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第二章

十一、

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「決めたか?」
「はい」
 新居崎は頷くと、店員に手をあげて合図をした。年若い男性の店員は、新居崎の「オムライスとメロンソーダ」、麻野の「京和風定食」をメモにとり、カウンターの奥へ消えて行った。
 タクシーから再び涼しい場所へきて、新居崎の表情に柔らかさが戻ってくる。店内をざっと眺める余裕もあり、運ばれてきた氷入りのコップに口をつけていた。一気に冷たい水を飲みほした新居崎は、各テーブルにあるピッチから水をそそぐ。
「この近くに晴明神社があるんですけど。先生は、安倍晴明って知ってますよね?」
「知っていますか、だ。相手が知っている前提で物事を言うな。もし私が知らなかったら、かなり失礼だぞ」
「え、知らないんですか」
「知っている。いわゆる、インチキ霊媒師というやつだろう。妖怪を退治したとか、そういう」
「ざっくりですねぇ」
「うるさい、世間一般の認識なんてそんなものだ」
 新居崎が眉をひそめたが、ふと、麻野を見るなり、さらに眉をひそめた。
「嬉しそうだな」
「えっ?」
 短く答えた麻野の声は、明らかに高揚している。麻野自身、テンションがあがっていることに気づいていたので、なるべく平常心を装いながら、こほんと咳ばらいをした。
「私、妖怪と友達になりたいっていう目標があるのは、言いましたっけ」
「驚くほどに興味がないし、聞いていない」
「実は、妖怪と友達になりたいって思ったのが、民俗学の道を選んだ理由なんです」
「そんなものは存在しない。矛盾していないか、きみは。先ほど、妖怪は具現化擬人化された庶民の娯楽の一つだったと、言っていただろう。あれは嘘か」
「あくまで、江戸時代に描かれた絵画についての言葉です! 平安京では、百鬼夜行がたびたび目撃されています。百鬼夜行を見たものは魂を抜かれるだとか、不幸が訪れるだとか、様々な言い伝えがあるんですよ。二城郭にある、あわわの辻とか有名ですし」
「その目撃者を呼んでこい」
「平安時代の話ですよ!」
「その目撃証言がなぜ真実だと言える? 何者かが作為的に怖がらせただけかもしれない。そもそも、当時そのように目撃証言があるのならば、なぜ現代にはないんだ。現代は科学が発達している、見たものがいれば画像なりをネットにアップするだろう。そもそも、きみの言葉はやはり矛盾している。きみの今の情報からすると、百鬼夜行すなわち妖怪を見ると不幸が訪れるという。ならば、そんな者ときみが友人になれるはずがない。野生のシロクマと友人になりたいと言うようなものだ。まだ、シロクマのほうが確実に存在しているだけ望みがある」
 淡々と話し終えた新居崎は、黙り込んだ麻野を見て片眉をあげた。
「どうした?」
「……いじわる。いじわるっ、妖怪はいるんです! 存在するんです! 江戸時代に具現化された絵とかそういうのは、信ぴょう性は微妙ですけど、でも、平安時代にはいたんです!」
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