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第二章

十八、

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「大体わかった。きみはどうせまた、私の立場がどうのこうのいう無駄な心配をしているんだろう。言っておくが、問題はそこではない」
 どうやら今日一日で、麻野の思考方向は新居崎に知るところとなったらしい。
「でも、先生の立場が」
「いいか、今日に関しては神田教授もご存じのことだ。たとえきみの友人の独断だとしても不可抗力、他に宿も探したがなかった。これは仕方のないことだ。問題はそこではなく、きみと私が年若い男女であるという点だ」
「何かあるんですか?」
「なにもないだろうな」
「じゃあ、大丈夫ですよね?」
「……まぁ、モラルの問題だ」
「本当に申し訳ございません! しーちゃんには、よく言ってきかせますので、どうか、穏便に」
 仰々しく頭をさげると、新居崎はそれに対してため息で返した。沈黙ののち、根負けしたのか、新居崎が「それなりに対応はさせてもらうが、処罰というほどのことはしない」と呟いた。
 麻野は心の底からほっとした。新居崎への罪悪感は沢山ある。貴重な休暇を取材に付き合わせただけでなく、立場まで追い込むようなことになったのだ。
だが、静子のことも心配だった。
 なにをどう転んだのか、静子は「気をきかせて」今回のことを企てたのだ。結果のとして麻野はとても助かったが、新居崎にとっては嬉しくないことであることは間違いない。今回の件で、静子に何か処分が言い渡されたら、麻野は土下座でも罰金でもして静子を助けるつもりだ。自分のために、誰かが傷つくのは見たくない。
 今の新居崎の返事から察するに、停学や退学というたいそうな処分はないだろうと、麻野は心から安堵した。
「ありがとうございます」
 素直にお礼を言い、新居崎が運んでくれた荷物を持ち、今度は「荷物ありがとうございます」と告げてから、トイレへ入った。用意していたジャージに着替えて、縁側に座るとパソコンを設置する。
 准教授と同室でお泊り、という誤解を与えかねない件についての不安材料は、解決した。
 今日の取材分をまとめて、神田教授に送らなければならない。麻野は取材のために、ここへきたのだから。思いのほか今日の取材がはかどったし、報告することも多い。
 最初に神田教授からメモを渡されたとき、これだけ取材をしたら自由時間なんてないなぁと思ったのだが、新居崎のおかげでかなりさくさくとこなせている。初めて生の取材をして、新居崎から学ぶことも多かった。
 また麻野は一つ成長できたのだ。
 今回の取材の起点は、妖怪であり、怪異ということになっている。そこへ人々の生活が絡んでくるのだが、平安時代には妖怪という名は存在しない。魑魅魍魎であり、具体的な名があがるとしれば、それは鬼である。
 人々への取材を含めて、麻野は「鬼伝説」が残る場所をピックアップした。どのような民話や伝承が残っているのか、添えておく。そして、麻野が気になった部分の写真と、そこ場所についての説明も。
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