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第四章 『A』
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「それは、そうですが。ですが、こちらから『人類進歩のための研究として、命を保証したうえでの研究対象』を募集なさったとお聞きしました」
「ああ、うん。新人種を無理やり捕獲して研究材料にしてもいいんだけど、ほら、保護団体がうるさいじゃない? 新人種は『ヒト』であるから人権を与えろ、だとか言う。だから、駄目元でこっちから新人種へ掛け合ったわけ。誰か実験体になってもらえませんかってね」
飯嶋の言うように、簡単に言うと「実験体」を新人種らに対して募集したのだ。一体誰が、自ら望んで実験体になりたいと思うだろうか。しかも彼らは、誠次たち『ヒト』を嫌っているという。
そんな新人種が、人類の進歩とやらに加担してくれるとは到底思えない。だから、この『A』は偽物なのではないか、または、何か目論見があるのではないか、と。
飯嶋は、そう言いたいのだ。
「まぁ、候補者がいなかったら、一匹無理やり捕らえるつもりだったけどね」
「それでは、保護団体が」
「乱獲するわけじゃないから、バレないって。それに、例の事件があってから保護団体の抑止力も弱まりつつあるし」
飯嶋は『A』に近づくと、髪を掴んで強引に上を向かせた。『A』は無表情のまま、視線だけを飯嶋に向ける。
「目は緑で、髪も染めてるわけじゃないっぽいし。本物なんだろうなぁ、やっぱり。でも血が赤いのは、知らなかった。あがってくる実験結果には、そんな初歩的なことは書いてないからね」
飯嶋の視線を辿り、誠次も『A』を見た。彼は無表情で、そして無言のままそこにいる。自ら実験体に名乗り出たというこの少年は、何を思って実験体になることを望んだのだろうか。もしかしたら、飛龍島に居場所がなくて故郷を離れたかったのかもしれない。
そんなことを考えてから、自嘲した。
相手は、新人種だ。そんな人間のような感情があるはずもない。新人種は野蛮で愚かで知能が低い、猿のような者たちなのだから。
誠次は『A』を見据えたのち、飯嶋元帥に視線を戻した。
「『A』が本物かどうか確かめるために、部屋へ呼んだのですか? 『A』は新人種ゆえに、とても凶暴です。いくら縛ってあるとしても、何をするか」
「私が軽率だって言いたいのかな?」
飯嶋元帥が口の端をあげる。
けれど、その瞳は笑ってはいない。誠次は会釈をして、無礼を詫びた。
「キミがくるまで、ちょっと話をしてたんだ。新人種について、いろいろと聞きたくてね。ほら、政府のあいだで、『新人種殲滅作戦』って案が出てるでしょ?」
『A』が、勢いよく顔をあげた。
初めて無表情を崩し、驚きをその顔に貼りつけている。
「あの案、私は大賛成なんだけど。でもほら、対面とかあるし。何より保護団体がのちのちどんな暴挙にでるかわからないからね。政府内でも、意見は二分してるんだよ」
二分、と飯嶋は言うが、ここ半年で政府内の意見は「殲滅賛成派」に偏りつつある。もう時期、殲滅が決定となるだろう。
その理由として、昨年に行われた飛龍島監査の際、調査員のひとりが新人種によって殺害された事件がある。なんの罪もない調査員を殺した新人種への非難は、メディアが取り上げたこともあり、本土でも大きな波紋を呼んでいた。保護団体の圧力が緩和しつつあるのも、この事件のせいだ。
「なぜ我らが殲滅させられなければならない!」
突如『A』が、叫んだ。少年らしい甲高い声が、部屋を揺らし、滲むように消えていく。緑色の瞳には怒りが浮かび、ぎりりと歯を食いしばっている。
飯嶋元帥はちらりとだけ『A』を見て、すぐに視線を誠次に戻す。
「まぁ、そういうことだから。ちょっと新人種について、本人の口から聞きたかっただけ。もうこの子連れて行っていいよ」
一体何を話していたのか気になったが、誠次は黙って頭を下げた。
「かしこまりました」
誠次は『A』を縛っている鉄の紐を持つ。無理やり立たせようとしたところで、『A』は再び口をひらいた。
「我らは『ヒト』と何が違う。なぜ殺されねばならない」
誠次はため息をついてから、告げる。
「そんなの決まってるだろう。新人種は鬼であり、ヒトに害をなす獣だからさ。存在自体が、罪なんだよ」
絶句した『A』を見やり、誠次は思う。なぜそんな顔をするのだろうか、と。新人種とヒトは対立している。それは誰が見ても明らかで、悪いのはヒトを殺めることに快感を覚える新人種のほうだ。
ヒトは正義。
そして、新人種が悪。
それが、当たり前の図式だった。
「ああ、うん。新人種を無理やり捕獲して研究材料にしてもいいんだけど、ほら、保護団体がうるさいじゃない? 新人種は『ヒト』であるから人権を与えろ、だとか言う。だから、駄目元でこっちから新人種へ掛け合ったわけ。誰か実験体になってもらえませんかってね」
飯嶋の言うように、簡単に言うと「実験体」を新人種らに対して募集したのだ。一体誰が、自ら望んで実験体になりたいと思うだろうか。しかも彼らは、誠次たち『ヒト』を嫌っているという。
そんな新人種が、人類の進歩とやらに加担してくれるとは到底思えない。だから、この『A』は偽物なのではないか、または、何か目論見があるのではないか、と。
飯嶋は、そう言いたいのだ。
「まぁ、候補者がいなかったら、一匹無理やり捕らえるつもりだったけどね」
「それでは、保護団体が」
「乱獲するわけじゃないから、バレないって。それに、例の事件があってから保護団体の抑止力も弱まりつつあるし」
飯嶋は『A』に近づくと、髪を掴んで強引に上を向かせた。『A』は無表情のまま、視線だけを飯嶋に向ける。
「目は緑で、髪も染めてるわけじゃないっぽいし。本物なんだろうなぁ、やっぱり。でも血が赤いのは、知らなかった。あがってくる実験結果には、そんな初歩的なことは書いてないからね」
飯嶋の視線を辿り、誠次も『A』を見た。彼は無表情で、そして無言のままそこにいる。自ら実験体に名乗り出たというこの少年は、何を思って実験体になることを望んだのだろうか。もしかしたら、飛龍島に居場所がなくて故郷を離れたかったのかもしれない。
そんなことを考えてから、自嘲した。
相手は、新人種だ。そんな人間のような感情があるはずもない。新人種は野蛮で愚かで知能が低い、猿のような者たちなのだから。
誠次は『A』を見据えたのち、飯嶋元帥に視線を戻した。
「『A』が本物かどうか確かめるために、部屋へ呼んだのですか? 『A』は新人種ゆえに、とても凶暴です。いくら縛ってあるとしても、何をするか」
「私が軽率だって言いたいのかな?」
飯嶋元帥が口の端をあげる。
けれど、その瞳は笑ってはいない。誠次は会釈をして、無礼を詫びた。
「キミがくるまで、ちょっと話をしてたんだ。新人種について、いろいろと聞きたくてね。ほら、政府のあいだで、『新人種殲滅作戦』って案が出てるでしょ?」
『A』が、勢いよく顔をあげた。
初めて無表情を崩し、驚きをその顔に貼りつけている。
「あの案、私は大賛成なんだけど。でもほら、対面とかあるし。何より保護団体がのちのちどんな暴挙にでるかわからないからね。政府内でも、意見は二分してるんだよ」
二分、と飯嶋は言うが、ここ半年で政府内の意見は「殲滅賛成派」に偏りつつある。もう時期、殲滅が決定となるだろう。
その理由として、昨年に行われた飛龍島監査の際、調査員のひとりが新人種によって殺害された事件がある。なんの罪もない調査員を殺した新人種への非難は、メディアが取り上げたこともあり、本土でも大きな波紋を呼んでいた。保護団体の圧力が緩和しつつあるのも、この事件のせいだ。
「なぜ我らが殲滅させられなければならない!」
突如『A』が、叫んだ。少年らしい甲高い声が、部屋を揺らし、滲むように消えていく。緑色の瞳には怒りが浮かび、ぎりりと歯を食いしばっている。
飯嶋元帥はちらりとだけ『A』を見て、すぐに視線を誠次に戻す。
「まぁ、そういうことだから。ちょっと新人種について、本人の口から聞きたかっただけ。もうこの子連れて行っていいよ」
一体何を話していたのか気になったが、誠次は黙って頭を下げた。
「かしこまりました」
誠次は『A』を縛っている鉄の紐を持つ。無理やり立たせようとしたところで、『A』は再び口をひらいた。
「我らは『ヒト』と何が違う。なぜ殺されねばならない」
誠次はため息をついてから、告げる。
「そんなの決まってるだろう。新人種は鬼であり、ヒトに害をなす獣だからさ。存在自体が、罪なんだよ」
絶句した『A』を見やり、誠次は思う。なぜそんな顔をするのだろうか、と。新人種とヒトは対立している。それは誰が見ても明らかで、悪いのはヒトを殺めることに快感を覚える新人種のほうだ。
ヒトは正義。
そして、新人種が悪。
それが、当たり前の図式だった。
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