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第一章

二十一、

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 いざ京都取材へおもむくことになった、前日の夜。
 麻野は、新居崎に充てて「しばらく出かけるので、お使いできません」と連絡を入れておいた。新居崎の返事はなかったが、既読がついていたので納得してくれたものだと考えた。
 そしてその考えは間違いではなかった。
 なかったのだが。
 京都へ出発する当日。静子に新幹線の改札口まで見送ってもらった麻野は、二泊三日分の着替えや必要備品を詰め込んだ旅行鞄をもって、意気揚々と新幹線へ向かった。新幹線とホテルの手配は、静子がしてくれた。麻野は、どうも事務的な手続きが苦手なのだ。決められた素材で決められたものを作るより、ある材料を工夫して新たなものを創作するようなことは得意なのに。
「ええっと、この辺り……えっと」
 新幹線の指定席番号を見ながら、座席を探す。二人席の通路側らしいが、入るドアを間違えたみたいで、結構歩かなければならなかった。
「あ、あった」
 少し先に、探していた番号の席を発見する。すでに、窓側には男の人が座っていた。後ろからでも、まだ若い男であることがわかる。
 麻野は、鞄をごろごろと引きずって、座席までくると。
 なんとなく、隣の席の人に会釈をした――瞬間、はたり、とその男と目があった。
 相手の男、新居崎は目を見張っている。それは麻野も同じだった。
 一瞬人違いかと思ったのは、新居崎がいつものスーツではなく、ラフな半袖白シャツにジーパンといういで立ちだったからだ。髪型だけは、従来通り決めているのは、彼のこだわりだろうか。
「あれ、先生。偶然ですね」
「きみが、隣なのか」
 頷いてから、もう一度座席番号を確認する。間違いなく、ここだ。鞄を足元に滑らせて、椅子に座って一息をつく。
「先生は、どちらまで?」
 なんとなく話しかけると、すでに麻野に興味を失ったというように窓へ頭を持たれかけさせていた新居崎は、うっすらを閉じていた目をあけた。
「京都だ」
「わぁ、一緒ですね。あ、しーちゃんに無事座れたよって連絡いれなきゃ。しーちゃんって、知ってますよね? 先生のゼミの生徒なんですけど、大好きな親友なんです」
 ぴく、と新居崎の身体が揺れた。そんなに驚いたのかな、と振り向いた麻野を、新居崎はこぼれんばかりに目を見張ってみている。
 あれ。
 麻野は胸中で首を傾げた。
 新居崎の黒い瞳が、一瞬だけ赤色に見えた気がした。だが、目を瞬いている間に窓から影が差し込み、新居崎の瞳は元の黒色へ戻る。気のせいだったのか、陽光の当たり方で偶然赤く見えたのか。
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