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第二章

十二、

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「なぜ言い切れる」
「いるから、いるんです。それを実証して、友達になれる相手だよ、ってことを証明してみせます」
「なんだそれは。友達の作り方か、幼稚園のようだな」
「……先生、友達いないでしょ」
 ぴく、と新居崎が動きを止めた。ちらっと麻野を見たあと、視線を窓の外へ向ける。降り注ぐ陽光はとても強いが、涼しい室内からだとのほほんと眺めていられた。
「梅雨だというのに、この天候は有難いな。取材日和だ」
「そうですね、梅雨のじめじめ感がかなりマシです」
 露骨に話題を変えられたが、きっと新居崎は友達がいないのだ。誤魔化しましたね、などと指摘するのは、大人げない。麻野は新居崎の話題転換に乗ることにした。
 そこへ、オムライスが運ばれてきた。卵がふるふると震えている、いわゆるふわとろオムライスだ。新居崎は目の前に置かれた皿を眺め、持ち上げて平面からオムライスを見つめる。口から細々とした数式がこぼれているが、もしかしてオムライスの体積や面積でも計算しているのだろうか。謎な人だ。
 続いて、麻野の前に京和風定食が置かれる。定食というだけあって、お味噌汁や熱いお茶、お漬物がついていた。京野菜のサラダや煮物、メインの若鳥の唐揚げ、形の綺麗な卵焼き。高級感はないが、暖かい手作りな雰囲気が、食欲をそそる。
 しばらくして机にオムライスの皿を置いた新居崎は、独り言を辞めて、麻野の京和風定食を見た。
「ほう。B級ランチってところだな」
「ちょっ、お店の人もいるのにっ」
「老舗が多く存在する京都では、十分な褒め具合だと思うが」
 新居崎はスプーンを持ち、オムライスを食べ始める。一口食べると、まぁまぁだなと呟いたきり、黙々と食べ続けた。麻野は、礼儀正しく「いただきます」と言うと、定食ならではの色々な味を楽しみながら、一方的に新居崎に話かけた。
 もちろん話は、妖怪について、だ。まず、やはり新居崎も知っているという安倍晴明は外せないだろう。安倍晴明は陰陽師として有名な呪術師だ。
 陰陽師は平安時代に多く存在しており、奈良時代とは存在の意味がかわってくる。奈良時代では呪い師として国の安寧のために用いられた陰陽道だったが、平安時代では、陰陽師を個人で雇うことができた。安倍晴明は五十代で陰陽師のトップになり、あらゆる人間の呪いを突き止め、ときの権力者を守り、また同時に――多くの者を、呪って殺してきた。
 何よりも麻野が興味を引くのは、安倍晴明には狐の血が混ざっているという話だ。この話はとても有名で、狐の血が通っているからこそ、甚大な呪いの力を発揮できたとさえ言われていた。
「そもそも、狐っていうのは特別なんです。秦氏の話は御存じですか? 伏見稲荷が出来た経緯を」
「ハタシからして知らんし、興味がない」
 やっと新居崎が口を開いたのは、オムライスを食べ終えたときだった。スプーンを置いた新居崎は、どさっと椅子に背中を投げ出した。
「……まだ昼過ぎか。時間があるな」
「先生、それだけで足りるんですか? つまみます?」
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