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⑦これからも
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太ももが痙攣する、というのは人生で初めての経験だ。
初めてといえば、男女の営みすべてが初めてなのだけれど。
情事を終えると、ハインリヒがすぐに部屋を出て行った。
一緒に微睡みたかったのだが、彼の表情はとても強ばっていたから声をかけることが躊躇われたのだ。
そうして今、エマはハインリヒの部屋で一人、彼のベッドで寝転んでいる。
全裸のままでいるのはなんとなく嫌だったので、情事の途中で蹴飛ばしたらしい布団を被っていた。
(ハインリヒ、どこに行ったのかしら)
気持ちが通じ合ったと思ったのに、エマの勘違いだったのだろうか。
ごろんと寝返りを打つ。
無性に寂しくなって、ベッド上に置いてあった背もたれだろうクッションを抱き寄せた。
ぎゅう、と抱きしめると、クッションのなかに硬いものがあることに気づく。
よく見るとクッションにはファスナーがあって、物が出し入れできるようだ。
普段のエマならば、勝手に人の私物を見たりしない。
しかし今、エマはとても寂しくて、悲しくて、少しでもハインリヒを感じたかった。
それに、どうせ重石か何かだろうと思ったのだ。
ファスナーをひらいて、ごそごそと中身を見る。
それは、エマの手のひらの二倍ほどもある缶の入れ物だった。
「……もしかして、ハインリヒの大切なもの……?」
だとしたら、エマが勝手に見るわけにはいかない。
ようやく正常に物事を判断できるようになった彼女は、缶を戻そうと持ち上げた――そのとき。
コンコンコン。
ノックの音がして、返事を待たずにドアがひらいた。
数枚の布と湯を張った桶を持ったハインリヒだ。
驚いたエマは、つるっと手を滑らせて缶を床に落としてしまう。
ガシャン。
割れこそしなかったが、缶は激しい音をたてて床に落ちて、衝撃で蓋がひらいてしまった。
なかから出てきたのは、エマの写真や、彼にあげたはずの飴玉、エマが無くしてしまったハンカチなど、エマの見覚えのある品々だ。
それらが床のあちこちに転がって、あるいは滑り、あちこちに散乱してしまう。
沈黙が降りた。
エマは勝手にハインリヒの私物を触ってしまったことで怒られると怖々した気持ちと、なぜか現れた覚えのある品々に驚き、ハインリヒはずっと大切にしてきたコレクションをエマ本人の目に晒されて、恐怖と羞恥に体が強ばった。
「あ、あの、ごめんなさい。見るつもりはなかったの。クッションが硬くて、なんだろうって気になったら缶で、でもひらくつもりなんてなくて」
先に我に返ったエマに、ハインリヒはいつもの無表情で頷いた。
「はい、申し訳ございません」
「どうして謝るの!? その、体を清める湯を持ってきてくれたんでしょう? ハインリヒは、体、大丈夫?」
「私は、はい、どこも……」
ハインリヒは気まずそうに桶を机に置くと、床に散らばった品々を拾い始めた。
すべて集めて箱に戻すと、彼はそれを机の端に置く。
「気持ち悪いでしょう」
「え?」
「……このようなものを残しているなど。お嬢様に対する気持ちは、使用人としてあってはならないことだと理解しながらも、感情を消し去ることができず……少しでもお嬢様を感じたくて」
エマに関する品々を見つめては、エマを感じていたのだという。
懺悔するかのように苦々しく告げたハインリヒに、エマは無性にむずむずした。
他の人が同じことをしていれば、気持ち悪いと思ったかもしれない。けれど、相手はハインリヒだ。
こんなに想って貰える自分の、なんと幸せなことだろう。
「ハインリヒ」
「はい」
「……好き」
驚いて顔をあげたハインリヒは、エマを見るなり頬を真っ赤にする。
好き、本人にそう伝えたエマの顔が真っ赤だったからかもしれない。
「私もお嬢様を愛しております」
「私だって、愛しているわ」
そっと手を伸ばすと、ハインリヒが握りしめてくれた。
指を絡ませ合い、身を屈めたハインリヒに唇を奪われる。
「……お体を清めましょう」
「そうね。用意までしてくれてありがとう」
「お手伝い致します」
「わ、私、自分でできるわ。ハインリヒは私の夫であって、使用人ではないのよ」
「エマ様」
名前で呼ばれて、エマはこぼれんばかりに目を見張る。
「あなたに尽くすことこそが、私の幸福なのです。どうか、このまま……妻であるエマ様に尽くすことをお許し頂けませんか」
そんなふうに言われてしまうと、断ることができないではないか。
ハインリヒはとても嬉しそうにエマの体を清めて、夜着を着せてくれた。彼の男性的な欲望はまだまだ滾っているようでトラウザーズの局部が膨らんでいたが、エマはそっと視線を逸らすことであえて触れないことにした。
(まだまだ足りないんだわ)
なにせ、ハインリヒは毎晩エマの名前を呼びながら自慰行為をしていることをエマは知っているのだ。それも、二度や三度ではない。一晩で数え切れないほどの回数をこなしているのである。
早く疲れや秘部の怪我を治して、また彼と触れ合いたい。
エマはこっそりと、体力作りも頑張ろうと決めた。
◇
ハインリヒは、エマが望んだように商売にも積極的に関わるようになった。
エマがはじめた商会は、ハインリヒが代理で商会長になって数年後、さらに事業を拡張する。
やがて世界に進出するほど大規模なものに発展し、莫大な資産を築くのだが――それはまた、別の話である。
幾つになっても、どれだけ富を得ても、ハインリヒとエマの関係は変わらなかった。
お互いを必要とする、唯一無二の夫婦である。
初めてといえば、男女の営みすべてが初めてなのだけれど。
情事を終えると、ハインリヒがすぐに部屋を出て行った。
一緒に微睡みたかったのだが、彼の表情はとても強ばっていたから声をかけることが躊躇われたのだ。
そうして今、エマはハインリヒの部屋で一人、彼のベッドで寝転んでいる。
全裸のままでいるのはなんとなく嫌だったので、情事の途中で蹴飛ばしたらしい布団を被っていた。
(ハインリヒ、どこに行ったのかしら)
気持ちが通じ合ったと思ったのに、エマの勘違いだったのだろうか。
ごろんと寝返りを打つ。
無性に寂しくなって、ベッド上に置いてあった背もたれだろうクッションを抱き寄せた。
ぎゅう、と抱きしめると、クッションのなかに硬いものがあることに気づく。
よく見るとクッションにはファスナーがあって、物が出し入れできるようだ。
普段のエマならば、勝手に人の私物を見たりしない。
しかし今、エマはとても寂しくて、悲しくて、少しでもハインリヒを感じたかった。
それに、どうせ重石か何かだろうと思ったのだ。
ファスナーをひらいて、ごそごそと中身を見る。
それは、エマの手のひらの二倍ほどもある缶の入れ物だった。
「……もしかして、ハインリヒの大切なもの……?」
だとしたら、エマが勝手に見るわけにはいかない。
ようやく正常に物事を判断できるようになった彼女は、缶を戻そうと持ち上げた――そのとき。
コンコンコン。
ノックの音がして、返事を待たずにドアがひらいた。
数枚の布と湯を張った桶を持ったハインリヒだ。
驚いたエマは、つるっと手を滑らせて缶を床に落としてしまう。
ガシャン。
割れこそしなかったが、缶は激しい音をたてて床に落ちて、衝撃で蓋がひらいてしまった。
なかから出てきたのは、エマの写真や、彼にあげたはずの飴玉、エマが無くしてしまったハンカチなど、エマの見覚えのある品々だ。
それらが床のあちこちに転がって、あるいは滑り、あちこちに散乱してしまう。
沈黙が降りた。
エマは勝手にハインリヒの私物を触ってしまったことで怒られると怖々した気持ちと、なぜか現れた覚えのある品々に驚き、ハインリヒはずっと大切にしてきたコレクションをエマ本人の目に晒されて、恐怖と羞恥に体が強ばった。
「あ、あの、ごめんなさい。見るつもりはなかったの。クッションが硬くて、なんだろうって気になったら缶で、でもひらくつもりなんてなくて」
先に我に返ったエマに、ハインリヒはいつもの無表情で頷いた。
「はい、申し訳ございません」
「どうして謝るの!? その、体を清める湯を持ってきてくれたんでしょう? ハインリヒは、体、大丈夫?」
「私は、はい、どこも……」
ハインリヒは気まずそうに桶を机に置くと、床に散らばった品々を拾い始めた。
すべて集めて箱に戻すと、彼はそれを机の端に置く。
「気持ち悪いでしょう」
「え?」
「……このようなものを残しているなど。お嬢様に対する気持ちは、使用人としてあってはならないことだと理解しながらも、感情を消し去ることができず……少しでもお嬢様を感じたくて」
エマに関する品々を見つめては、エマを感じていたのだという。
懺悔するかのように苦々しく告げたハインリヒに、エマは無性にむずむずした。
他の人が同じことをしていれば、気持ち悪いと思ったかもしれない。けれど、相手はハインリヒだ。
こんなに想って貰える自分の、なんと幸せなことだろう。
「ハインリヒ」
「はい」
「……好き」
驚いて顔をあげたハインリヒは、エマを見るなり頬を真っ赤にする。
好き、本人にそう伝えたエマの顔が真っ赤だったからかもしれない。
「私もお嬢様を愛しております」
「私だって、愛しているわ」
そっと手を伸ばすと、ハインリヒが握りしめてくれた。
指を絡ませ合い、身を屈めたハインリヒに唇を奪われる。
「……お体を清めましょう」
「そうね。用意までしてくれてありがとう」
「お手伝い致します」
「わ、私、自分でできるわ。ハインリヒは私の夫であって、使用人ではないのよ」
「エマ様」
名前で呼ばれて、エマはこぼれんばかりに目を見張る。
「あなたに尽くすことこそが、私の幸福なのです。どうか、このまま……妻であるエマ様に尽くすことをお許し頂けませんか」
そんなふうに言われてしまうと、断ることができないではないか。
ハインリヒはとても嬉しそうにエマの体を清めて、夜着を着せてくれた。彼の男性的な欲望はまだまだ滾っているようでトラウザーズの局部が膨らんでいたが、エマはそっと視線を逸らすことであえて触れないことにした。
(まだまだ足りないんだわ)
なにせ、ハインリヒは毎晩エマの名前を呼びながら自慰行為をしていることをエマは知っているのだ。それも、二度や三度ではない。一晩で数え切れないほどの回数をこなしているのである。
早く疲れや秘部の怪我を治して、また彼と触れ合いたい。
エマはこっそりと、体力作りも頑張ろうと決めた。
◇
ハインリヒは、エマが望んだように商売にも積極的に関わるようになった。
エマがはじめた商会は、ハインリヒが代理で商会長になって数年後、さらに事業を拡張する。
やがて世界に進出するほど大規模なものに発展し、莫大な資産を築くのだが――それはまた、別の話である。
幾つになっても、どれだけ富を得ても、ハインリヒとエマの関係は変わらなかった。
お互いを必要とする、唯一無二の夫婦である。
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