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第三章

二十三、

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「わざとですか? それとも天然ですか?」
「なにがだ」
「いちいち格好いいんです、先生は!」
 ありえない、だなんて。
 絶対なんて世の中にはないと、麻野は思っている。人の感情は変わるし、形あるものも形のないものだって、時間がたてば変化するのだ。
 なのに、新居崎は言った。「きみを嫌うなどありえない」と。新居崎は嘘を言わない。気休めも言わない。口調はきついし愚痴は多いし意地悪だが、いつだって本当のことを告げてくれる。
 新居崎は、これ以上ないほどに眉をひそめていた。
「何をいまさら。私は生まれつき男前だ」
「顔じゃないですっ。顔ももちろん男前ですよ? でも、そうじゃなくて! 取材だって付き合ってくれたし、御郭で助けようとしてくれたし、お風呂でだって助けてくれて。今日だって、レンタカー借りてくれるとか、何全力でイケメン出してるんですか。そもそも、山のなか歩き回るとか、私どんだけ愛されてんのって思いますよっ!」
 一気に言い切ってから、火照ってしまった頬を押さえつつ、落ち着くように深呼吸をした。
「だから、何が言いたいかっていうと。……こんなふうに、泣かされてきた女性が沢山いるんだろうなぁと思ったんです。先生は顔だけじゃなくて全部が恰好いいんです、自覚したほうがいいですよ。じゃないと、そのうち刺されますから。……聞いてます? ちょっと、先生!」
 ぱたん、とベッドに寝転がった新居崎は、なぜか頭を抱えていた。あまりに返事がないので、もしかして頭痛だろうかと心配になって、おそるおそる近づく。
「あの、大丈夫、ですか」
「……なぜ」
「え? 何か言いました?」
「なぜきみはいつも、そうやって、斜め上を行くんだ」
「はい?」
 なんとなく、麻野は斜め上の天井を見た。何もない。ホテルによくある、白色の天井があるだけだ。
「……話を戻すが」
――え、その体勢で?
 新居崎は寝ころんで、頭を抱えている。さすがに体勢が苦しかったのか、もぞもぞとうつ伏せになって、頭から布団をかぶった。
 麻野は、首をかしげる。
 なぜ今、巨大なミノムシになる必要があるのだろう、声もくぐって聞こえにくくなるではないか。
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