冷血公は目の前で婚約破棄された私なんぞをご所望です

庵仗紗矢

文字の大きさ
40 / 47

第40話 逃れざる魔の手(2)

 堪らず目を瞑った私たちがようやく瞼を開いたとき、水車番のお爺様の姿はそこには無く、立っていたのは全身を黒い服に包んだべレフだった。

 襲撃されたときと同じく、顔は仮面で覆われている。

(今のは……? まさか、べレフも精霊魔法をっ!?)

「あーあ、バレたか。毒を飲ませて苦しめたかったのに、惜しかったなぁ」

 机の上に乗ったカップを見て、もしあれを口にしていたらとぞっとする。

「魔法で付けられた傷は簡単には治りませんのよ。上手く変装できていたのに残念ですわね」

「ははっ、本当にその通りだ。この国での仕事納めに、アイツはこの手で始末をつけないとな」

 べレフは楽しそうに言うと、玩具で遊ぶように曲刀をくるくると回して見せた。
 そして、刃先を私に向けてピタリと止める。

「ちゃんと獲物を連れてきたことは褒めてやるよ、嬢ちゃん」

「それはどうも。それで、男爵とカイルはどこですの?」

 既に小屋の中に彼らの姿が無いことはわかっている。
 固唾を飲んで答えを待つと、彼はニタリと笑った。

「言いにくいんだが……男爵もアンタの弟も、もうこの国には帰ってこないってよ。アンブローシアで爵位を手に入れて、のんびり暮らすんだと。こっちじゃ、たいして領地もないし、収入も低くてやっていけないって嘆いてたぜ。ま、しょうがないよなぁ?」

「なんですって……?」

 男爵が本当にそんなことを言ったのか、べレフの嘘ではないか、一瞬で様々な考えが脳内を巡る。

(もし本当だとしたら、グレイ男爵は亡命したことになるけど……だったら、マリアは何のために……!)

 ぎゅっと拳を握り締めたとき、彼は「そうそう」と思い出したかのように付け足す。

「男爵から聞いたぜ? お前、生まれる前に捨てられてるんだってなぁ? なのに、まーた親から捨てられて……ホント、可哀そうだよなぁ? あはははは!」

「…………」

 下品な笑い声の中、隣にいるマリアの気配が明らかに変わったとき、私は居ても立っても居られずに湯気の立つカップを中身ごとべレフにぶちまけた。

「うおっ!? あっちちち!」

 完全に油断していたのか、彼は熱湯にのたうち回る。

「可哀そうなのは貴方よ! マリアを侮辱することは許さない!」

 そう叫んだ私に、マリアは弾かれたように顔を上げた。

「リ……リリーナ様……?」

「くそっ、せっかく用意してやったってのに……!」

 熱湯が仮面の隙間から中に入ったのか、ベレフは仮面を外して掌で顔を拭った。
 その素顔は幾つもの傷が生々しく痕になっていて、皮膚は爛れていた。
 一目見て、それが拷問などで意図的につけられた傷だとわかる。
 無数の傷は、彼の歩んできた人生の一端を感じさせるには充分だった。

「お前はあの晩、死ぬはずだったんだ! あの男さえ来なけりゃ、確実に仕留められたものをっ!」

 曲刀が振るわれるよりも先に、迸る殺気が私の心臓を貫こうと放たれる。
感想 0

あなたにおすすめの小説

『逃げられ皇帝と代用品の私〜愛を求めず我が道を往いたら、なぜか不器用な陛下と奇妙な共存関係になりました〜』

シマセイ
恋愛
完璧な姉の陰で「地味で陰気」と冷遇されてきた公爵令嬢ルシエラ。ある日、姉が輿入れ直前に駆け落ちしたことで、急遽その身代わりとして、覇竜帝国で「氷の暴君」と恐れられる若き皇帝アレクサンドルに嫁ぐことになってしまう。 過去に二度も婚約者に逃げられたトラウマから極度の女性不信に陥っている皇帝から下されたのは、「一生愛することはない。ボロボロの離宮で息を潜めて生きろ」という冷酷な宣告だった。しかし、魔法オタクで引きこもり気質のルシエラにとって、社交も公務も免除されるその条件は、まさに理想的な環境! 「愛されないなら、思う存分引きこもらせていただきますわ」 誰にも邪魔されない平穏な生活を手に入れるため、ルシエラは隠し持っていた規格外の『古代魔法』をあっけなく発動。嫌がらせをしてくる傲慢な侍女たちを実力でわからせ、廃墟同然だった離宮を快適なスローライフ空間へと大改造していく。 愛も権力も一切求めず、ただ己の平穏のために我が道を往く身代わり皇妃。その媚びないドライな姿勢と隠しきれない有能さは、やがて頑なに心を閉ざしていた不器用な皇帝の興味を強く惹きつけていく。 決して交わるはずのなかった二人が、すれ違いながらもやがて唯一無二の「奇妙な共存関係」を築き上げていく、痛快で少し心温まる逆転ファンタジー。

呪われた娘と蔑まれてきましたが実は大公女で皇帝の孫娘でした。

こもれびの空
ファンタジー
アルフェ大陸には4つの王国があり、平和であった。しかしごくまれに異能の力を持つものが生まれる。 彼らは呪われし者として、大陸の中央。広大な砂漠に追放されるのだった。 しかし、今から300年前、偉大な魔法使いは広大な砂漠をオアシスへと変えると、そこにアストラル皇国を設立。瞬くまに4つの王国を支配下に置いた。 しかし人の心は変わらない。見えざる力は厭わしいものとされ、アストラル帝国を悪とするミゼラブル教団は、地下深くしかし確実に人々の信仰を集めていた。 アストラル歴304年 大公の一人娘がミゼラブル教団によって攫われる事件が起きた。 関係者はことごとく処刑されたが、リゼ アストラルの消息はつかめないまま5年がたった。 そのころセレスティア王国の辺境にある孤児院では、ひとりの少女がたくましく生き抜いていた。 これは大公女リゼと彼女を溺愛するシオン アストラル。そして孫娘の前では好々爺になってしまうアストラル皇帝の物語である。

幼馴染を囲う夫に、破滅を贈ります

たると
恋愛
結婚式当日。 幸せの絶頂で教会へ向かう途中、見知らぬ女に平手打ちされたエリアーナ。 「あなたさえいなければ」と叫んだのは、夫の最愛の幼馴染だという女。 それでも経済的に困窮する実家を救うため、エリアーナは泣き寝入りするしかなかった。

旦那様からお前なんて出て行ってほしいと言われたのでその通りにしたら、今になって後悔の手紙が届きました

睡蓮
恋愛
レオン第一王子と婚約者の関係にあったルミナス。しかし彼女はある日、レオンが自分の家出を望んでいる事を知ってしまう。ルミナスはそれを叶える形で、静かに屋敷を去って家出をしてしまう…。レオンは最初こそその状況に喜ぶのだったが、ルミナスの事を可愛がっていた国王の逆鱗に触れるところとなり、急いでルミナスを呼び戻すべく行動するのであったが…。

この結婚は間違いじゃない〜告白相手を間違えた令嬢は、溺愛されていることに気づかない〜

涙乃(るの)
恋愛
「別れよう、リディア。 元々、この結婚は間違いだった。お互いの……いや、私達三人のためにも、なかったことにしよう」 夫であるフレデリック・アシュモフ伯爵から、突然離縁宣言をされたリディア。 そこには、とある事情があった。 リディアは再婚であり、最初の夫である騎士のアーサーは、7年前から行方不明となっていた。 そのアーサーが、7年ぶりに帰還するという報せを受け取ったのだ。 その為、フレデリックはリディアの為に離縁を決意する。 リディアは、別れたくなくて取り乱してしまい、フレデリックを転倒させてしまう。 倒れた拍子に頭を打ったせいで、フレデリックが記憶喪失に……? ゆるふわっとした1万字程度の短編です。 こちらの作品のMV制作していただきました

悪役令嬢に転生した私は断罪されるはずなのに、なぜか隣国の王太子に求婚されてしまいました

杏仁豆腐
恋愛
乙女ゲームに転生してしまった。ここは・・・ すべてを思い出した。 明日は婚約破棄され、断罪されるイベント。 しかし、ゲーム違うことが起こった。 私はこれからどうなっちゃうんだろう・・・? ※不定期更新となるかもしれません。公開した時はXでポストします!

「君を愛することはない」と言われて三年、そろそろ白い結婚をやめようと思います

千乃
恋愛
伯爵家の娘・セシリアには、幼い頃からの許婚がいた。 公爵家当主にして王国宰相、ユーリス・シルヴェイン――初恋の相手でもある彼と、セシリアはついに結婚する。 しかし結婚初夜、彼は静かに告げた。 「君を愛することはない」と――。 ユーリスはほとんど帰宅せず、聞こえてくるのは他の女性との浮いた話ばかり。 没落寸前だった伯爵家の借金を肩代わりしてもらった身では、反論する術もない。 セシリアに求められるのは、ただ"完璧な公爵夫人"でいることだけだった。 しかし"ある夜"をきっかけに、ふたりの関係はより歪になる。 彼が稀に邸へ戻る夜――ユーリスは決まって、セシリアの隣で眠るのだ。 理由も、意味も、分からない。でも、怖くて聞けない。 そんな折、社交界である噂が囁かれ始めた。 他国の王女との縁談、そして「本命の女性がいる」という声。 結婚して三年。愛されなくとも、傍にいられればそれで良かった。 けれど、もう――潮時なのかもしれない。セシリアは静かに、離婚を決意する。

第一王子に婚約破棄されましたが平気です。私を大切にしてくださる男爵様に一途に愛されて幸せに暮らしますので・完結

まほりろ
恋愛
学園の食堂で第一王子に冤罪をかけられ、婚約破棄と国外追放を命じられた。 食堂にはクラスメイトも生徒会の仲間も先生もいた。 だが面倒なことに関わりたくないのか、皆見てみぬふりをしている。 誰か……誰か一人でもいい、私の味方になってくれたら……。 そんなとき颯爽?と私の前に現れたのは、ボサボサ頭に瓶底眼鏡のひょろひょろの男爵だった。 彼が私を守ってくれるの? ※ヒーローは最初弱くてかっこ悪いですが、回を重ねるごとに強くかっこよくなっていきます。 ※ざまぁ有り、死ネタ有り ※他サイトにも投稿予定。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」