新人種の娘

如月あこ

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第八章 ぬくもり

1、

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 は、と目が覚めた。
 視界に映るのは、どこまでも続いていそうな青空ではなく白い天井だった。
 一瞬、頭のなかが混乱する。
(ここ、どこ?)
 辺りに視線をめぐらせながら身体を起こそうとして、ふいに襲ってきた激流のような痛みに悶絶した。水分のないカラカラの口から、呼吸とともに苦悶の声が漏れる。腕、腹、背中、足、どこもかもが痛かった。
「小毬ちゃん!」
 浅い息を繰り返しながら、視線だけを声のほうへ向ける。グレーのズボンと白いシャツが見えた。この声には、聞き覚えがある。
「綿貫、さん?」
「よかった、気がついたんだね。医者はもう大丈夫だって言ってたけど、心配だったんだ。きみが目覚めたこと、看護師さんに報告してくるよ」
 誠次が踵を返そうとしたその服を、小毬は掴んだ。筋が裏返るような痛みを覚えたが、歯を食いしばって耐える。
「小毬ちゃん?」
「ここって病院なんですか」
「そうだよ。本土にある大学病院だ」
 本土、という言葉に、自分が飛龍島にいたこと、そして飛龍島で起こった悲劇を思い出して頭のなかがさっと冷たくなった。
「皆は、どうなったんですか」
「新人種のことなら、皆死んだよ」
「嘘」
「嘘じゃない。飛龍島が半壊したのち、軍が踏み込んだんだ。そのときには、新人種はもういなかった。崖から飛び降りたらしい。大人数の足跡があったから、間違いないって話だ」
「嘘!」
「俺も、この目で確かめた」
「……そんなわけない。トワは? トワなら、生きてるでしょう?」
「きみと一緒にいた新人種のことだね。彼も死んだよ」
 言葉が出なかった。トワは、覚醒者だ。覚醒者は特別な存在であり――たぶんだけど、そう簡単に死ぬはずがない。
「トワなら、生きてる。死ぬはずがない」
「きみに折り重なるようにして、死んでいるのを見つけた。間違いなく死んでいたよ」
 信じられない。信じたくなどない。
 小毬は誠次の服を離した。腕が、力なくベッドのうえに落ちる。
「……信じない。皆が死んだなんて」
「きみには酷な話だろう」
 誠次は腕時計を見た。
「ちょうど今ならニュースがやってる。新人種のことも、やってるんじゃないかな」
 そう言うなり、誠次は棚からリモコンを取り上げる。異物のような他者の声音を聞いて初めて、部屋にテレビがあることを知る。
 視線を向けると、口ひげを生やした品のよさそうな男が、怒りを隠しもせずに早口に捲し立てているのが映っていた。
『新人種は我らヒトと同じであり、それを殲滅するなど大量殺人と変わりないことだ。政府は何を考えているのか。これは野蛮で決して許されない所業なのだ!』
 男が映っている画面の下方には、「新人種殲滅から二週間が経った今」というテロップがある。
(二週間? あれから、もうそんなに経ったの)
 愕然とした。
 そもそも、自分は飛龍島にいたはずだ。
なのになぜ、自分だけが本土にいるのだろうか。
「彼は、五木さんっていってね。新人種保護団体の代表者だよ。今回の事件が起こってから、何かとテレビに出てる。いつもこんな感じに怒ってるんだ。彼は海外の実力者とも縁があって――」
「どうして私はここにいるの?」
 誠次の言葉を遮ると、彼は不機嫌な様子も見せずに答えてくれた。
「俺がきみを連れてきた。上陸した軍人のひとりから、ヒトがいるっていう報告があって。それを聞いて、小毬ちゃんだと思った。……きみを見つけられてよかったよ。見つけたときはすごい怪我で、もう助けられないかと思ったけどね」
 誠次はテレビを切ると、小毬の頭を優しく撫でた。誠次の大きな手は、自然とトワを思い出す。
「俺は、看護師に報告に行ってくるから。大人しく待ってるんだよ」
 誠次は、そう言い残し部屋を出て行った。
 小毬は、ただ茫然とした。意味もなく寝返りをうてば、身体が悲鳴をあげる。激痛に耐えつつ、ただ天井を見上げた。
(本当にみんな、死んだの?)
 次々と自害していった彼らの姿を想像して、目を瞑る。
 なんだか、すべてのことに現実感がなかった。
 まるで、夢をみていたようだ。小毬は本当は飛龍島になど行っておらず、樹塚町で怪我を負い、今大学病院にいる。その間に見た長い夢こそ、飛龍島での暮らしなのではないか。
 そんな考えは、すぐに否定した。
 小毬は間違いなく、新人種の島へ行って彼らと暮らした。彼らとの暮らしは小毬にとって自分のすべてを賭けてもいいと思えるほどに大切なもので、ただの夢であったなどと思いたくはない。
今、彼らはもういない。
 死にたくないと思った。生きたいと願った。けれどそれは、自分一人だけ生き残りたいという意味ではなかった。
 小毬はそっと目を開き、天井を見つめた。
「こんな世界、いらない」
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