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終章
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小毬は袋から本を取りだすと、千里に見せた。表紙には、透明感のある青空と、強調するように太字で書かれた題名がある。
その本を見て、千里は首を傾げた。
「これって、小毬の知り合いが出した本なんだろ?」
「そう。綿貫さんって言って、とてもお世話になった人が執筆したの」
誠次は、仕事を辞めたあと新人種保護団体へ名を連ねた。実際に新人種に関わった者の発言には信憑性があり、日本で暮らす人々を、そして世界中を震撼させた。
二年を経て、誠次はついに新人種に課せられた運命や真実を、自身の経験をもとにしたノンフィクション本として世間に公表した。新人種保護団体の後ろ盾を経て、あらゆる人々を説得し、やっとのこと発売までこぎつけたのだろう。
どれだけ世間を揺るがしているかは、こんな辺鄙な集落まで話題として流れてくることからしてもわかるというものだ。世間の意見は賛否に別れ、飯嶋が言っていたように日本自体が世間からの悪評により、景気が低迷しているらしい。倒産した会社も多々あるという。
その一方で、飛龍島を見渡せる海岸には、国内外から贈られた鎮魂の花々が絶えないそうだ。その話は、小毬の心を優しく温めてくれた。
「読んだら、千里にも貸してあげる」
「俺、まだ読めない漢字が沢山あるんだ。ひらがなは小毬が教えてくれたから読めるけど」
「読めない漢字は、私が読んであげるから」
小毬が微笑むと、千里は黙り込み、小毬の手のなかにある本を取り上げた。その表紙をじっと眺め、ふと、顔をあげる。
「これって、小毬のことかな」
「へ?」
「小毬の知り合いなんだろ? だったら、これ、小毬のことだと思う」
小毬は、目をぱちくりさせて表紙を見た。
――新人種の娘
誠次が執筆したノンフィクション本の、題名だ。
(私が、『新人種の娘』)
もしそうだとしたら、誠次はどんな意味でこの言葉を使ったのだろうか。『新人種』は差別用語でもあるとトワは言っていた。その一方で、誇り高い彼らを象徴する呼び名でもある。
果たして、よい意味なのか、悪い意味なのか。その答えは、この本を読めばわかるだろう。
ふいに、脳裏に蘇る人々の顔があった。豪理、百合子、そのほかの新人種たち、そしてトワ。飛龍島で暮らした日々。景色。喜び、悲しみ、そして絶望。
小毬が彼らと暮らしたのは、たった一年だった。
かけがえのない一年だ。忘れるはずはないけれど、二年が経った今、あの日々が想い出になりつつある。
それらは、小毬の胸の奥にある宝箱にそっとしまえるほどに、優しい色をしていた。
「小毬、俺がいる」
千里が小毬の目元をぬぐう。
小毬は情けないような笑みを浮かべて、頷いた。
「千里の存在に、私はすごく救われてる」
「生きよう」
「うん、生きよう」
なんの変哲もない日々。
この日々が、千里が傍にいてくれる日々が、こんなにもかけがえのない物になるなんて。
小毬は生きる。
生き続ける。
この命が尽きる、その日まで。
これは、私自身と、そしてヒトでありながら新人種と共に過ごし、彼らの無実を訴えたひとりの少女の物語である。
まだ十代でありながら重い決断や辛い別れを経て、成長していく彼女のことを、私は誇りをもってこう呼びたい。
新人種の娘、と。
――『新人種の娘』 綿貫誠次著 抜粋
了
その本を見て、千里は首を傾げた。
「これって、小毬の知り合いが出した本なんだろ?」
「そう。綿貫さんって言って、とてもお世話になった人が執筆したの」
誠次は、仕事を辞めたあと新人種保護団体へ名を連ねた。実際に新人種に関わった者の発言には信憑性があり、日本で暮らす人々を、そして世界中を震撼させた。
二年を経て、誠次はついに新人種に課せられた運命や真実を、自身の経験をもとにしたノンフィクション本として世間に公表した。新人種保護団体の後ろ盾を経て、あらゆる人々を説得し、やっとのこと発売までこぎつけたのだろう。
どれだけ世間を揺るがしているかは、こんな辺鄙な集落まで話題として流れてくることからしてもわかるというものだ。世間の意見は賛否に別れ、飯嶋が言っていたように日本自体が世間からの悪評により、景気が低迷しているらしい。倒産した会社も多々あるという。
その一方で、飛龍島を見渡せる海岸には、国内外から贈られた鎮魂の花々が絶えないそうだ。その話は、小毬の心を優しく温めてくれた。
「読んだら、千里にも貸してあげる」
「俺、まだ読めない漢字が沢山あるんだ。ひらがなは小毬が教えてくれたから読めるけど」
「読めない漢字は、私が読んであげるから」
小毬が微笑むと、千里は黙り込み、小毬の手のなかにある本を取り上げた。その表紙をじっと眺め、ふと、顔をあげる。
「これって、小毬のことかな」
「へ?」
「小毬の知り合いなんだろ? だったら、これ、小毬のことだと思う」
小毬は、目をぱちくりさせて表紙を見た。
――新人種の娘
誠次が執筆したノンフィクション本の、題名だ。
(私が、『新人種の娘』)
もしそうだとしたら、誠次はどんな意味でこの言葉を使ったのだろうか。『新人種』は差別用語でもあるとトワは言っていた。その一方で、誇り高い彼らを象徴する呼び名でもある。
果たして、よい意味なのか、悪い意味なのか。その答えは、この本を読めばわかるだろう。
ふいに、脳裏に蘇る人々の顔があった。豪理、百合子、そのほかの新人種たち、そしてトワ。飛龍島で暮らした日々。景色。喜び、悲しみ、そして絶望。
小毬が彼らと暮らしたのは、たった一年だった。
かけがえのない一年だ。忘れるはずはないけれど、二年が経った今、あの日々が想い出になりつつある。
それらは、小毬の胸の奥にある宝箱にそっとしまえるほどに、優しい色をしていた。
「小毬、俺がいる」
千里が小毬の目元をぬぐう。
小毬は情けないような笑みを浮かべて、頷いた。
「千里の存在に、私はすごく救われてる」
「生きよう」
「うん、生きよう」
なんの変哲もない日々。
この日々が、千里が傍にいてくれる日々が、こんなにもかけがえのない物になるなんて。
小毬は生きる。
生き続ける。
この命が尽きる、その日まで。
これは、私自身と、そしてヒトでありながら新人種と共に過ごし、彼らの無実を訴えたひとりの少女の物語である。
まだ十代でありながら重い決断や辛い別れを経て、成長していく彼女のことを、私は誇りをもってこう呼びたい。
新人種の娘、と。
――『新人種の娘』 綿貫誠次著 抜粋
了
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