がられぐふうううう」
 脛を抱えて転がる空閑くんと、ふんっと顔をそらす真理亜ちゃん。
 今日も、仲睦まじい兄妹だ。最初は似てないなぁと思ったけれど。
「私は先に失礼しよう」
 姫島屋先生が、立ち上がる。
 いつもなら昼休みが終えるぎりぎりまで一緒に雑談をして過ごすのに、やはり、双子がいることが大きいのだろうか。
「食べ終えたのなら、田中たちもここを出るぞ。本来ならば立ち入り禁止だ」
「はいでござる」
「ええっ、もっと神崎先生とお話したいですよ」
 姫島屋先生は、露骨に真理亜ちゃんを睨んだ。
 だからその目つきは、相手が怯えるから――と慌てる私とは反対に、真理亜ちゃんはにっこり微笑んでみせた。
 まったく怯える素振りはない。
「真理亜は気が強いゆえ、申し訳ないでござる」
 空閑くんが、私に言った。
 なぜ私に言うんだろう、と思いながらも、とりあえず「大丈夫だよ」と答えておいた。
 姫島屋先生は口の端を歪ませたあと、ため息をついた。
「菜緒子、きみも来い」
「えっ、あ、はい」
 持ってきていたお昼ご飯(今日は、自作のお弁当だ。かなり簡素だけれど)を、片付ける。
 さすがに教師不在の屋上に生徒たちだけはまずいと思ったのか、双子たちも帰り支度を整えた。
 四人そろって屋上から降りると、双子はそのまま、中等部の校舎へ歩いて行った。別れる際に、ひらひらと笑顔で手をふってくれる姿が可愛い。
 ふたりを完全に見送ったあと。
「……菜緒子」
「はい?」
 さっきも思ったけれど、田中兄妹の前でも名前で呼んでくれるなんて、嬉しい。今は仕事中で学校だけど、昼休みだしいいってことかな。
「いきなり切り上げてすまないな。これから図書室へ行ってくる」
「何か調べ物ですか?」
「ああ。先ほどの話を聞いて、気になることができた」
 先ほど、というと、真理亜ちゃんの話だろうか。よくわからないけれど、つい「ご一緒にしてもいいですか?」と言ってしまう。
 姫島屋先生は苦笑して、頷いた。
 まだ先生と一緒にいられる、と単純に喜んだ私は「荷物置いてきます」と伝えて、中等部へ戻った。


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