13 / 66
第二章 飛龍島
2、
しおりを挟む
「飛龍島を住処にしてて。たぶんだけど、トワみたいな跳躍力と治癒力があると思うの。あとは」
「あとは?」
「昔、鬼って呼ばれた種族だって」
「それがヒトの歴史だ」
トワは立ち止り、視線を海に向けた。岩壁の下にある三日月のような形をした岩を確認するように眺めたあと、海沿いの道ではなく森林のなかへと入っていく。
小毬は必死に着いて行った。
トワの歩調は速く、ここにきて初めて、これまでトワが小毬に合わせて歩いてくれていたことを知る。
唐突にトワが足を止めた。海からさほど離れておらず、振り返れば水平線が見える距離だ。
「ここだ」
トワの隣に並ぶ。
そこには一抱えほどの石があった。どこにでもありそうな荒削りの細長いそれは、おそらく墓石だろう。緑の苔がびっしりとこびりついているので、かなり古いものだと見受けられる。
誰の目にも止まらない森林のなかに、なぜこのようなものがあるのだろう。
「これってお墓だよね」
「墓というよりも、塚だな。この塚は、私の母がつくったものだ。かつてここで死した同胞たちを弔ってくれた。私もここへ来るのは、まだ二度目なんだ」
「これを、トワのお母さんが?」
「ああ。だが、母と言っても血の繋がりはない。私のことを一方的に息子だと決めつけ、新人種である私をヒトのように扱ってくれた人間だ。人間の男と結婚して、未来という娘を産んだのちに事故で死んだ」
息を呑む。トワの義母が人間であることに、そして未来の名前に。
「ひと目、義理の妹を見たかった。だから私は、飛龍島を抜け出して未来を探した」
「あのとき負ってた怪我は、そのときに?」
「そうだ。ヒトに見つかり何発か撃たれた。そのときにはすでに樹塚町に未来がいるという情報を掴んでいたので、怪我を負ったまま樹塚町へ向かったんだ。だが、途中で、まぁ、血を流しすぎたのか力尽きた。回復するまで寝ていようと小屋で休んでいたら、小毬に出会った」
「そうだったんだ。出会えてよかった」
トワは口元に笑みを浮かべたが、ふと、表情を引き締めた。
「この塚の下に、同胞たちの亡骸はない。同胞たちの亡骸はすべて生体研究施設へと回されたらしい。……ここで弔っている同胞は、かつて『人間大量殺戮』を犯したとされる者たちだ」
「あ、たしか昔、そんな事件があったって」
図書室で東堂が言っていたことを思いだした。新人種が『悪』であると、世間が認識するきっかけになった出来事だ。
「でも、なんだか夢物語みたいで信じられない。本当のことなの?」
「本当といえば本当なのだろう」
トワは言葉を切ると、言葉を選ぶようにして話し出した。
「信じられないかもしれないが、私たちも元は小毬たちと同じ人間だった。飛龍島で暮らす、普通の民だったんだ。だがある理由があってこんな見目になり、生活に困窮した同胞たちが飛龍島から日本本土へ移住した。こんな見目の者が本土へ移住したら、どうなるかわかるだろう?」
「トワには悪いけど。……正直、驚くと思う」
「その通りだ。仕事も見つけられず、衣食住も侭ならない状態で、それでも同胞たちは必至に生きていた。そんな同胞たちを、人間は『鬼』と呼んだ」
「どうして? 確かに見目は変わってる、と思うけど。でも、角もないし牙もないのに、鬼には見えないと思う」
東堂は、鬼という種族こそが新人種であると言っていた。けれど、それが間違いなのなら、新人種を鬼と結びつけるのは些か違和感がある。小毬が寝物語に聞いた鬼は、真っ赤な身体をして金棒を持ち、角や牙を生やしていたのだから。
トワは、ふむ、と唸ったのちに口をひらいた。
「同胞たちが降りた本土には、鬼姫伝説というのがあってな。ヒトの血肉を食らって不老不死となった鬼姫が、山奥で生き続けているという言い伝えがあった」
「不老不死なんてあるわけないよ。言い伝えなんて、何かがもとになっただけで全部がまるまる真実なわけがないと思うの」
「だが、日本にはそんな伝説が多くある。不老不死に関して似たような例をあげると、人魚伝説もその一つだ。人魚の肉を食べれば不老不死になる、という話を聞いたことはないか」
「それは、あるけど」
「話を戻すぞ。ヒトは同胞をその『鬼姫』の種族だと決めつけ、そして同胞の女児をさらって肉を食べた」
息を呑む。
突拍子もない言葉に、暫く思考が停止した。
「……食べた? 人間が人間を?」
「正確には、精肉として身分の高い者に売りつけたんだ。『この肉を食べれば不老不死になる』とでも言ったのだろう」
人魚の肉を食べれば、不老不死になるという伝説がある。ならば、不老不死である鬼姫の肉を食べても不老不死になれる、と考えたということか。
どう考えても、ただの人間が不老不死になどなれるはずがない。そもそもいくら鬼姫伝説があるとはいえ、新人種を鬼姫と関係付けること自体、飛躍しているというのに。
当時の人間は、一体何を考えていたのだろう。
小毬は両腕を抱いた。そして、目の前にぽつんとある墓塚を見つめる。
「女児の肉は高く売れたそうだ。そして、人間はもっと多くの『鬼の肉』を求めて、同胞を獲物のように狩った。当然同胞たちも黙ってやられはしない。新人種特融の身体能力を生かして、襲ってきた人間たちを返り討ちにした。それが歴史に残る『大量殺戮』の事実だ」
「じゃあ、新人種は身を守っただけ?」
「そうだ」
「その、本土に移住してきた新人種たちは、どうなったの」
トワの視線が墓塚に向き、痛ましげに目を閉じた。
「ヒトに害をなす悪鬼とされ、全員殺された。その後は小毬も知っての通り、新人種はヒトではない獣だと差別され、飛龍島から出ることを禁じられた」
トワの言葉をもう一度脳内で反芻し、小毬は唇を噛んだ。
そんな事実、知らなかった。東堂も話していなかったし、そもそも知らなかったのではないかと思う。あの図書室で見つけた本も、タイトルから考えてこの歴史的事実を改変しているようだ。
新人種は、鬼ではない。
絵本に出てくるような退治されるべき対象でも、快楽殺人者でもないのだ。
改めて理解して、小毬は安堵の息をついた。東堂が言っていた新人種は凶暴な快楽殺人者で、けれどそれはトワから感じていた印象とはかけ離れていたために、ずっと胸の奥で違和感となって残っていた。
それらが、トワから聞いた話によって納得できたのだ。
かつて本土に降りた新人種は全滅させられ、人間が都合のよいように真実を捻じ曲げたということだろう。
「あとは?」
「昔、鬼って呼ばれた種族だって」
「それがヒトの歴史だ」
トワは立ち止り、視線を海に向けた。岩壁の下にある三日月のような形をした岩を確認するように眺めたあと、海沿いの道ではなく森林のなかへと入っていく。
小毬は必死に着いて行った。
トワの歩調は速く、ここにきて初めて、これまでトワが小毬に合わせて歩いてくれていたことを知る。
唐突にトワが足を止めた。海からさほど離れておらず、振り返れば水平線が見える距離だ。
「ここだ」
トワの隣に並ぶ。
そこには一抱えほどの石があった。どこにでもありそうな荒削りの細長いそれは、おそらく墓石だろう。緑の苔がびっしりとこびりついているので、かなり古いものだと見受けられる。
誰の目にも止まらない森林のなかに、なぜこのようなものがあるのだろう。
「これってお墓だよね」
「墓というよりも、塚だな。この塚は、私の母がつくったものだ。かつてここで死した同胞たちを弔ってくれた。私もここへ来るのは、まだ二度目なんだ」
「これを、トワのお母さんが?」
「ああ。だが、母と言っても血の繋がりはない。私のことを一方的に息子だと決めつけ、新人種である私をヒトのように扱ってくれた人間だ。人間の男と結婚して、未来という娘を産んだのちに事故で死んだ」
息を呑む。トワの義母が人間であることに、そして未来の名前に。
「ひと目、義理の妹を見たかった。だから私は、飛龍島を抜け出して未来を探した」
「あのとき負ってた怪我は、そのときに?」
「そうだ。ヒトに見つかり何発か撃たれた。そのときにはすでに樹塚町に未来がいるという情報を掴んでいたので、怪我を負ったまま樹塚町へ向かったんだ。だが、途中で、まぁ、血を流しすぎたのか力尽きた。回復するまで寝ていようと小屋で休んでいたら、小毬に出会った」
「そうだったんだ。出会えてよかった」
トワは口元に笑みを浮かべたが、ふと、表情を引き締めた。
「この塚の下に、同胞たちの亡骸はない。同胞たちの亡骸はすべて生体研究施設へと回されたらしい。……ここで弔っている同胞は、かつて『人間大量殺戮』を犯したとされる者たちだ」
「あ、たしか昔、そんな事件があったって」
図書室で東堂が言っていたことを思いだした。新人種が『悪』であると、世間が認識するきっかけになった出来事だ。
「でも、なんだか夢物語みたいで信じられない。本当のことなの?」
「本当といえば本当なのだろう」
トワは言葉を切ると、言葉を選ぶようにして話し出した。
「信じられないかもしれないが、私たちも元は小毬たちと同じ人間だった。飛龍島で暮らす、普通の民だったんだ。だがある理由があってこんな見目になり、生活に困窮した同胞たちが飛龍島から日本本土へ移住した。こんな見目の者が本土へ移住したら、どうなるかわかるだろう?」
「トワには悪いけど。……正直、驚くと思う」
「その通りだ。仕事も見つけられず、衣食住も侭ならない状態で、それでも同胞たちは必至に生きていた。そんな同胞たちを、人間は『鬼』と呼んだ」
「どうして? 確かに見目は変わってる、と思うけど。でも、角もないし牙もないのに、鬼には見えないと思う」
東堂は、鬼という種族こそが新人種であると言っていた。けれど、それが間違いなのなら、新人種を鬼と結びつけるのは些か違和感がある。小毬が寝物語に聞いた鬼は、真っ赤な身体をして金棒を持ち、角や牙を生やしていたのだから。
トワは、ふむ、と唸ったのちに口をひらいた。
「同胞たちが降りた本土には、鬼姫伝説というのがあってな。ヒトの血肉を食らって不老不死となった鬼姫が、山奥で生き続けているという言い伝えがあった」
「不老不死なんてあるわけないよ。言い伝えなんて、何かがもとになっただけで全部がまるまる真実なわけがないと思うの」
「だが、日本にはそんな伝説が多くある。不老不死に関して似たような例をあげると、人魚伝説もその一つだ。人魚の肉を食べれば不老不死になる、という話を聞いたことはないか」
「それは、あるけど」
「話を戻すぞ。ヒトは同胞をその『鬼姫』の種族だと決めつけ、そして同胞の女児をさらって肉を食べた」
息を呑む。
突拍子もない言葉に、暫く思考が停止した。
「……食べた? 人間が人間を?」
「正確には、精肉として身分の高い者に売りつけたんだ。『この肉を食べれば不老不死になる』とでも言ったのだろう」
人魚の肉を食べれば、不老不死になるという伝説がある。ならば、不老不死である鬼姫の肉を食べても不老不死になれる、と考えたということか。
どう考えても、ただの人間が不老不死になどなれるはずがない。そもそもいくら鬼姫伝説があるとはいえ、新人種を鬼姫と関係付けること自体、飛躍しているというのに。
当時の人間は、一体何を考えていたのだろう。
小毬は両腕を抱いた。そして、目の前にぽつんとある墓塚を見つめる。
「女児の肉は高く売れたそうだ。そして、人間はもっと多くの『鬼の肉』を求めて、同胞を獲物のように狩った。当然同胞たちも黙ってやられはしない。新人種特融の身体能力を生かして、襲ってきた人間たちを返り討ちにした。それが歴史に残る『大量殺戮』の事実だ」
「じゃあ、新人種は身を守っただけ?」
「そうだ」
「その、本土に移住してきた新人種たちは、どうなったの」
トワの視線が墓塚に向き、痛ましげに目を閉じた。
「ヒトに害をなす悪鬼とされ、全員殺された。その後は小毬も知っての通り、新人種はヒトではない獣だと差別され、飛龍島から出ることを禁じられた」
トワの言葉をもう一度脳内で反芻し、小毬は唇を噛んだ。
そんな事実、知らなかった。東堂も話していなかったし、そもそも知らなかったのではないかと思う。あの図書室で見つけた本も、タイトルから考えてこの歴史的事実を改変しているようだ。
新人種は、鬼ではない。
絵本に出てくるような退治されるべき対象でも、快楽殺人者でもないのだ。
改めて理解して、小毬は安堵の息をついた。東堂が言っていた新人種は凶暴な快楽殺人者で、けれどそれはトワから感じていた印象とはかけ離れていたために、ずっと胸の奥で違和感となって残っていた。
それらが、トワから聞いた話によって納得できたのだ。
かつて本土に降りた新人種は全滅させられ、人間が都合のよいように真実を捻じ曲げたということだろう。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる