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第四章 隠された真実
12-1、
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高速に入り、インターで昼食を食べたあと。
車に乗り込む際に、ふと、高校生くらいの男子集団を見かけた。先に乗り込んでいた姫島屋先生を待たせては悪いと助手席に滑り込めば、ドアを閉めた瞬間に。
「菜緒子」
と、低い声で呼ばれた。
もしかしなくても、怒っているらしい。
「は、はい」
「そとで、先生と呼ぶのは辞めてくれ」
「あ……はい」
ついいつものように、先生、と呼んだとき。周りにいた人たちが振り返ったことが、何度かあったのだ。
「じゃあ、あの……さ、聡、さん」
姫島屋先生のハンドルを持つ手に力をこもった。ギアに置いていた左手が離れて、なぜか突然、ハンドルにうつ伏せになる。
「先生、もしかして具合が――」
「名前は」
「さ、聡さん!」
「……。……ああ」
大丈夫だ、と呟いたあと、姫島屋先生は顔をあげた。頬をかすかに染めて、笑みを浮かべている。
「いいな、名前で呼ばれるのは」
「そうなんですか、てっきり、その、嫌なのかと」
「なぜ」
むっとした口調でいうと、姫島屋先生はゆっくりと車を発進させた。
「前に、名前で呼んでもいいですかって聞いたときに、その、嫌そうに見えたので」
「嫌なわけがない。あれは照れてたんだ」
「……そうでしたか、それは、その……嬉しいです」
なんだろう、隠さないと言ってくれたのは嬉しいが、こうも堂々と照れていたんだと言われると、私が恥ずかしくなる。ちら、と姫島屋先生をみると、やはり先生も照れているようだ。
インターを離れていく際、ふと、先ほどの男子集団がまた見えた。無邪気に笑いあう姿は、過去に受け持っていたクラスの子たちと雰囲気が似ている。
「前の学校を、辞めざるを得なくなったんです」
ふいに。
これまで誰にも言わずにいた、赴任の理由を。今、姫島屋先生に話したくなった。
「ある男子生徒が、私がセクハラをしたって言いだしたんです。覚えがなかったので、聞き取りとかされて。その男子生徒からの訴えの内容を聞いても、やっぱり覚えがなくて」
私は、俯いて膝のうえで両手を握り締めた。
「いつの間にかその件がおおごとになってしまってました。ほかの先生方は私を信じてくださっていたんですが、学校のために辞めたほうがいいだろうと」
「どんな男子生徒だったんだ?」
「活発で、何事にも興味をもてる子でした」
「ふむ」
そっと隣を見ると、姫島屋先生は眉間に皴を寄せていた。やはり、こんな話をするべきではなかったのかもしれない。聞いてほしかったのは私個人のエゴで、このしんどさを姫島屋先生にまで背負わせる必要はなかったのだ。
「すみません、いきなりこんなこと」
「いや。いろいろと納得した。前に空閑が言っていたこととかな。……それよりも。その男子生徒とは、よく話したのか?」
「話した、というか、何度か会話しました」
「内容は」
「学校に来てほしいとか、金髪は校則違反だよ、とか。複雑な家庭環境の子だったので、気になってまして」
「……活発で何事にも興味をもてる子、な」
その男子生徒がセクハラだと言ったとき、ほかの先生方は「嘘だろう」と決めつけた。それがよりその男子生徒を反発させて、大ごとになったのだ。
もしかしたら、本当に私が何かしたのかもしれない。知らないうちに、彼を傷つけて――セクハラの件が本当かはわからないけれど、たとえ嘘であっても、嘘を吐かせるような状況を作ってしまったのだ。
車に乗り込む際に、ふと、高校生くらいの男子集団を見かけた。先に乗り込んでいた姫島屋先生を待たせては悪いと助手席に滑り込めば、ドアを閉めた瞬間に。
「菜緒子」
と、低い声で呼ばれた。
もしかしなくても、怒っているらしい。
「は、はい」
「そとで、先生と呼ぶのは辞めてくれ」
「あ……はい」
ついいつものように、先生、と呼んだとき。周りにいた人たちが振り返ったことが、何度かあったのだ。
「じゃあ、あの……さ、聡、さん」
姫島屋先生のハンドルを持つ手に力をこもった。ギアに置いていた左手が離れて、なぜか突然、ハンドルにうつ伏せになる。
「先生、もしかして具合が――」
「名前は」
「さ、聡さん!」
「……。……ああ」
大丈夫だ、と呟いたあと、姫島屋先生は顔をあげた。頬をかすかに染めて、笑みを浮かべている。
「いいな、名前で呼ばれるのは」
「そうなんですか、てっきり、その、嫌なのかと」
「なぜ」
むっとした口調でいうと、姫島屋先生はゆっくりと車を発進させた。
「前に、名前で呼んでもいいですかって聞いたときに、その、嫌そうに見えたので」
「嫌なわけがない。あれは照れてたんだ」
「……そうでしたか、それは、その……嬉しいです」
なんだろう、隠さないと言ってくれたのは嬉しいが、こうも堂々と照れていたんだと言われると、私が恥ずかしくなる。ちら、と姫島屋先生をみると、やはり先生も照れているようだ。
インターを離れていく際、ふと、先ほどの男子集団がまた見えた。無邪気に笑いあう姿は、過去に受け持っていたクラスの子たちと雰囲気が似ている。
「前の学校を、辞めざるを得なくなったんです」
ふいに。
これまで誰にも言わずにいた、赴任の理由を。今、姫島屋先生に話したくなった。
「ある男子生徒が、私がセクハラをしたって言いだしたんです。覚えがなかったので、聞き取りとかされて。その男子生徒からの訴えの内容を聞いても、やっぱり覚えがなくて」
私は、俯いて膝のうえで両手を握り締めた。
「いつの間にかその件がおおごとになってしまってました。ほかの先生方は私を信じてくださっていたんですが、学校のために辞めたほうがいいだろうと」
「どんな男子生徒だったんだ?」
「活発で、何事にも興味をもてる子でした」
「ふむ」
そっと隣を見ると、姫島屋先生は眉間に皴を寄せていた。やはり、こんな話をするべきではなかったのかもしれない。聞いてほしかったのは私個人のエゴで、このしんどさを姫島屋先生にまで背負わせる必要はなかったのだ。
「すみません、いきなりこんなこと」
「いや。いろいろと納得した。前に空閑が言っていたこととかな。……それよりも。その男子生徒とは、よく話したのか?」
「話した、というか、何度か会話しました」
「内容は」
「学校に来てほしいとか、金髪は校則違反だよ、とか。複雑な家庭環境の子だったので、気になってまして」
「……活発で何事にも興味をもてる子、な」
その男子生徒がセクハラだと言ったとき、ほかの先生方は「嘘だろう」と決めつけた。それがよりその男子生徒を反発させて、大ごとになったのだ。
もしかしたら、本当に私が何かしたのかもしれない。知らないうちに、彼を傷つけて――セクハラの件が本当かはわからないけれど、たとえ嘘であっても、嘘を吐かせるような状況を作ってしまったのだ。
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