新人種の娘

如月あこ

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第六章 真実と、束の間の休息

3、

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「私にもわからない。だが、彼らの――新人種の研究によって、医学の進歩というよい面も確かにあった。少なからず救われた命もあるだろう。私は軍人だ。その辺りの詳細は知らんが、必ずしも我らのしていることが悪だとは言い切れん」
「……私には、理解できません」
「ヒトと新人種、よい共存方法があればよいのだが。もう、それは不可能だ」
 そう言って、神無月は立ち上がる。背後の窓へ視線をやる。窓の遥か向こうには、飛龍島が見えた。
「ひと月後に、新人種は殲滅される。その総指揮は、私にある」
「神無月少将ならば、止められるのではないですか」
「もう引き返せはしない。私ごときに決定権を覆す力も、意見を通す力もない。私が出来るのは、後悔とそして懺悔だ」
「……懺悔?」
 神無月が身体ごと振り返った。
 その顔には、微かに笑みを浮かべている。
「新人種は殲滅される。私が指揮官を外れても、別の者がその役割を担うだけだ。ならば、すべての罪は私が背負おう。そして」
 神無月は言葉を途切れさせた。
 誠次は続きを待ったが、神無月はそれ以上、何も告げずに目を伏せた。
「神無月少将?」
「きみを巻き込んでしまったことは、申し訳ないと思っている」
「巻き込む、と言われましても、私はなにもされていません」
「いずれわかる」
 神無月はそう言って、目じりの皺を深くした。
「話しこんでしまったな。すまない」
「……いえ。貴重なお話、ありがとうございます」
 誠次は正式な礼を取り、神無月の執務室を出た。ふらふらとおぼつかない足取りで回廊へ出て、壁に背を当ててそのまま座り込む。
(俺は、どうすればいい?)
 胸が締め付けられたように苦しかった。圧迫される錯覚を覚えて、胸を掻き抱く。
「あれぇ、誠次ナニやってんのー?」
 唐突に聞こえた声音に、はっと顔をあげる。紅三郎が、妖艶な笑みを浮かべて見下ろしていた。
 紅三郎の顔を見ると、唐突に湧き上がってくる怒りがあった。
 立ち上がり、紅三郎の両肩を掴む。
「わ、ちょ、痛いよ。なに?」
「お前は、全部知ってたのか」
「なにが? ねぇ、痛いってば」
「何もかも知ってて、黙ってたんだな!」
 紅三郎が誠次を突き飛ばす。誠次は軽くふらついただけだが、紅三郎のほうが反動で倒れた。
「痛たたたた。ワタシ、体力ないんだからちょっとは遠慮してよ。ワタシが美形なのはわかるけど、男に迫られても嬉しくないなぁ」
 紅三郎は、んん? と首を傾げて誠次を覗き込む。
「どうしたのさ。誠次?」
「この研究施設では、新人種を使って不老不死の研究をしているのか」
 紅三郎は、一瞬だけきょとんとした顔をした。すぐに口の端をつり上げ、意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「誠次。キミが真っ直ぐなのは、よく知ってるよ。でもね、もう少し利口に生きたほうがいい。キミが何を知り、何を得て、何を考えたのか。そんなことは、どうでもいいのさ。大切なのは、政府や上官の意向だよ」
 力なく首を横に振った誠次を見て、紅三郎は言葉を続ける。
「不老不死を研究して、何がいけないんだい? ヒトは永遠の命に焦がれている。それを手に入れたいと思うのは、自然なことだよ」
「研究するのなら、勝手にすればいい。だが、新人種を使うのは間違っている。彼らは元々ヒトだそうじゃないか。わかっているのか? 芳賀魔巌二は、人体実験をしていたんだぞ」
 つ、と。
 紅三郎の視線が、凍った。口元には、いつも浮かべている笑みさえない。
 明らかに様子が変貌した紅三郎を見て、誠次は息をつめた。まるで、彼自身と彼のまとう空気が凍ってしまったかのようで、その冷気は誠次の身体までをも硬直させた。
 誠次を見つめたまま軽く首を傾げた紅三郎が、抑揚のない声で言う。
「芳賀魔巌二を非難するのは、許さない」
「だが、人体実験など許されるわけがないだろう」
「許されるんだ。芳賀魔巌二は天才だ。だから、何をしても許される」
 肌が粟立った。
 紅三郎がおかしい。いや、前々からおかしいやつではあった。けれど、彼のおかしさは天才ゆえの奇行のはずだ。こんな馬鹿げたことを言うやつではなかったのに。
 誠次は、ふらりと後ろに一歩下がった。
「誠次。キミとは友人でありたかったけど、もういらないや。ワタシの邪魔をする者は、誰であれ許しはしない。ワタシは絶対に不老不死を手に入れてみせる。……もうすぐなんだ。きっとアレを手に入れれば、ワタシの念願は叶うのさ」
 紅三郎は、微かに口の端をつりあげた。
「サヨウナラ、誠次」
 そしてくるりと背を向けると、紅三郎は一度も振り返ることなく回廊を歩いて行った。彼の姿が消えて初めて、誠次は視線を落とす。
(どうすればいいんだ)
 何が正義で、何が悪なのか。
 ぎり、と奥歯を噛みしめて顔をあげる。誠次は紅三郎がいた場所を睨みつけた。
(何が正義で何が悪か、それを考えるのは後だ)
 今、誠次がすべきことは、ひとつ。
 窓の向こう、飛龍島を見つめる。
「……小毬ちゃん」
 自ら望んであの場にいた彼女に、もう一度会いたい。そして、今度こそ小毬を連れ戻す。例え、ヒトが新人種らにとって悪だとしても、まだ若い小毬が巻き添えに死ぬのは間違っている。
 誠次は、彼女を救うことこそ自分のしなければならない役割のように感じた。
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