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第一章

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 史学科の校舎と理工学部の校舎は、当然ながら離れている。
 無駄に広さのある××大学は、正面の門から左右に道が分かれ、数多の学科へと次々に枝分かれするように、校舎が立ち並ぶ。地震が起きたらドミノになってもおかしくない校舎の並びなのに、それがとても美しく見えるのは、レンガを使ったロココ調のデザインや、やたらこだわりが見られる大庭園があるからだろう。
 大庭園、という名目で作られたが、生徒はみな「中庭」というありきたりな名前で呼ぶ。かつて、大学創設時代はかくもベルサイユという大庭園だったそうだが、今では、中庭と呼ぶほうがしっくりくるほどに、閑散としていた。
 世話に手間がかかるという理由で薔薇が中庭から排除されてから、季節の花々は最小限となり、放置しても問題のない銀杏や桜の木々が増えたという。
 ステージや武道場も中庭に組み込まれており、中庭からグラウンドへ向かう途中に、体育館がある。
 やたら広大な敷地に、木々や建物が乱立しているものだから、とにかく視界が悪い。中庭のなかを十字に横切る歩道、ぐるっとすべての校舎前を繋ぐ歩道は、歩く道として整えてあるものの、史学科と理工学部を行き来する麻野としては、常日頃から「もっと近道はないか」と考えていた。
 麻野の足で二十分近くかかってしまうのは、やたら入り組んだ歩道のせいだ。直線ならば、五分ほどでつくだろうに。
 そんな常日頃の悩みは、昨日、唐突に解決された。
 もはや、画期的としかいえない閃きだった。
――悪魔の森を、突っ切ればいいんじゃない?
 と。
 悪魔の森とは、理工学部の校舎前から中庭の半ばまである、栄養を取りすぎたブロッコリーのように成長した森のことだ。生徒の間では、不可侵領域となっているらしい。正直、不可侵領域の意味がよくわからない。
 立ち入り禁止なのかと思いきや、調べたところによると、特段校則で決まっているわけではないという。
 なんでも、一度入ると出てこれない樹海だとか、幽霊に取りつかれて呪われてしまうとか、磁場が狂っているので磁石も反応しないだとか、そんな噂が次々と出てくるという、よくわからない理由から、不可侵領域となっているらしい。
 もし。悪魔の森に通り道を見つけることが出来たら、ぐるっと校舎前を繋ぐ歩道を行かなくて済む。
 堂々と中庭を突っ切ることができるので、かなりの近道になる。時は金なり、少しでも時短できればそれに越したことはない。
 チャレンジ精神旺盛な麻野は、中庭を歩く生徒たちの間の縫うように、悪魔の森へ向かった。近づくにつれて辺りは薄暗くなり、やたら生い茂ったツツジや針葉樹の影がこちらに落ちるので、威圧感がものすごい。
 近くに、廃墟と化した建築物が一棟あるだけで、校舎は見当たらない。本当に大学の中庭にいるのかと、見当識が怪しくなってくる。まるで、樹海の前にいるようだ。樹海など、行ったこともなければ見たこともないけれど。
――ううーん、なんだか怖いけど
 すでに辞めようかという気持ちになりつつある。
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