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第二章

十、

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「いちいちうるさい。そんなもの、観光地なら当たり前だろうが」
「コンビニもありますよ。景観条例に沿ってるんですかね、和民家っぽいです」
「……歳の差か。このテンションや体力の違い、歳の差なのか。私はまだ三十代前半だぞ、若い部類に入るはずだ」
「何か言いました?」
「なんでもない!」
 なぜ怒ってるんだろ、と首を傾げた麻野は、先ほどから聞いてみたかった質問をぶつけることにした。
「先生は今日、どんな予定だったんですか? 京都で」
「昼間は、冷房のきいたカフェで京料理を味わい、夕涼みには旅館でゆったり過ごす予定だった」
 和服を着て旅館でくつろぐ新居崎を想像し、似合うなぁと苦笑した。見た目が美男子ゆえに何をしても絵になるが、激しい運動よりもゆったり過ごす新居崎のほうが想像しやすいし、しっくりくる。
 こうして街中を歩いていると、ふとしたときに、京都だ、と実感できた。例えば、ここから見えている和民家のつくり。華美ではなく、むしろ静かな趣なのに、しゃんと背を伸ばして立っているような気高さを感じる。掲示板に張られた祭り予告のポスターも、名前は嫌というほど聞いたことのあるような、有名な祭りばかりだった。
 ここが、京都。
 麻野は、ふと笑みを浮かべる。ここに来たかったのだ、ずっと。歴史の古い都道府県ならば、沢山ある。だが、やはり、京都は格別だ。豪族から皇族へ権力が移り、桓武天皇が遷都をした平安京。当時は、たいらのみやこ、と呼ばれていたという。
 当時の皇族や彼らを取り巻く権力者たちは、雅なイメージが多い。けれど、それはあくまで光の部分に過ぎない。権力が集中すれば、蹴落とそうとする者が現れ、いつのときも地位や名誉に終着せざるを得ない環境に身を置く者がいる。そういった者たちに囲まれた時の権力者は、常に、身分や笑顔という仮面のもと悪意に満ちた天敵を、側近や重臣として、傍に置き続けることになるのだ。
 京都には、寺社が多い。
 それぞれのゆかりをたどれば、なかなかもって興味深いものばかりだ。これから向かうカフェ、そのさらに奥にある白峰神宮がその最たるものだろう。
 カフェにつくと、そこはアンティークな雰囲気漂う、昔ながらのカフェだった。カフェというよりも、喫茶店、という言葉が合う。からん、と古びた鐘を鳴らしながら入店すると、店員に進められるまま「お好きな席」に座った。
 客は、昼間だというのに、他に二名だけ。広々と余裕をもって四人掛けテーブルにつくと、新居崎は写真つきのメニューをひろげて机の真ん中に置いた。麻野と新居崎の間にメニューの正面が向くように置いてくれるあたり、なんだか微妙に優しい。
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