元奴隷の半吸血鬼少女はのんびり旅をしたい

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初めての人里

半吸血鬼少女の衣装替え

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「うん……旅をするのであれば、こんなものでしょうか」
「……やっと、終わったのか……」

 満足げなユスティと対照的に、ぐったりと、光の消えた目で呟くフィア。その姿は、簡素な部屋着姿からすっかり様変わりしていた。

 腰のあたりで二本のベルトで締めるタイプの、紺色と白色を基調とした厚手の生地で作られた冒険者用ワンピースと、フィアの体の胸のサイズにピッタリとフィットしたハードレザーのブレストアーマー。
 その上から、やや大きめなサイズの、白を基調としたフード付きコート……なんでも、防刃繊維を織り込んだ新製品だとか……を羽織っている。



 ――ちなみに、この格好に落ち着くまでに、数え切れない程の様々な服や、どう考えても冒険に適さないような局部だけを守る革鎧、中には給仕服やフリル多めのドレスなどといった何故冒険者の店にあるのか不明なものまで着せられていたのだが、それは割愛する。



 しかし、すっかり様変わりしたフィアだが……相変わらず、その手足と首には無骨な金属の輪が嵌っていた。

「本当は、この拘束具も外したいんですが……」
「やめといた方が良いな。調べた感じ遠隔操作はできないようだが、無理に外したり壊したりしたら爆発するぞ」

 アッシュのその言葉に、興味深そうに触れていたリスティが、慌てて指を離す。

「おれ、別にこのままでも……ずっと付けてたから、今更外れたら逆に気になるんだけど」
「いえ、あなたはもう奴隷じゃないんですよ、そういう訳にもいきません」
「うんうん、アッシュさんが色々風評被害受けるからねぇ」
「……そうなのか?」

 首を傾げるフィアに、一斉に頷く三人。

「そうなのか……なら、仕方ないな」
「まぁ、知り合いにこういうのに強い奴がいる。機会を見つけて外してもらうさ」
「うん、わかった」
「あー、それと、コートはあれか、日光対策か」
「はい、どうやらフィアちゃんは日光は大丈夫みたいですが、念の為。新作なため若干値は張りますが……」
「いや、助かる。ありがとな」
「うん、このコートはおれも凄く気に入った。ありがとう、お姉さん!」

 見た目に似合わぬエゲつない身のこなしで裾をはためかせて遊んでいたフィアが、にぱっと実に嬉しそうな笑顔で礼を言う。

「で、フィア、着心地なんかはどうだ? どこか変な場所とかは?」
「うん、着心地は凄く良いし、何より動きやすくて最高だ! ……でも」

 しきりに、胸と下腹部を気にしているフィア。

「この、下着ってのは着ないとダメか? 胸は締め付けられるし、股間がピッタリ覆われていて気持ち悪い……」

 元々、下着を身につける風習が無かったフィアにとって、新たに追加された体にフィットする小さな布切れが、どうにもしっくり来ない。

「……これ、脱いじゃダメか?」
「ダメだ」
「ダメです」
「ダメよー」

 全員に真顔で総ツッコミを入れられて、ビクッと震えるフィア。

「で、でも、こんなの着た事が無くて……」
「では、慣れてください。女の子として、下着無しで歩き回るなんてはしたない事は許しません」

 ピシャリと一刀両断するユスティに、口を噤む。
 どうやら、すっかり苦手意識と合わせて上下関係を刷り込まれてしまったらしい。

「それと……まぁ、戦闘に入ったならば仕方がありませんが、普段はスカートの裾にはくれぐれも気をつけてください。歩く際や座る際に、下着などが見えるような事はくれぐれも無いように、しばらくは厳しくチェックさせてもらいます」
「そ、そんなぁ……だったら、ズボンでも……」
「フィアちゃん。呪いのせいとはいえ、今のあなたは女の子なんです。少しでも自覚を持って欲しいからであって、意地悪でやっているわけではないんです……分かってください」
「ユスティお姉さん……うん、わかった。ごめんなさい、お姉さんがそこまで考えてくれていたのに、わがままを言って」

 真剣な顔で正面から諭すように言うユスティに、流石に神妙に頷くフィア。

 だが……純粋なフィアはともかく、他の二人は見逃していなかった。
 ユスティの表情が、普段の何割か増しで緩んでいる事を。

「……あれ、お姉ちゃんなんだかいい事言ってますけど、本音は可愛い服着せたかっただけですよね」
「シッ、余計な事を言うな。巻き添えを喰うぞ」

 そう、二人は小声で話すのであった。




 替えの服をさらに数点と、下着の替えを何組か。それらを加えてアッシュが会計を済ませる。
 その金額に、フィアは驚いていたが、何か言う前にアッシュは会計を済ませてしまったため、結局何も言えなかった。

「……でもおっさん、こんなにおれのために大金を使わせて、大丈夫か? ただでさえ世話になりっぱなしなのに……」
「遠慮すんな、これでも、このくらいなら全然余裕なくらいの蓄えはある。あとおっさんはやめろ」

 そう言って、手頃な高さにあるフィアの頭をポンポンと叩くアッシュ。
 フィアはいつも通り逃げようとするが、負い目があるためか、結局逃げずになすがままにされていた。

 さて、納得させるにはどうしたもんかな……とアッシュが悩みかけた、その時。

「どうしても気になるのであれば、フィアちゃんも冒険者登録して、アッシュさんのお手伝いをするというのはいかがでしょう」

 そう、ユスティが提案してきた。

「……どういう事?」
「フィアちゃんは種族の関係で、後見にC級冒険者の同行が必要ですが……ひとまず人格を見極めるという事で、仮登録できる制度があるんです」

 元は、元傭兵だった人の中には人間と友好的ではない種族の方々もいて、そんな人達の救済のための決まりなんですけどね、と補足するユスティ。

「同行人はアッシュさんなら問題はありませんし。彼女、十分に戦力として数えられるくらいには戦えるんですよね?」
「ああ。一度だけフィアが戦っている所を見た。主に常識とかの面で教えないといけない事は多々あるが、実力だけならば一級品だ。あとはフィア自身が希望するかだが……」
「やる!」

 アッシュの「どうする?」と問いかける視線に、即答で返すフィア。
 どうにか恩返しをしたいと思っていたところに、この申し出。フィアには断る理由は無かった。

「では、明日の朝一番に登録しておきますね」
「おう、頼むわ」
「お願いします」

 どこからかメモを取り出して、さらさらと予定を書き加えているユスティに、二人揃って頭を下げる。

「しかし……思ったより遅くなったな、武器を見に行くのは明日にするか」

 外に出ると、空はすっかり真っ暗になり、あちこちから店の明かりと酔客の騒ぐ声が聞こえる時間となっていた。

「さて……リスティ、そろそろ仕事終わりの時間だよな?」
「え……あ、本当ですね、そろそろ店を閉める時間です」
「あ、ごめんなさい、つい時間を忘れてしまったようで」

 そのユスティの言葉に、「本当だぞ」とジト目を送るフィア。しかし当のユスティはそんな視線をサラリと受け流し、どこ吹く風だ。
 ユスティがフィアの衣装選びを始めてから、既に二刻が経過していた。店内の客ももうほとんど残っておらず、他の店員も店じまいの支度を始めている。

「なら、一緒に飯に行かないか、もちろんユスティも一緒に。今日の礼に、俺が奢るぞ?」
「あ、行きます! フィアちゃんとももうちょっと話をしたいし!」
「……そうですね、時間も遅いですから、お言葉に甘えさせていただきます」

 アッシュの提案に、二人が快諾する。フィアはというと……

「ごはん! 肉!?」
「ああ、約束だったからな、肉喰いに行くかぁ」

 嬉しそうに、お肉、お肉と調子を付けて繰り返しながら、アッシュの隣を歩くフィア……新しい服も相まって、すっかり愛らしい出で立ちとなったその少女。

 ……実のところ、ギルドに向かうまで、奴隷服だった時に密かに道行く人から向けられていたのは、侮蔑混じりの物だった。

 しかし、今では住人の反応は全く異なっており、微笑ましげな視線があちこちから飛んで来ているのだが……知らぬのは、食欲に浮かされている本人だけなのであった。
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