元奴隷の半吸血鬼少女はのんびり旅をしたい

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初めての人里

半吸血鬼少女の防具選び

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 冒険者ギルドを出て、大通りを徒歩でおよそ五分。

「うわ、でっかい……」

 ぽかんと口を開けて呆けているフィア。
 その眼前には、冒険者ギルドの建物にも引けを取らないような、大きな店舗が鎮座していた。

「この建物、全部が店なのか?」
「はい。ここが、このエイスワンドの街で最も大きな冒険者向け用品を取り扱う、ブロウニング総合武具店です」



 ――ブロウニング総合武具店。

 それは、実は元々はこのあたりを拠点とする店ではなく、この国の王都に居を構える大商会が元となっている。

 親族内で、資産や事業の相続をする中で、一人事業を受け継がず資産……元手となる資金だけ分与され、新たに新天地へ進出し一から商店を開いたのが、ユスティの祖父にあたる人物だった。


「へー、それじゃ、ユスティお姉さんは結構なお嬢様なのか?」
「……世間的にはそうでした。元々、ギルド職員になるための勉強自体、かなりお金のかかる学校に入らなければなりませんから」

 冒険者から依頼者まで、様々な相手に接する受付嬢には多方面の教養が必要であり、自立志向な女性にとっては憧れの職業だという。
 加えて、各種処理にはかなり高い水準の法制度の知識も必要となり……ユスティのようなほぼ全ての業務に従事できる上級職員ともなると、非常に狭き門なのだ。

「へー……ユスティお姉さんは、すごいんだな」
「そ、それほどでも……環境に恵まれていたのと、そんな今の職場を目指す事を許してくれた家族に恵まれただけです」

 真っ直ぐキラキラとした憧憬の視線を受け、本当に珍しい事だが、ユスティが照れてフィアから目をそらす。
 そんな二人に苦笑しながら、アッシュはすっかり入り口前で立ち止まっている事に気付き、二人を入り口脇に手招きした。

「で、話は戻るが、この街は国境越え……山脈越えの最後の拠点だからな。防寒具や山登りの道具なんかも取り扱っているんだ」
「そんな場所ですから、必然的に冒険者への依頼も多いのです。冒険者数もかなり抱えていますからね」

 アッシュの後を引き継ぎ、そう解説するユスティ。
 その話を聞きながら、アッシュは未だ興奮冷めやらぬフィアの手を引いて、店へと入る。

「……では、私は服を見繕ってきます。その間にアッシュさんとフィアさんは、装備でも見ていてください」

 そう言って、ユスティはウキウキとした雰囲気で女性冒険者向けの衣服売り場へと消えていった。

「あはは、あれはしばらく時間がかかるねぇ。お嬢ちゃんも災難やなぁ」

 そんなユスティと入れ替わるように、女性の声。

「あれ、受付のお姉さん?」
「お姉ちゃんの知り合いには大抵そう言われるんだけど、違うんだなぁこれが」

 同じ顔の人物がまた現れた事に驚いているフィアに、ニコニコして笑いながら手を振っている、その少女。
 そこには、先程立ち去ったユスティと同じ顔、しかし朗らかに笑う女の子がいた。

 ……前髪で隠れている目が逆なのが、大きな違いだろうか。

「おう、リスティ、邪魔してるぜ」
「あ……お邪魔してます」

 アッシュが、軽く手を挙げて挨拶する。それを見てぺこりとお辞儀するフィア。

「うんうん、お姉ちゃんから来るっていう話は聞いていましたよー。成る程、お姉ちゃんが張り切っていた訳ですねぇ」

 お姉ちゃん、あれで案外かわいいものに目がないからなぁ、と苦笑する彼女。

「それで、君がフィアちゃんね。私はリスティ・ブロウニング。よろしくね?」
「う、うん……よろしく」

 そう言って、少し屈んでフィアと目線を合わせて名乗った少女。
 その屈託ない笑顔に、さしものフィアも照れてしまうのであった。



「で、装備を選べって言われても……なぁおっさん。どんなものを選べば良いんだ?」
「おっさんは止めろ。そうだな……」

 アッシュは周囲を見渡すと、店の一角、防具を扱っている場合に、フィアを手招きした。

「まず、ソフトレザーアーマーだが、これは植物の汁に浸けてなめした動物の皮を縫い合わせた防具だ。とはいえそれだけだと不安だから、蝋で固めたり、要所要所に重ね貼りをしたり、金属片を縫い付けてある物も多い」

 アッシュは触ってみろ、とフィアを促す。
 彼の指した、鋲が打ちつけられている胸当てを、フィアはおそるおそる触れる。

「……柔らかいな。大丈夫か、これ?」
「正直、防具としては大した事は無いな。刃物を滑らせて逸らす程度の強度はあるが……どちらかといえば補助的な感じだな。中には鎧というよりも服やスーツと言った方が良いものもある。あとは鎧の下に着る物とかな」

 そう言って、一緒に並んでいる赤茶色のワンピースみたいなものを指すアッシュ。
 近寄ってよく見ると……それは、たしかに革で縫われていた。

「だが代わりに、着心地はかなり服に近くて動きをほとんど阻害しないんだ。音がしないのも、冒険者にとっては利点だな」
「ふーん……硬いからいい、って訳じゃないんだな」

 フィアは感心してアッシュの言葉を反芻する。
 闘技奴隷であった彼女は、戦いに赴く際に防具などというものは与えられず、粗末な武器を一本だけ持たされて放り出されるのが常だった。
 だから硬いイコール良い防具、と思っていたのだが、どうやら色々用途によるらしい。

「それに、値段的にも比較的手頃だ。だから……服だとちょっと物足りない、けど鎧は着慣れていないっていう旅行者なんかが買う事もあるな」
「へー。それじゃ、戦闘なんかじゃあまり使えないのか?」
「いや、そうでもない。この革一枚で命が繋がった、なんて話も多いからな。動きを阻害されるのを嫌う拳闘士や、通常の金属は魔力の流れを阻害されるってんで重い鎧は着られないような魔術師……あと、偵察なんかも担う斥候スカウト野伏レンジャーなんかはとりあえず身につけている事も多いぞ」

 実際、ソフトレザーであっても流れ矢を多少は防いでくれて命が助かった奴や、毒の塗られたナイフや吹き矢なんかが体に届かなくて助かった……みたいな事例をアッシュが紹介してやると、フィアはなるほど……と神妙な表情で聞いていた。

 まだ出会って一日しか経っていないが……その間にアッシュは気がついた事がある。
 フィアは、決して頭が悪い訳ではなく、むしろ飲み込みは早い方だ。

 そして……学ぼうとする意欲も旺盛だ。当然、教える側にとってその姿勢は好ましく思えるもので、教える内容にも熱が入るというもの。

 どうやら……アッシュは、この少女に物を教えるのが楽しくなってきたらしい。

「で、次、ハードレザーアーマーな」

 そう言ってアッシュは、展示されていた革鎧を、傷つけぬよう細心の注意を払いながら軽く叩いてみせる。
 すると……先程のソフトレザーとは全く違う、コンコンと硬質な音を上げる。

「あ、これはわかるぞ! おっさんが着てる奴だな?」
「ああ。煮込んで乾燥させ、固めた革で作られた鎧だな。軽くて丈夫。ある程度の防御力もある。弓の直撃には耐えられない事が多いけどな。ソフトレザーに比べて若干動きを阻害するが、それ以外は利点もほぼ一緒だ」
「なんか、バランスが良い防具?」
「まぁ、そうだな。だから冒険者だと、このハードレザーの奴が多いな」

 ちなみに俺が着ているのはこのハードレザーのボディアーマーな、と補足しておく。

「で、最後に金属鎧……はいいか」
「え、なんで?」
「お前には重すぎる。フルプレートなんてのは勿論論外だが、金属片で補強したスケイルメイルも、旅をする上では結構馬鹿にならない重量があるからな。それでも金属防具が良いなら……」

 周囲をキョロキョロと見回したアッシュは、やがてあったあったと言いながら、フィアの手を引いて行く。

「まあ、こういう鎖帷子なら良いんじゃないか?」

 触ってみろと促され、フィアは裾のあたりを少しめくってみる。
 すると、ちゃりちゃりとした金属音と、僅かにズシリと手にかかる重み。

「……結構、重いな」
「だろ? 今のお前は、普通の女の子程度の筋力しかない。常に着ているのは結構大変だと思うぞ。動くたびにシャラシャラ鳴るから、お前みたいに動き回るやつが着るとかなりうるさくなるしな」
「それは、うーん……」

 どうやら、鎖帷子はあまりお気に召さなかったらしい。

「あとは……さっき見た革鎧に、胸部とかの大事な場所だけブレストプレートにする奴も結構居るな。これならまぁ、フィアでも大丈夫だろ……ただし」

 ここで、一つ声のトーンを落とすアッシュ。
 その真剣な表情に、フィアも並んだ武具からアッシュの方に向き直る。

「さっき、魔法に興味があるなら教えてやると言ったが……魔法ってのは、金属と相性が悪いんだ」
「そ、そうなのか?」
「ああ。鉄を始めとした金属は、魔力の流れを乱す。だからうまく行使できなくなったり、威力が落ちたりするんだ」
「つまり……金属鎧を選んだら、魔法は苦手になるんだな?」
「そういう事。まぁ、例外として魔法銀ミスリルとか、あまり影響しないレアメタルもあるが、だいたいクッソ高いんだ。すくなくとも、冒険者にはそうそう手の出せる額じゃない」
「そっか……それじゃ無理だな」
「と、いうわけで。金属鎧はよっぽどレアなやつでもないと、魔法の行使を阻害する。それをしっかり考えるんだぞ」
「ん……だいたいわかった、ありがと」

 そう礼を言って、うんうん唸りながらどうするか考え始めたフィア。
 その様子を見て、どうやらアッシュの解説は終わったらしいと察した、今まで背後に控えていたリスティが、アッシュに声を掛ける。

「あはは、流石アッシュさんだねぇ、私の仕事何も無かったわぁ」
「おっと、リスティ、お前の仕事取っちまったか」
「いいのいいの、アッシュさんが居ると、私も楽できて嬉しいわぁ」

 なんだかんだで面倒見のいいアッシュは、新米冒険者などのこうした相談に乗る事も度々あった。
 そのため、リスティともかなり気安い間柄だったりする。

「さて。フィアちゃん、どうやらぁ……お姉ちゃんが帰ってきたみたいよぉ……?」
「……っ!?」

 面白がって、わざとおどろおどろしい口調でそうフィアに話し掛けると、思索に耽っていたフィアの肩が、目に見えてビクッ! っと震えた。

「おれ、ちょっとあっちに武器を見に……」
「あら、どこに行くのかしらフィアちゃん?」

 踵を返そうとしたフィアの眼前に、いつのまに接近していたのか、満面の笑みを浮かべ、両手の籠に試着用と思しき服を満載したユスティ。

 回り込まれてしまった。魔王からは逃げられない。

 有無を言わさず引率されて、試着室へと向かうその姿は……まるで売られていく子牛のようだったと、後にアッシュとリスティは語るのだった――……
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