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新しい使用人は、ふくよかな四十歳の女性が一人。
もう一人は、二十五歳の若い男性が一人だ。
男性のほうは、とある貴族に仕える由緒正しき執事の家柄だったそうだが、その貴族が没落し、一家はそれぞれ別の仕事先を探していたという。
偶然、ファルマール家が使用人を募集していることを知り、名乗り出てくれたのだ。
女性のほうが、ヤヤ。
男性のほうが、リュクトールという名前だった。
住み込みで仕えてくれるのは、リュクトールだ。
二人を連れて、フィリアは今、屋敷のなかを案内していた。
初日に二人を威圧しないためにも、今日のフィリアは着慣れた使用人姿だ。
屋敷を案内してから、ちょうど帰宅したファルマール伯爵夫妻に紹介し、厨房に戻ってから、一日の段取りを説明する。
それに加え、今後してほしいことも言っておく。
出かける際の馬車の手配や、王城でのパーティの付き添いなどだ。
家事全般はヤヤが、付き添いなど貴族と対面する必要のある仕事はリュクトールが担当してくれることになっているが、確認は大切である。
「じゃあ、明日からお願いね。わからないことがあったらなんでも聞いて」
そう言うと、ヤヤは「ありがとうございます」と丁寧にお辞儀した。
人懐っこい笑みが可愛らしい、ほんわかとした印象の、好感がもてる女性だった。
「ところで、この家のお嬢様方はどちらに?」
リュクトールが言った。
使用人というには上品な雰囲気を醸すリュクトールは、名家に仕える執事の家系だけあり、見目も驚くほどに整っている。
これで仕事ができるのだから、さぞ女性にモテることだろう。
言葉数が少ないのもフィリアには好感がもてた。
無駄にあるじを褒める使用人より、黙々と仕事をこなす者のほうがいいに決まっている。
「長女のリーゼロッテ様は、今は外出なさってるわ。たまに外出なさるから、ヤヤ、そのときは準備を手伝って差し上げてね。次女フィリアの夫であるソード様は、休日出勤で今日もお仕事よ。午前中だけだっておっしゃってたから、そろそろ帰宅されるわ。で、次女のフィリアが私」
二人が、ふいに動きを止めた。
固まったといったほうが正しい。
じっと見つめられて、肩をすくめた。
「さっきも言ったけど、わからないことがあったら私になんでも聞いて」
「ま、まぁ、この家のお嬢様でしたか。わたしったら、とんだご無礼を」
ヤヤが慌てたように頭をさげる。
フィリアは慌てて手を振った。
「いいの、無礼じゃないわ。今日は使用人の服を着てるし」
ふいに。
厨房のドアが勢いよく開き、ソードが現れた。
どうやら仕事から帰宅したらしい。
ソードはフィリアを見つけて破顔したが、ふいに厳しい顔になる。
フィリアは、新しい使用人二人に笑みを向けた。
「彼がソード様。お優しい方だから――」
「誰だこいつは」
フィリアの言葉を遮ったソードは、露骨にリュクトールを睨みつけた。
視線を向けられたリュクトールは慌てて立ち上がり、礼儀正しくお辞儀をする。
「この度、ファルマール家で雇っていただくことになりましたリュクトールと申します」
「……そうか。俺はソード、フィリアの夫だ。今後一切フィリアには近づくな」
最後の一言にぎょっとしたのはフィリアだった。
少しでも仲良くなれるように使用人服で案内し、交友を深めていたのに。
ソードは唐突にフィリアを抱き上げた。
「ちょ、ソード様!」
「部屋へ行く。せっかくの休日なんだ、二人で過ごす」
「待って、まだ話が――」
「お前たちはもう帰れ。明日からよろしく頼む。くれぐれもフィリアにちょっかいは出すな」
リュクトールにだけやたら厳しい視線を寄越したソードは、そのまま厨房を出て、自室へ向かった。
自室のベッドにフィリアを横たえると、そのうえに覆いかぶさってくる。
「あ、あの」
「若い男と仲良くするな」
「でも、彼は」
「ああ、違うな。若くない男とも仲良くするな」
(……これってもしかして、嫉妬?)
もしかしなくても、そうだろう。
嬉しさと申し訳なさを覚えて、フィリアは苦笑した。
自分の立場に置き換えると、わかる。
ソードが若い娘と話していると不快な気持ちになるだろうから。
「わかったか?」
「善処します」
「……ならいい」
今更恥ずかしくなってきたのか、ソードが視線を反らした。
頬がわずかに赤い。
フィリアはそんな彼の頬を撫でる。
「好き、ですよ」
「知ってる。……俺もだ」
軽い口づけを交わして、ふふ、とフィリアは微笑んだ。
ソードもつられるように微笑む。
数か月前とは、随分と状況が変わってしまった。
リーゼロッテが結婚した当初、フィリアにとって苦痛な日々が続いたけれど、結果として、フィリアはファルマール家の一員に戻り、愛する人と愛し合う幸せを知った。
幸せで怖いほどなのに、ソードが傍にいてくれたら大丈夫だと思えるから不思議だ。
大切にしたい。
欲しかった幸福を、やっと手に入れたのだから。
フィリアは目の前にいる大切な人を見つめ、そして、ミーツディ酒場にいるだろうリーゼロッテを想う。
(私は今、すごく幸せ)
フィリアは、大切な人たちと過ごせる幸福を噛みしめた。
もう一人は、二十五歳の若い男性が一人だ。
男性のほうは、とある貴族に仕える由緒正しき執事の家柄だったそうだが、その貴族が没落し、一家はそれぞれ別の仕事先を探していたという。
偶然、ファルマール家が使用人を募集していることを知り、名乗り出てくれたのだ。
女性のほうが、ヤヤ。
男性のほうが、リュクトールという名前だった。
住み込みで仕えてくれるのは、リュクトールだ。
二人を連れて、フィリアは今、屋敷のなかを案内していた。
初日に二人を威圧しないためにも、今日のフィリアは着慣れた使用人姿だ。
屋敷を案内してから、ちょうど帰宅したファルマール伯爵夫妻に紹介し、厨房に戻ってから、一日の段取りを説明する。
それに加え、今後してほしいことも言っておく。
出かける際の馬車の手配や、王城でのパーティの付き添いなどだ。
家事全般はヤヤが、付き添いなど貴族と対面する必要のある仕事はリュクトールが担当してくれることになっているが、確認は大切である。
「じゃあ、明日からお願いね。わからないことがあったらなんでも聞いて」
そう言うと、ヤヤは「ありがとうございます」と丁寧にお辞儀した。
人懐っこい笑みが可愛らしい、ほんわかとした印象の、好感がもてる女性だった。
「ところで、この家のお嬢様方はどちらに?」
リュクトールが言った。
使用人というには上品な雰囲気を醸すリュクトールは、名家に仕える執事の家系だけあり、見目も驚くほどに整っている。
これで仕事ができるのだから、さぞ女性にモテることだろう。
言葉数が少ないのもフィリアには好感がもてた。
無駄にあるじを褒める使用人より、黙々と仕事をこなす者のほうがいいに決まっている。
「長女のリーゼロッテ様は、今は外出なさってるわ。たまに外出なさるから、ヤヤ、そのときは準備を手伝って差し上げてね。次女フィリアの夫であるソード様は、休日出勤で今日もお仕事よ。午前中だけだっておっしゃってたから、そろそろ帰宅されるわ。で、次女のフィリアが私」
二人が、ふいに動きを止めた。
固まったといったほうが正しい。
じっと見つめられて、肩をすくめた。
「さっきも言ったけど、わからないことがあったら私になんでも聞いて」
「ま、まぁ、この家のお嬢様でしたか。わたしったら、とんだご無礼を」
ヤヤが慌てたように頭をさげる。
フィリアは慌てて手を振った。
「いいの、無礼じゃないわ。今日は使用人の服を着てるし」
ふいに。
厨房のドアが勢いよく開き、ソードが現れた。
どうやら仕事から帰宅したらしい。
ソードはフィリアを見つけて破顔したが、ふいに厳しい顔になる。
フィリアは、新しい使用人二人に笑みを向けた。
「彼がソード様。お優しい方だから――」
「誰だこいつは」
フィリアの言葉を遮ったソードは、露骨にリュクトールを睨みつけた。
視線を向けられたリュクトールは慌てて立ち上がり、礼儀正しくお辞儀をする。
「この度、ファルマール家で雇っていただくことになりましたリュクトールと申します」
「……そうか。俺はソード、フィリアの夫だ。今後一切フィリアには近づくな」
最後の一言にぎょっとしたのはフィリアだった。
少しでも仲良くなれるように使用人服で案内し、交友を深めていたのに。
ソードは唐突にフィリアを抱き上げた。
「ちょ、ソード様!」
「部屋へ行く。せっかくの休日なんだ、二人で過ごす」
「待って、まだ話が――」
「お前たちはもう帰れ。明日からよろしく頼む。くれぐれもフィリアにちょっかいは出すな」
リュクトールにだけやたら厳しい視線を寄越したソードは、そのまま厨房を出て、自室へ向かった。
自室のベッドにフィリアを横たえると、そのうえに覆いかぶさってくる。
「あ、あの」
「若い男と仲良くするな」
「でも、彼は」
「ああ、違うな。若くない男とも仲良くするな」
(……これってもしかして、嫉妬?)
もしかしなくても、そうだろう。
嬉しさと申し訳なさを覚えて、フィリアは苦笑した。
自分の立場に置き換えると、わかる。
ソードが若い娘と話していると不快な気持ちになるだろうから。
「わかったか?」
「善処します」
「……ならいい」
今更恥ずかしくなってきたのか、ソードが視線を反らした。
頬がわずかに赤い。
フィリアはそんな彼の頬を撫でる。
「好き、ですよ」
「知ってる。……俺もだ」
軽い口づけを交わして、ふふ、とフィリアは微笑んだ。
ソードもつられるように微笑む。
数か月前とは、随分と状況が変わってしまった。
リーゼロッテが結婚した当初、フィリアにとって苦痛な日々が続いたけれど、結果として、フィリアはファルマール家の一員に戻り、愛する人と愛し合う幸せを知った。
幸せで怖いほどなのに、ソードが傍にいてくれたら大丈夫だと思えるから不思議だ。
大切にしたい。
欲しかった幸福を、やっと手に入れたのだから。
フィリアは目の前にいる大切な人を見つめ、そして、ミーツディ酒場にいるだろうリーゼロッテを想う。
(私は今、すごく幸せ)
フィリアは、大切な人たちと過ごせる幸福を噛みしめた。
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