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第九章 正義と、確固たる悪
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「『特別な新人種』だったトワが、キミに与えたんじゃないの? その力を。トワは特別だった。監査で飛龍島へ行ったとき――ほら、誠次と一緒に――あのとき、トワを見て気づいたんだ。ワタシは彼を知っている、と」
(このヒトは、おかしい)
たった今、その手でヒトを殺しておいて、何をのうのうと語っているのか。常識というものが欠落しているとしか思えない。
頭のなかで警鐘が鳴っていた。
(関わっては駄目だ。危険だ、この人は)
以前にも思ったことだが、今尚改めて確信する。眉をひそめた小毬を見ても尚、紅三郎は話を続けた。
「六十年前にもさ、トワを見たことがあるんだ。あの姿で、そして同じ名前で。それって完全に同一人物だと思うんだよねぇ。あ、私の記憶力は凄まじいものだから、疑わなくていいよ。つまり、何が言いたいかというと。トワは不老だった。あの姿でずっと、この六十年、彼は飛龍島で生きてたんだ」
「六十年前?」
確かにトワは六十歳以上だと言っていたけれど。
紅三郎の全身を見渡して、小毬はさらに眉をひそめる。
「あなた、六十年も生きてるの?」
「そう。まだワタシが、芳賀魔巌二としてこの研究所にいたころの話だよ」
芳賀魔巌二。
確か、飛龍島の住民を使って人体実験をした末に、新人種へ変貌させた、張本人。
(不老不死の研究をしてたっていう、あの芳賀魔巌二?)
小毬は首を横に振る。
「馬鹿を言わないで。芳賀魔巌二はもう」
「死んだって? 行方不明なだけさ。……ワタシの秘密を教えてあげよう。特別にね」
紅三郎は、ふんぞり返るように胸を張る。
小毬はふらりと倒れそうになるのを踏ん張って堪え、紅三郎を睨みつけた。
「冗談はやめて。いくらなんでも、あなたは六十歳を超えてるように見えない」
「だから、それをこれから説明するんじゃないか。ワタシがわざわざ教えてあげようって言ってるんだ、甘受したほうがいい。芳賀魔巌二はここを追われたことは知ってるかい?」
紅三郎が目を眇める。瞳から微かに怒りが読み取れた。小毬は何も言わない。紅三郎は構わず話を続ける。
「ここを追われても、自分が残した研究をもとに、不老不死の研究を続けたんだ。費用も実験体もないワタシは――自らの身体を使って実験をした」
息を呑んで、とっさに呟く。
「トワと同じ、不老長寿になった、ってこと」
「まさか。幾ら実験しても、なんの成果も得られなかったよ。ワタシは考えた。このままでは駄目だと。天才である私を学会から追放した愚かな世間を見返すには、どうすればいいか。……答えは簡単だ。新人種という実験体と、費用があればいい。またあの頃と同じような設備が整えば、ワタシは今度こそ不老不死を実現させてみせる。そのために、ワタシは若々しい見た目を手に入れた。あくまで見た目だけで、身体の中は老体だけどね」
紅三郎は、ふと口の端を歪ませた。黒い瞳の奥がぎらぎらと光り、小毬を威圧する。呼吸さえ苦しくなるのを感じながら、小毬は生唾を飲み込んだ。
「巌二はもう、研究者を名乗れない。あの事件のせいで。……おかしくない? 不老不死は誰もが憧れるものだろう? なのに、たかがモルモットが死んだくらいで悪者扱いだ」
(たかが、モルモット)
紅三郎の言葉を脳裏で反芻する。
トワを、百合子を、豪理をモルモットと呼ぶ彼は、事実、新人種を実験材料としか見ていないのだろう。鎖に繋がれている「A」を見る。彼の深い緑色の瞳は、紅三郎をとらえていた。彼もまた紅三郎の話に耳を傾けているようだ。
「ワタシは巌二の孫と偽って、所長にまで登りつめた。研究さえ成功すれば、ワタシの――芳賀魔巌二の名誉は回復する。いや、回復するだけじゃない。世界中に轟くよ、きっと。皆がワタシを褒め称えるんだ」
紅三郎は、拳銃を小毬に向けた。
「そのために、キミの身体が必要だ。隅々まで研究してあげるよ。キミの身体がどうなってるか気になるところだ。交配実験もしたいなぁ。あ、そうだ。ワタシの子を産ませてあげてもいいよ。新人種に近いキミとヒトであるワタシの子は、きっといい研究材料になる。大丈夫、キミを殺しはしない。だから、大人しくしていて」
紅三郎はにやりと笑い、引き金を引いた。
小毬はしゃがむことでかろうじて避けたが二発目は交わせなかった。肩に弾丸を撃ち込まれ、痛みに悶絶する。肩が焼けているような熱を感じて歯を食いしばった。食いしばった歯の間から唾液がこぼれ、ぽたぽたと汗のように絨毯を汚す。
さらに、紅三郎が引き金を引こうとした、そのとき。
鎖に繋がれた少年が、紅三郎に体当たりした。紅三郎はつんのめるようにして床に倒れ、その上に少年が乗り上げる。紅三郎は慌てた素振りも見せずに、冷静に少年に対して発砲した。
「――っ」
少年は身体を九の字に曲げた。
紅三郎は続けざまにもう一発撃とうとする。
(駄目だ!)
小毬は、気づけば飛び出していた。紅三郎の拳銃を蹴りあげる。彼の手から離れた拳銃は絨毯のうえで大きく跳ねると、壁際まで転がっていった。
小毬は少年の前に回り込み、紅三郎の首を両手で掴んだ。
(このヒトは、おかしい)
たった今、その手でヒトを殺しておいて、何をのうのうと語っているのか。常識というものが欠落しているとしか思えない。
頭のなかで警鐘が鳴っていた。
(関わっては駄目だ。危険だ、この人は)
以前にも思ったことだが、今尚改めて確信する。眉をひそめた小毬を見ても尚、紅三郎は話を続けた。
「六十年前にもさ、トワを見たことがあるんだ。あの姿で、そして同じ名前で。それって完全に同一人物だと思うんだよねぇ。あ、私の記憶力は凄まじいものだから、疑わなくていいよ。つまり、何が言いたいかというと。トワは不老だった。あの姿でずっと、この六十年、彼は飛龍島で生きてたんだ」
「六十年前?」
確かにトワは六十歳以上だと言っていたけれど。
紅三郎の全身を見渡して、小毬はさらに眉をひそめる。
「あなた、六十年も生きてるの?」
「そう。まだワタシが、芳賀魔巌二としてこの研究所にいたころの話だよ」
芳賀魔巌二。
確か、飛龍島の住民を使って人体実験をした末に、新人種へ変貌させた、張本人。
(不老不死の研究をしてたっていう、あの芳賀魔巌二?)
小毬は首を横に振る。
「馬鹿を言わないで。芳賀魔巌二はもう」
「死んだって? 行方不明なだけさ。……ワタシの秘密を教えてあげよう。特別にね」
紅三郎は、ふんぞり返るように胸を張る。
小毬はふらりと倒れそうになるのを踏ん張って堪え、紅三郎を睨みつけた。
「冗談はやめて。いくらなんでも、あなたは六十歳を超えてるように見えない」
「だから、それをこれから説明するんじゃないか。ワタシがわざわざ教えてあげようって言ってるんだ、甘受したほうがいい。芳賀魔巌二はここを追われたことは知ってるかい?」
紅三郎が目を眇める。瞳から微かに怒りが読み取れた。小毬は何も言わない。紅三郎は構わず話を続ける。
「ここを追われても、自分が残した研究をもとに、不老不死の研究を続けたんだ。費用も実験体もないワタシは――自らの身体を使って実験をした」
息を呑んで、とっさに呟く。
「トワと同じ、不老長寿になった、ってこと」
「まさか。幾ら実験しても、なんの成果も得られなかったよ。ワタシは考えた。このままでは駄目だと。天才である私を学会から追放した愚かな世間を見返すには、どうすればいいか。……答えは簡単だ。新人種という実験体と、費用があればいい。またあの頃と同じような設備が整えば、ワタシは今度こそ不老不死を実現させてみせる。そのために、ワタシは若々しい見た目を手に入れた。あくまで見た目だけで、身体の中は老体だけどね」
紅三郎は、ふと口の端を歪ませた。黒い瞳の奥がぎらぎらと光り、小毬を威圧する。呼吸さえ苦しくなるのを感じながら、小毬は生唾を飲み込んだ。
「巌二はもう、研究者を名乗れない。あの事件のせいで。……おかしくない? 不老不死は誰もが憧れるものだろう? なのに、たかがモルモットが死んだくらいで悪者扱いだ」
(たかが、モルモット)
紅三郎の言葉を脳裏で反芻する。
トワを、百合子を、豪理をモルモットと呼ぶ彼は、事実、新人種を実験材料としか見ていないのだろう。鎖に繋がれている「A」を見る。彼の深い緑色の瞳は、紅三郎をとらえていた。彼もまた紅三郎の話に耳を傾けているようだ。
「ワタシは巌二の孫と偽って、所長にまで登りつめた。研究さえ成功すれば、ワタシの――芳賀魔巌二の名誉は回復する。いや、回復するだけじゃない。世界中に轟くよ、きっと。皆がワタシを褒め称えるんだ」
紅三郎は、拳銃を小毬に向けた。
「そのために、キミの身体が必要だ。隅々まで研究してあげるよ。キミの身体がどうなってるか気になるところだ。交配実験もしたいなぁ。あ、そうだ。ワタシの子を産ませてあげてもいいよ。新人種に近いキミとヒトであるワタシの子は、きっといい研究材料になる。大丈夫、キミを殺しはしない。だから、大人しくしていて」
紅三郎はにやりと笑い、引き金を引いた。
小毬はしゃがむことでかろうじて避けたが二発目は交わせなかった。肩に弾丸を撃ち込まれ、痛みに悶絶する。肩が焼けているような熱を感じて歯を食いしばった。食いしばった歯の間から唾液がこぼれ、ぽたぽたと汗のように絨毯を汚す。
さらに、紅三郎が引き金を引こうとした、そのとき。
鎖に繋がれた少年が、紅三郎に体当たりした。紅三郎はつんのめるようにして床に倒れ、その上に少年が乗り上げる。紅三郎は慌てた素振りも見せずに、冷静に少年に対して発砲した。
「――っ」
少年は身体を九の字に曲げた。
紅三郎は続けざまにもう一発撃とうとする。
(駄目だ!)
小毬は、気づけば飛び出していた。紅三郎の拳銃を蹴りあげる。彼の手から離れた拳銃は絨毯のうえで大きく跳ねると、壁際まで転がっていった。
小毬は少年の前に回り込み、紅三郎の首を両手で掴んだ。
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