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終章
3、
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「先生、ネクタイが、ずれてますよ」
そう言って、その女生徒は私のネクタイの歪みを丁寧に整えた。艶やかな髪をした、活発そうな少女だ。
何度か職員室で見かけたことがある。
ふと気づけば、周りが私を凝視していた。顔を向けると、そそくさと教師や生徒が視線を逸らす。
ああ、そうか。
生徒指導の私が生徒にネクタイを直されたことを、やましいと思っているのか。
その生徒とは、たまに廊下ですれ違った。
そのたびに挨拶をしてくれる。
職員室でも何度か見かけた。目が合うと、会釈をくれる。
朝、校門ですれ違うときも、元気な挨拶をくれた。
気がつけば、その生徒を目で追っていた。特別に深い意味はなかったはずだった。けれど、体育祭や文化祭など、大勢の生徒がいるなかでも、彼女だけはすぐに見つけることが出来たとき、ふと、自分自身がとんでもない道へ足を踏み入れているような、後ろめたさを感じた。
けれど、私は、その後ろめたさに蓋をした。
ある日の放課後、私は理科の準備のために、両手いっぱいの道具を運んでいた。
理科室の前で、ドアをひらくために一度荷物を置こうとしたとき。
「あ、やります!」
身体が跳ねた。
すでに耳に慣れた声だったからだ。
女生徒はすぐにドアをひらいて、どうぞ、と言って微笑んだ。私は平然を装って礼を言い、それから――それから、お礼に茶でもどうだと、誘った。
これまでの自分ならば、あり得ないことだった。
それでも、つい口から出たその言葉に喜んだ彼女を見ると、何もかもが、どうでもよくなってきた。
彼女はそれから、放課後に理科室にくるようになった。
私の放課後は、職員室ではなく理科室での過ごしになった。
娘が、あるいは妹がいたら、こんな感じだろうか。そんなことを考えて、やましい気持ちを追いやろうとしたけれど、結局、叶わなかった。
人手が足りないという修学旅行に強引に同行して、個人的な贈り物を買ってしまう――しかもペアのもの――ような、奇行をしてしまうほどに、私は彼女が特別だった。
これまで、これほどまでに真っ直ぐ私を見つめてきた人は、いただろうか。
暗いとか、怖いとか、周囲の人間は私をあまり好かないようだった。
そのままの私を見てくれる彼女が特別過ぎて。
彼女の卒業が近づくにつれて、怖くなった。
明るくて友達の多い彼女が、私のことを忘れて、新しい生活へ飛び込んでいくことが。
ちっぽけなプライドを保つために、私は彼女のことを忘れようとした。そうしなければ、今後、彼女のいない生活に耐えられないほど、私は彼女に夢中だったからだ。
――姫島屋先生に憧れて、教師になったんですよ
彼女のその言葉に。
――初恋でした
彼女の表情に。
私が泣きそうになったことを、彼女は知らないだろう。
何度も手放そうとした弱くて愚かな私でもいいと、彼女は言ってくれた。
もう、間違えはしない。
傷つかないために、彼女を遠ざけるなんて、しない。
これからの未来、私はずっと、彼女とともにあり続ける。
了
そう言って、その女生徒は私のネクタイの歪みを丁寧に整えた。艶やかな髪をした、活発そうな少女だ。
何度か職員室で見かけたことがある。
ふと気づけば、周りが私を凝視していた。顔を向けると、そそくさと教師や生徒が視線を逸らす。
ああ、そうか。
生徒指導の私が生徒にネクタイを直されたことを、やましいと思っているのか。
その生徒とは、たまに廊下ですれ違った。
そのたびに挨拶をしてくれる。
職員室でも何度か見かけた。目が合うと、会釈をくれる。
朝、校門ですれ違うときも、元気な挨拶をくれた。
気がつけば、その生徒を目で追っていた。特別に深い意味はなかったはずだった。けれど、体育祭や文化祭など、大勢の生徒がいるなかでも、彼女だけはすぐに見つけることが出来たとき、ふと、自分自身がとんでもない道へ足を踏み入れているような、後ろめたさを感じた。
けれど、私は、その後ろめたさに蓋をした。
ある日の放課後、私は理科の準備のために、両手いっぱいの道具を運んでいた。
理科室の前で、ドアをひらくために一度荷物を置こうとしたとき。
「あ、やります!」
身体が跳ねた。
すでに耳に慣れた声だったからだ。
女生徒はすぐにドアをひらいて、どうぞ、と言って微笑んだ。私は平然を装って礼を言い、それから――それから、お礼に茶でもどうだと、誘った。
これまでの自分ならば、あり得ないことだった。
それでも、つい口から出たその言葉に喜んだ彼女を見ると、何もかもが、どうでもよくなってきた。
彼女はそれから、放課後に理科室にくるようになった。
私の放課後は、職員室ではなく理科室での過ごしになった。
娘が、あるいは妹がいたら、こんな感じだろうか。そんなことを考えて、やましい気持ちを追いやろうとしたけれど、結局、叶わなかった。
人手が足りないという修学旅行に強引に同行して、個人的な贈り物を買ってしまう――しかもペアのもの――ような、奇行をしてしまうほどに、私は彼女が特別だった。
これまで、これほどまでに真っ直ぐ私を見つめてきた人は、いただろうか。
暗いとか、怖いとか、周囲の人間は私をあまり好かないようだった。
そのままの私を見てくれる彼女が特別過ぎて。
彼女の卒業が近づくにつれて、怖くなった。
明るくて友達の多い彼女が、私のことを忘れて、新しい生活へ飛び込んでいくことが。
ちっぽけなプライドを保つために、私は彼女のことを忘れようとした。そうしなければ、今後、彼女のいない生活に耐えられないほど、私は彼女に夢中だったからだ。
――姫島屋先生に憧れて、教師になったんですよ
彼女のその言葉に。
――初恋でした
彼女の表情に。
私が泣きそうになったことを、彼女は知らないだろう。
何度も手放そうとした弱くて愚かな私でもいいと、彼女は言ってくれた。
もう、間違えはしない。
傷つかないために、彼女を遠ざけるなんて、しない。
これからの未来、私はずっと、彼女とともにあり続ける。
了
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閲覧、感想ありがとうございます!!😆
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とても面白いです。
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