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第七章 最後の戦い
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彼は、目の前にそびえる軍艦を眺めていた。
誠次の位置からは、彼――神無月が、どんな表情をしているのか見えなかった。忙しなく動く軍人らのあいだを縫い、神無月の元まで歩み寄った誠次に、神無月が振り返る。
「綿貫補佐か。またあいつが、何か言ってきたのか」
「私の意志で来ました。私も連れていって下さい。飯嶋元帥には、許可を得ています」
「ふん、私の見張りというわけか」
「そのようなつもりはありませんよ」
「きみがそうでも、飯嶋はそのつもりだろう。私を監視することを条件に、乗船を許可されたのだろう?」
その通りだった。
誠次はなんだか申し訳なく思い、軽く頭を下げた。
「まぁいい」
神無月は短く答え、再び軍艦を見上げた。
「立派な船ですね。日本も捨てたものじゃないです」
「我ら軍人に対して失礼だな、きみは。……だが、確かに立派だ」
誠次は一歩進み、神無月の横顔を見つめた。
「それにしては浮かない顔ですね」
「わかっているだろう? 軍艦はこのような殺戮に使うべきではない」
「軍艦は戦うための船ですよ」
「守るべきもののためにな」
「迷っておいでですか」
「……新人種を殲滅することに対してか?」
はい、と頷くと、神無月は太い眉をひそめた。
「本日決行される作戦だ。迷いがあっては、指揮はとれん。だが、迷いを完全に吹っ切ることなどできるはずもない」
「それで、軍艦を眺めておられたのですね」
決意を固めるために。
そう思っての言葉だったが、神無月は苦笑を浮かべて否定した。
「私が見ていたのは、空だ。こんな雲一つない青空の下、我々は多くの血を流す。その罪深さと決意を、身に刻んでいたのだ」
そこへ、恰幅のよい軍人がきた。神無月より幾分も若く、迷いなど微塵もない――むしろ、これから行うことが正義であり誇らしいと言わんばかりの表情をしている。
彼は神無月に対して礼をとり、準備が整った旨を伝えた。
神無月は、てきぱきと指示をした。そして、誠次を振り返る。
「船に乗れ。此度の作戦は、聞いているか」
「砲撃ののち、乗り込むと」
「白兵戦では、こちらが圧倒的に不利だ。新人種は銃弾を数発撃ちこんだだけでは死なんし、動体視力が超越している。……だが、上はどうしても新人種を数体生け捕りにしたいらしい」
もともとは、大砲で島ごと破壊するという方向で決まっていた作戦だった。
それが変更になったのは、新人種研究所所長である紅三郎が抗議したためだ。新人種を研究するべき必要性を訴え、結果ヒトが得られるであろう成果を示してみせた。
上はその現実性のある魅力的な案に惹かれ、多少の犠牲を出してでも新人種を生け捕る道を選んだのだ。新人種殲滅作戦における人員も大幅に強化されることになり、本土より志望軍人が補充され、部隊を新編した。
この仕事が成功すれば、神無月は否が応にも出世することになるだろう。
誠次はなんだか、居た堪れなくなった。
誠次は今回の作戦変更を知り、喜んだ。なぜならば、軍人らが乗り込む際に自らも飛龍島に乗り込めば、小毬を連れ戻す機会を得ることができるからである。
もっともそれまで小毬が生きていてくれればの話だから、確実ではない。けれど、賭けてみる価値はあるような気がした。
「きみは、軍人ではない。我らの邪魔だけはするな。それ以外ならば、目を瞑ってやろう」
どうやら、神無月には誠次の目論見は知れているらしかった。
威風堂々と甲板へ向かって歩き出す神無月に対して、誠次は黙って頭を下げた。彼に対する敬意からきたものだった。
誠次の位置からは、彼――神無月が、どんな表情をしているのか見えなかった。忙しなく動く軍人らのあいだを縫い、神無月の元まで歩み寄った誠次に、神無月が振り返る。
「綿貫補佐か。またあいつが、何か言ってきたのか」
「私の意志で来ました。私も連れていって下さい。飯嶋元帥には、許可を得ています」
「ふん、私の見張りというわけか」
「そのようなつもりはありませんよ」
「きみがそうでも、飯嶋はそのつもりだろう。私を監視することを条件に、乗船を許可されたのだろう?」
その通りだった。
誠次はなんだか申し訳なく思い、軽く頭を下げた。
「まぁいい」
神無月は短く答え、再び軍艦を見上げた。
「立派な船ですね。日本も捨てたものじゃないです」
「我ら軍人に対して失礼だな、きみは。……だが、確かに立派だ」
誠次は一歩進み、神無月の横顔を見つめた。
「それにしては浮かない顔ですね」
「わかっているだろう? 軍艦はこのような殺戮に使うべきではない」
「軍艦は戦うための船ですよ」
「守るべきもののためにな」
「迷っておいでですか」
「……新人種を殲滅することに対してか?」
はい、と頷くと、神無月は太い眉をひそめた。
「本日決行される作戦だ。迷いがあっては、指揮はとれん。だが、迷いを完全に吹っ切ることなどできるはずもない」
「それで、軍艦を眺めておられたのですね」
決意を固めるために。
そう思っての言葉だったが、神無月は苦笑を浮かべて否定した。
「私が見ていたのは、空だ。こんな雲一つない青空の下、我々は多くの血を流す。その罪深さと決意を、身に刻んでいたのだ」
そこへ、恰幅のよい軍人がきた。神無月より幾分も若く、迷いなど微塵もない――むしろ、これから行うことが正義であり誇らしいと言わんばかりの表情をしている。
彼は神無月に対して礼をとり、準備が整った旨を伝えた。
神無月は、てきぱきと指示をした。そして、誠次を振り返る。
「船に乗れ。此度の作戦は、聞いているか」
「砲撃ののち、乗り込むと」
「白兵戦では、こちらが圧倒的に不利だ。新人種は銃弾を数発撃ちこんだだけでは死なんし、動体視力が超越している。……だが、上はどうしても新人種を数体生け捕りにしたいらしい」
もともとは、大砲で島ごと破壊するという方向で決まっていた作戦だった。
それが変更になったのは、新人種研究所所長である紅三郎が抗議したためだ。新人種を研究するべき必要性を訴え、結果ヒトが得られるであろう成果を示してみせた。
上はその現実性のある魅力的な案に惹かれ、多少の犠牲を出してでも新人種を生け捕る道を選んだのだ。新人種殲滅作戦における人員も大幅に強化されることになり、本土より志望軍人が補充され、部隊を新編した。
この仕事が成功すれば、神無月は否が応にも出世することになるだろう。
誠次はなんだか、居た堪れなくなった。
誠次は今回の作戦変更を知り、喜んだ。なぜならば、軍人らが乗り込む際に自らも飛龍島に乗り込めば、小毬を連れ戻す機会を得ることができるからである。
もっともそれまで小毬が生きていてくれればの話だから、確実ではない。けれど、賭けてみる価値はあるような気がした。
「きみは、軍人ではない。我らの邪魔だけはするな。それ以外ならば、目を瞑ってやろう」
どうやら、神無月には誠次の目論見は知れているらしかった。
威風堂々と甲板へ向かって歩き出す神無月に対して、誠次は黙って頭を下げた。彼に対する敬意からきたものだった。
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