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第5話 集会にして不穏
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私とお兄様は居ても立っても居られずフランシス様を取り囲む。
「お前っ、いくらなんでもどさくさに紛れ過ぎだぞ! 今は犯人を捕まえることが先決だろう!? ガキじゃあるまいし、そんなこともわからないのか!?」
「というか、どうして私がお受けする前提で話が進んでいるんですか!? 私にだって断る権利があります!!」
左右から同時に訴える私たち兄妹にさすがの冷血公も目を丸くし、それから僅かに口元を緩めた。
「説明が不足したな。これはあくまでも犯人を捕まえるための作戦だ。ただ……」
「いてっ!?」
何の前触れもなく頭の上に拳くらいの大きさの氷塊が落下して、お兄様は頭を抱えてうずくまる。
「お前は一言余計だ。誰かガキだ。同い年だろうが」
ということは、フランシス様は私と3つ違いの21歳ということになる。
落ち着いた雰囲気に堂々とした立ち居振る舞いから、もう少し年上だと思っていた。
「くそっ、ちゃっかり聞いてたのか。冷血公と言われている割には沸点が低いな、お前は」
「だから、本当に誰なんだ、そんなあだ名を言い出した奴は……」
フランシス様に介抱してもらったときも同じようなやり取りを聞いた気がする。
実際の彼を見ていると、噂で聞いていた<冷血公フランシス・キシンガム>ほど冷たい人とは思えなかった。
勝手につけられた俗称に呆れたような素振りの彼に同情していると、フランシス様は改めて私に向き直る。
「舞踏会から貴女の気持ちを蔑ろにしてしまったことは謝ります、リリーナ嬢。私たちの婚約は貴女を守り、不穏な一派を捕まえるための罠なのです。ですから、どうかお許しを」
「不穏な一派……」
その時、割れた窓から風が吹き込む。
まだ薄暗い空は冷え冷えとしていて、東の方角がうっすらと白み始めていた。
何かが始まろうとしている予感を胸に、私はまっすぐにフランシス様を見つめた。
「詳しく、お聞かせいただけますか?」
◇◇◇◇
談話室に集まったのは私と父のトマス・エドフォード、そしてフランシス様とフランシス様と共にやって来ていたモリス様。それにマシューお兄様を加えた5名だった。
挨拶もそこそこに、父は珍しく声を荒げる。
「まったく、一体何が起こっているのだ! リリーナが狙われるなど……!」
「父上、不審者は必ず探し出してみせます!」
マシューお兄様の言葉にお父様は頷いた。
けれど、すぐに低い声で続ける。
「問題はまだある……ロイドのことだ。大勢の前で婚約を破棄だと……っ!? ウォーレンハイムはどんな教育をしているんだ! しかも、他に好きな令嬢がいると仄めかしたそうじゃないか。我が娘というものがありながら……一体誰なんだ、それは!」
どんっ、とテーブルの上に拳が叩きつけられて、カップに入った紅茶が揺れた。
「……マリア・グレイ。最近になって、ロイドと一緒にいるところを見かけるようになりました。……まさか、婚約者がいる相手に粉を振るような真似をしているとは思いませんでしたけど」
舞踏会で愛らしい微笑みと共に私に華麗に会釈して見せたマリア。
可愛らしい容姿の彼女はグレイ男爵家の一人娘で、嫡男ではないという理由から家の相続権を持たない。
そんなマリアにとって、結婚相手選びというのは自分の将来を左右する重要なものだ。
自分にふさわしい相手を探す厳しい目を持っているはずの彼女が、なぜよりにもよって婚約者のいるロイドを選んだのだろう。
考えを巡らせようとしていた私は、私の口からマリアの名前が出たせいで場の空気が一気に重くなってしまったことに気づく。
「向こうがあのような形で婚約破棄を申し出た以上、この婚約は成立しません。私も婚約破棄には同意します。……ですから皆様、余計なお気遣いは結構です」
「おお、リリーナ……! それでこそオレの妹!」
お兄様は明るい声で嬉しそうに私の肩に手を置く。
「父上、リリーナですらこれほど落ち着いているのです。今は冷静にいきましょう。……国王秘書官からも、お耳に入れたい話があります」
「事の始まりは秘書官室へ届いた手紙です――」
そう言って、フランシス様は懐から一通の手紙を取り出した。
「お前っ、いくらなんでもどさくさに紛れ過ぎだぞ! 今は犯人を捕まえることが先決だろう!? ガキじゃあるまいし、そんなこともわからないのか!?」
「というか、どうして私がお受けする前提で話が進んでいるんですか!? 私にだって断る権利があります!!」
左右から同時に訴える私たち兄妹にさすがの冷血公も目を丸くし、それから僅かに口元を緩めた。
「説明が不足したな。これはあくまでも犯人を捕まえるための作戦だ。ただ……」
「いてっ!?」
何の前触れもなく頭の上に拳くらいの大きさの氷塊が落下して、お兄様は頭を抱えてうずくまる。
「お前は一言余計だ。誰かガキだ。同い年だろうが」
ということは、フランシス様は私と3つ違いの21歳ということになる。
落ち着いた雰囲気に堂々とした立ち居振る舞いから、もう少し年上だと思っていた。
「くそっ、ちゃっかり聞いてたのか。冷血公と言われている割には沸点が低いな、お前は」
「だから、本当に誰なんだ、そんなあだ名を言い出した奴は……」
フランシス様に介抱してもらったときも同じようなやり取りを聞いた気がする。
実際の彼を見ていると、噂で聞いていた<冷血公フランシス・キシンガム>ほど冷たい人とは思えなかった。
勝手につけられた俗称に呆れたような素振りの彼に同情していると、フランシス様は改めて私に向き直る。
「舞踏会から貴女の気持ちを蔑ろにしてしまったことは謝ります、リリーナ嬢。私たちの婚約は貴女を守り、不穏な一派を捕まえるための罠なのです。ですから、どうかお許しを」
「不穏な一派……」
その時、割れた窓から風が吹き込む。
まだ薄暗い空は冷え冷えとしていて、東の方角がうっすらと白み始めていた。
何かが始まろうとしている予感を胸に、私はまっすぐにフランシス様を見つめた。
「詳しく、お聞かせいただけますか?」
◇◇◇◇
談話室に集まったのは私と父のトマス・エドフォード、そしてフランシス様とフランシス様と共にやって来ていたモリス様。それにマシューお兄様を加えた5名だった。
挨拶もそこそこに、父は珍しく声を荒げる。
「まったく、一体何が起こっているのだ! リリーナが狙われるなど……!」
「父上、不審者は必ず探し出してみせます!」
マシューお兄様の言葉にお父様は頷いた。
けれど、すぐに低い声で続ける。
「問題はまだある……ロイドのことだ。大勢の前で婚約を破棄だと……っ!? ウォーレンハイムはどんな教育をしているんだ! しかも、他に好きな令嬢がいると仄めかしたそうじゃないか。我が娘というものがありながら……一体誰なんだ、それは!」
どんっ、とテーブルの上に拳が叩きつけられて、カップに入った紅茶が揺れた。
「……マリア・グレイ。最近になって、ロイドと一緒にいるところを見かけるようになりました。……まさか、婚約者がいる相手に粉を振るような真似をしているとは思いませんでしたけど」
舞踏会で愛らしい微笑みと共に私に華麗に会釈して見せたマリア。
可愛らしい容姿の彼女はグレイ男爵家の一人娘で、嫡男ではないという理由から家の相続権を持たない。
そんなマリアにとって、結婚相手選びというのは自分の将来を左右する重要なものだ。
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考えを巡らせようとしていた私は、私の口からマリアの名前が出たせいで場の空気が一気に重くなってしまったことに気づく。
「向こうがあのような形で婚約破棄を申し出た以上、この婚約は成立しません。私も婚約破棄には同意します。……ですから皆様、余計なお気遣いは結構です」
「おお、リリーナ……! それでこそオレの妹!」
お兄様は明るい声で嬉しそうに私の肩に手を置く。
「父上、リリーナですらこれほど落ち着いているのです。今は冷静にいきましょう。……国王秘書官からも、お耳に入れたい話があります」
「事の始まりは秘書官室へ届いた手紙です――」
そう言って、フランシス様は懐から一通の手紙を取り出した。
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