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第三章

二十二、

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 麻野は、自分のベッドの淵に座った。新居崎のほうへ身体を向ける。二つのベッドは、人ひとりがしゃがめるくらいの幅を空けて置いてあるが、麻野の位置からでは、新居崎の表情は見えない。ぼんやりと、彼の背中が枕灯に照らされていた。
「……理由がわからないってことでしょうか」
「わからない、こともない。だが、認めたくない。いや、そもそも経験したことがないことだから、本当に合っているのかもわからない」
 つまり、何もわからないということだ。何もわからないことに関して、新居崎は悩んでいるという。なんだか、器用なのか不器用なのかわからない。
 いつの間にか、麻野の濁った感情が暖かなぬくもりに代わっていた。緊張で強張っていた身体は弛緩しており、こうして新居崎を見つめていると、不思議な心地よささえ覚える。
「先生は、そのもやもやを解決したいんですよね」
「ああ」
「どうしたら、解決できるんですか?」
「……知るか」
「その言い方だと、ご自身でわかってるんじゃないですか。先生が私になんとかしろっておっしゃったんです、解決方法を教えてくださいよ。お手伝いできないじゃないですか」
 新居崎は、じっとペットボトルを見ているようだ。ぴくりとも動かないし、返事もない。
 ただ、彼の抱える疲労感にも似た苦しさは、空気を通して伝わってくる。あまりしつこく言うのも失礼かと思いながらも、放っておくこともできない。
 あの新居崎が、眠れず、麻野に助けを求めたのだ。
「……なら、きみの話を聞かせてくれ」
「はい?」
「嫌なのか? 手伝うと言ったのはきみだろう!」
 理不尽な物言いに、麻野はほっとする。いつもの新居崎に戻りつつあるようだ。
「何がおかしい」
「え?」
「笑っていた」
「す、すみません。つい」
「つい?」
 わりと追随してくる新居崎に、麻野は一瞬だけ迷ったのち、正直に告げた。
「さっきまで、落ち込んでたんです。ついに先生に嫌われちゃったんだって。でも、そうじゃなかったってわかって、嬉しいんです」
「意味がわからない。私がきみを嫌うなどありえないのに」
 そう、心底つまらなそうに言い切った新居崎に驚いて、麻野ははっと顔をあげた。視線に気づいたのか、新居崎が振り返る。枕灯に照らされた新居崎の表情は、いつも通り憮然としていた。
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